“ワームホールの秘密”
──王家を滅ぼして下さい。
終始穏やかだった卓郎の口から出た言葉があまりに攻撃的だったことで、一同はその意外性に面食らっていた。いくらエレシティが危ないからといっても、仮にも星で一番の要所である王家を滅ぼせとまで言うのは飛躍しすぎな気がする。
十数秒の沈黙の後、闇奈が重々しく口を開いた。
「王家を憎んでる奴がたくさんいるのは知ってるけどな。30年前にここの住人になったばかりのお前がそこまで思うのは何故だ?」
「それはな、エレシティの誕生に関係してるんだ」
答えたのは英作だった。全員の目が英作に集中する。英作はくるりと背を向けると、デスクの向こうに回りこんで回転椅子に腰掛け、背もたれに体を預けて一息ついてから続けた。
「外の銅像を見たか? ジョン・スミス。あいつがこの町を創った張本人だ。じゃあ、スミスを連れてきたのは誰だ?」
「え、スミスさんはワームホールでこっちに来たんじゃ?」
緊張した面持ちの大牙が確認を入れる。
「確かにな。ワームホールを使ったことは間違いねぇが、それが自発的だったか偶発的だったかが問題だ」
「ハッキリ言えよ」
遠回しな言い方をする英作を、闇奈は睨み付ける。
英作は座ったままデスクに手を置くと、指でトントン叩きだした。
「スミスは、今から800年ほど前に、ワームホールを使って五色が地球から連れてきたそうだ。で、この発信機が完成したのはそれから300年も後だったみたいだけどな」
その言葉に、火芽香は目を見開いた。
(え? 800年前に来た人が電気を伝来? そんなハズは……)
不可解な話に悩んでしまった火芽香の様子に気付いた卓郎が、部屋の隅にあった本棚から一冊の本を取り出して火芽香に差し出した。
「お嬢さん。これを読んでみてください」
その本に大した厚みはなく、表紙には『電気の父 ジョン・スミス~その誕生と歩み~』と書かれていた。つまり、伝記である。
火芽香はすぐ受け取ってパラパラとページをめくる。そして、あるところで手を止めた。
「これ、おかしくないでしょうか?」
不審そうに言いながら、全員に見えるように本を持ち上げた。そして問題の一行を指差す。
「ここ見てください。『ジョン・スミス【1890~1951】』とあります。やはり、800年も前にここへ来るのは不可能です」
「どういうこと?」
水青を始めた全員が首を傾げる。
火芽香は神妙な顔をして続けた。
「エジソンが電気を発明したのは1870年代です。そしてジョン・スミスさんが生まれたのはその後。やはり、電気の発明をしたのはエジソンで、スミスさんはそれを伝来したのではないでしょうか。そうでないと辻褄が合いません。つまり、スミスさんが800年も前にアシュリシュに来れるはずがないんです」
言ってることは分かるが、それがつまりどういう事なのかまでは理解できない。みな理解に苦しんで複雑な顔をしている。
すると、卓郎が口を開いた。
「あなたたちが地球を出たのは何年のことですか?」
火芽香は意外な質問にキョトンとしながらも答えた。
「え? えっと、1997年です」
それを聞いた卓郎は予感が当たったような顔をしてフッと笑った。
「やっぱり。僕が5歳だった当時は、1999年でした」
「え!?」
全員が驚きの声を上げる。
「さっき30年前って──」
卓郎がアシュリシュに来たのは30年前と言っていたはずだと、剣助は怪訝な顔をして卓郎を指差した。
卓郎は微笑んだまま深く頷く。
「確かに。僕はアシュリシュで30年過ごし、30歳年をとりました。しかし、僕が地球を去ったのは間違いなく1999年です」
「どういうことですか?」
火芽香が聞き返すと、卓郎は真剣な顔で語り始めた。
「あくまで仮説ですが、ワームホールは時空間も超えられるのではないでしょうか。ジョン・スミス氏は、伝記のとおり1890年に生まれ、その数十年後ワームホールをくぐり、およそ600年の時を超えてアシュリシュへと連れて来られた。そしてこの町を作り、知識を広め、優秀な技術者を数多く育成していった。そう考えれば、全ての辻褄が合います」
火芽香はうつむき気味に、しかし納得したように頷いているが、他のメンバーは誰一人としてついて行けなかった。
卓郎は続ける。
「実際、97年にはまだ3歳であるはずの僕が、今こうして35歳の状態であなた方と会話をしている。これが何よりの証拠ではないでしょうか。ワームホールは、時を超えて地球に繋がり、人をアシュリシュへと導くのです」
(わかんねぇ……)
剣助には理解不能だった。ポカンと口を開けてアホ面をしている。
火芽香は一つ頷くと、確認を入れる。
「つまり、基本の時間の流れはアシュリシュにあり、ワームホールは地球に繋がる時だけにタイムスリップをしてるってことですか?」
(すごい。火芽香ついて行けるんだ)
水青は尊敬の眼差しで火芽香を見る。
「そう考えるのが自然でしょうね」
卓郎は満足そうに頷いた。
すると、英作も口添えを始める。
「つまりこうだ。今から800年前、五色は、高度文明を求めて未来の地球に行った。そこでスミスを見つけて、説得したかどうかして、アシュリシュに連れ帰ったんだ。そして、スミスを教授にして、アシュリシュ人に電気や科学について教えさせた。でもってエレシティができ、スミスが育てた技術者たちは、スミスが死んだ後も独自に開発に開発を重ね、この発信機を作るまでになった。……しかし、一人歩きを始めた高度文明を、五色は恐れ始めた。用が済んだこの町を、潰そうって言うんだ。わざわざスミスを呼んで、色んな人を巻き込んだのは自分なのによ。こんなことが許されていいのか?」
卓郎も語り出す。
「我々技術者は、駒ではありません。目的の物が出来たらはい終わりと捨てられるなんて、あんまりではないでしょうか? 我々はいつも、きちんとした信念に基づいて、開発、研究をしています。『魔封装置』を恐れるのは、王の身勝手です。魔封装置は、あくまで身を守る為だけに作ったんです。エレシティの人々の暮らしがより安全なものになるように。……我々はこれを武器に使うつもりなんてない。苦労して作り上げた発明品を、そんなことに使うわけないじゃないですか!」
ずっと穏やかに微笑んでいた卓郎が、初めて見せる怒りの表情と声。訴えが予想以上に深刻であることに、全員は息を呑んだ。
英作が続ける。
「ここは、魔法の力が強い奴――独裁者が統治する星だ。その事をとやかく言うつもりはさらさら無かったが、アッチがその気ならコッチだって黙ってるわけにはいかねぇんだ。……でもな、町の連中はみんな望まずにここに辿り着いた奴らばかりだ。俺たちのプライドの為に、戦いを強いるわけにはいかねぇ。だからって、このまま滅ぼされるわけにもいかねぇ。だから、お前たちに頼みたい」
英作と卓郎の切実な訴えは、かなり熱いものだったが、
「待って」
突然、打ち切るように璃光子が遮った。
もしや、そんな頼みは聞けないと一蹴されるのだろうかと思った英作と卓郎の顔は強張る。
しかし、璃光子は、
「とにかく、もう一回説明してくれる? ……エジソン辺りから」
純粋に話が理解できていないだけだった。
こんなに熱く語ったのに無駄だったのか。と卓郎は苦笑いをしたが、また一から説明をするのだった。




