“ワームホール”
エレベーターを降りると、そこはオフィスビルらしい廊下になっていて、いくつものドアが等間隔を空けて並んでいた。佐藤はエレベーターの正面にあった部屋のドアを開けると、「どうぞ」と言って全員に入るように促す。
また苦しむことにはならないかと、警戒しながらもぞろぞろと部屋に入る。そこはよくある広い四角い部屋で、入って正面の壁は一面ガラス張りで、左右と後ろの三面は白い壁なので太陽光がうまく広がって明るかった。開発室と言うわりには他に人はおらず、デスクも一つしか無くて静閑としている。部屋の隅に置かれているコピー機のようなものからブーンとモーターが動くような音が響くだけで、他にはあまり物も無く、寂しい部屋だった。
「では、そこにお座り下さい」
佐藤はこめかみの傷をハンカチで押えながらデスクの椅子に座ると、デスクの真向かいに設置してある長椅子を指差す。全員座りきれないので、女たちだけ座り、3人の男たちはそのまま立っていた。
「まず、何が知りたいですか? そちらの質問に、先にお答えしましょう。出来る限り、答えさせていただきます」
佐藤は微笑みながら質問を促す。闇奈が一番最初に口を開いた。
「そうだな。アンタ、30年前までは日本にいたって言ってたな。それから話してもらおうか」
佐藤は頷くと、こめかみからハンカチを下ろして答える。
「はい。30年前、僕がまだ5歳の時です。父と二人で山をドライブしていました。すると、突然空が曇ってきて、落雷に襲われました。……気付いたら、ここにいました」
「それだけ?」
闇奈が疑惑に歪んだ目で佐藤を見ると、佐藤は相変わらず微笑んだまま頷いた。
「はい。あの時の状況はむしろ父の方がよく覚えていると思います。後でご紹介します。父は同じビルで自動車技士として働いていますから」
「お父さんもご無事なんですね」
何故かホッとして微笑む火芽香。剣助はちょっと妬けてムッとする。
「ええ、おかげさまで」
佐藤もニッコリと火芽香を見る。
「自動車作ってるんですか?」
璃光子が聞いた。
「はい。父は元々自動車メーカーで働いていたので、すぐに歓迎されて重役に就きました。この町ではメカニックの知識があるかないかで待遇が大きく左右されるんです。だから僕も必死に勉強しました。おかげさまで、今ではプログラムはほとんど任されるようになりました」
佐藤はまたニッコリ微笑んだ。
しかし、剣助は、
「別に。おかげさまでって言われる筋合いねぇけど」
ふてくされていた。
(まだヤキモチ妬いてるのかしら。子供ね~)
璃光子は剣助の仏頂面を呆れた目で見た。
「ジョン・スミスさんもエンジニアかなんかですか?」
風歌も質問し始める。
「ああ、外の銅像をご覧になったんですね。スミス氏は、僕らと同じように地球からやって来て、文明を広めた方だそうです。確か、電気の作り方などを広めたとか」
「なるほど。それでこの町はこんなに進んでいるんですね」
大牙は感心したように大きく頷く。
「しかし、なんでそんなに地球からポンポン人が入ってくるんだ?」
闇奈は腕を組む。
すると、佐藤は少し間を空けて全員の顔を見渡すと、顔に微笑みを張り付けてゆっくりと語った。
「ワームホールがあるからです」
「なんだそれ?」
剣助は相変わらずふてくされ顔で聞き返す。
佐藤はまた少し間を空けると、デスクの上で両手を組み、目を伏せて説明を始めた。
「ここエレクトロニクス・シティの地下には、ワームホールと呼ばれる異次元空間に通じる穴が開いているんです。僕らが着いたのも、ここの地下でした」
「え! じゃあソコから地球に行けるの!?」
水青が乗り出す。佐藤は目を伏せたまま小さく首を振った。
「いえ。残念ながら、なぜ地球からこうして突然人がやって来るのか、それは解明されていません。何度か勇気ある人が穴に飛び込んだことがありますが、別の場所で遺体となって発見されてしまいました」
もしかしたら地球へ繋がる道が見つかったかもしれないと思っていた一同は、がっかりして溜め息をつく。しかし密月だけはそのへんは関係ないので、純粋に興味を示して話を掘り下げる。
「へぇ、知らなかったな。こんな風に人が来るのはよくあることなのか?」
すると、佐藤は顔を上げて頷いた。
「そうですね。10日に一度ぐらいの頻度で起こっています」
その頻繁さに、全員が驚いて目を見開いた。
「10日……そんなに?」
大牙は顔を強ばらせて呟く。
「はい。地球で急に人がいなくなって、どこを探しても見つからないといった事件は、ほとんどがこのワームホールの仕業かと思われます」
「全部日本人か?」
剣助はふてくされるのを止めて真剣な顔で聞いている。
「いえ。様々な国の方がいらっしゃいます。だからこの町は混合文化なんですよ」
「それで英語も?」
火芽香が聞くと、佐藤は微笑んで頷く。なぜか火芽香を見る目はやたら優しい。
「そうですね。英語を話す方もいらっしゃいます。でも、アシュリシュでは日本語が公用語なようなので、皆さん日本語を勉強なさってますが」
「そこなのよね。なんでみんな日本語話すの?」
ずっと疑問だった謎が解けるのではと、璃光子はやや身を乗り出す。しかし佐藤は少し困ったように首を傾げた。
「さあ。それは、僕も疑問に思っているところです。でも、正直ありがたいと思っているんです。もし宇宙語とかだったら、今ごろどうなっていたか分かりませんからね」
佐藤が少し寂しげに微笑んだ時、
《ピンポンパンポン♪》
《業務連絡です》
《佐藤さま。佐藤卓郎さま》
《お父さまがお呼びです》
《至急、33階、自動車開発部までお越しください》
《パンポンピンポン♪》
あの受付嬢の声だった。なるほど、ビルの中にはよく響く。
「ちょうどいいですね。父を紹介します。行きましょう」
佐藤は微笑んだままそう言うと、部屋を出て行く。卓郎の父は、ワームホールに巻き込まれた時の状況を詳しく知っている人物だ。更に謎が解けるはず。一行は逸る気持ちで再びエレベーターに乗り込んだ。




