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“エレニックシティ”

 深夜。月明かりに照らされながら、車は南に向かって草原を順調に走っていた。午前中にヒルドラーを出発してから、途中で食事休憩を2時間ほど挟んだ以外はずっと走っている。かれこれ、10時間は稼働しているだろうが、鳴応石(めいおうせき)によって発せられる電力で走る車はガス欠などは無い。最高のエコカーだ。


「お~い密月。もう遅いけど、このまま行ってもいいのか? まだかかるようならこの辺で野宿でも──って寝てるし」


 刀矢は助手席の密月に話し掛けたが、返事はもらえなかった。日が暮れてきた頃、ナビになるために密月は璃光子と場所を入れ替わっていたのだ。同じ黄魔導士だから出来ることだった。


 刀矢は気持ちよさそうに寝ている密月の寝顔を見て、溜め息を一つ。


「これじゃ道わかんないしな。一旦止まるか」


 停車する事にして、ギアを減速に入れてそっとブレーキを踏む刀矢。別に叩き起こせばいいのに、それをしないのがいかにも刀矢だ。


 その時、フロントガラスの向こうに夜の草原には似合わないものが見えてきた。


「ん?」


 空は快晴で、月も星もいつもより輝いていた。しかしその夜空の下に、同じような輝きを地上から放つ光がある。その光は密集していて無数にあり、キラキラと瞬いていた。


「あれ、もしかして町の明かりかな? 『電気を操る町』だもんな。あのぐらい賑やかなのかも。よし、あそこまで行ってみるか」


 刀矢は誰も聞いてないことを承知で独り言を言うと、再びギアを高速に入れてアクセルに力を入れた。


 まったく声がしないところから察するに、荷台のメンバーもすでに寝ているようだ。荷台はカスタマイズされていて、だいぶ広く作ってあるので、8人でも雑魚寝なら十分寝られるだろう。


 運転手をほっといて先に眠っている仲間たちに恨み言を言うこともなく、最年長の刀矢は一人、徹夜でドライブをするのだった。


 そしておよそ5時間後──


「う~ん。(かゆ)い……」


 璃光子は、体のあちこちに痒みを感じて目を覚ました。もう空は白んでいて朝が近いことを告げている。しかし、まだ車は走っていた。


「刀矢さん? まさかずっと走ってたの?」


 璃光子は荷台と運転席を隔てている窓を開けて、声をかける。


「ん? ああ起きたか。もう少しで着くと思うから、まだ寝ててもいいぞ」


 刀矢は前を見たまま答える。その声はだいぶ疲れを滲ませていた。


 璃光子は、走り続ける車の荷台でここまで熟睡出来たことに驚いた。ここは平坦な草原だが、道はアスファルトで舗装されているわけでは無いので、地球の高速道路のような快適な乗り心地にはならないはず。にも関わらず、道中(どうちゅう)大した揺れもなく、まったく起こされることが無かったのは、刀矢のドライビングテクニックの賜物だ。


 運転は性格が出るとはよく言ったものだなと、璃光子は感心しながら刀矢と目線を同じくする。


「あれがエレニックシティ?」


 フロントガラスから見える景色の中に、何やらごちゃごちゃした感じの町が見えてきた。それは高台の上にあり、家のような低い建物がひしめいている中、所々に高いビルのような建物や、高層マンションのような建物が突出している。カサスやヒルドラーのような文明があまり発達してない町とはまったく違って、都会の雰囲気だ。


「多分な。夜はキラキラして綺麗だったけど、近くで見るとちょっとガッカリだな」


 (すす)けたような都会の汚さに落胆しながら、刀矢はあくびをした。さすがに眠くなってきたようだ。


 それを見た璃光子は、このまま進むのは得策じゃないと思い、提案する。


「刀矢さん、この辺で止めたら? いきなり近くまで行くと何かされるかもしれないし。みんなが起きたら、一緒に行こうよ」


 意外としっかり者な璃光子の意見に、刀矢は感心して頷いた。


「そうだな。璃光子の言う通りだ」


 刀矢はまた安全に車を止めると、背もたれにもたれ掛かって大きく伸びをした。その顔は疲れきっている。璃光子は少しでも休ませなくてはと、睡眠を促す。


「刀矢さんも今のうち寝なよ。見張りはしとくからさ」


「ああ、じゃあ頼む……」


 言った直後、コロッと、刀矢は寝た。限界まで起きていた証拠だ。


 助手席の密月の肩に寄りかかって死んだように眠る刀矢を見て、璃光子は呆れたようにフッと笑った。


(ホ~ント。がんばるわよね~。頼んでもいないのに)


 誰に頼まれたわけでもないのに、一人でずっとドライブをしてきた刀矢の苦労を思い浮かべ、その愚かとも言える程の頑張り屋さんっぷりは憎めないなと、璃光子はしみじみ思うのだった。


「それにしても、痒いわね」


 腕に所々赤い腫れ物が出来ている。どうやら蚊に刺されたらしい。この一帯は蚊が多いのだろうか。


「薬……あるわけないか」


 璃光子は、なるべく掻きむしらないように、爪で腫れた部分に✕を書いたりして痒みと戦った。


 やがて、1時間もすると朝日もしっかり昇り、ちらほら目を覚ます者が出てきた。


「カユ~! なんだ!?」


 槍太は目を覚ますなり大騒ぎだった。


「あ! 虫刺されだ~!」


 水青も同じく騒ぐ。


「風歌が起きたら治してもらお。それまでは静かにっ」


 璃光子は片手で髪を束ねながら人差し指を唇に当てた。


 しかしすぐに、刀矢以外の全員が起きてきた。助手席にいた密月以外はみな虫刺されがひどく、風歌は目覚めるなり治療に大忙しだった。


 虫刺されも治ると、全員がエレシティが近いことに気付き、高い丘の上に栄える都会の街を見上げる。発信機が外せるかどうか、あそこに行けば分かるのかと思うと気が逸る。


「刀矢はさっき寝たばっかか? じゃあ起こすのは(こく)だな。ちょっとその辺散策してくるわ」


 闇奈はそう言うと、町に向かって歩き出す。短気なので待てないのだ。


「あ、私も行きます」


 火芽香が付いていくと、


「あ、じゃあ俺も」


 剣助も付いてきた。


 その分かりやすい行動に、苦い顔の闇奈。


「……オメーは来んなよ」


 まるで金魚の(ふん)のように火芽香について来る剣助を、闇奈は追い返そうとする。


「なんだそれ?」


 何故そんなことを言われなければならないのか分からない剣助は眉をしかめた。


 そこで、このままでは剣助の恋愛事情を全員が知っているのを剣助に悟られてしまうと焦った大牙は仲裁に入る。


「じゃ、じゃあみんなで行きましょうよ。一人だけ残ってもらって。ね?」


 その言葉に、すぐに反応する男が一人。


「いってらっしゃ~い」


 槍太はこれ(さいわ)いと、残り組に立候補した。


(こいつホント魚捕り以外は使えねぇな)


 やる気のない槍太に闇奈は腹が立ったが、今にも暴言が口から出そうなのをグッと堪えた。失言の怖さを知ったからだ。


 何はともあれ出発することにし、刀矢と槍太を車に残して、一行はエレニックシティの入り口へと向かった。




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