表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/96

“鳴応石の集大成”


 ガレージ裏手の入り口へ行くと、猪勇(ちょゆう)が駄々をこねていた。


「イヤだ~! やっぱイヤだ~! 僕の『猪突猛進号(ちょとつもうしんごう)』を連れてかないで! お願い!」


 愛車に抱きついて泣いている。汗から涙から鼻水から(つば)まで、あらゆる水分をまき散らしている。その汚らしさも酷いが、しかし、もっと救えないのはそのネーミングだ。


(猪突猛進号? センスねぇな。あんなのに乗るのかよ?)


 そんな車に乗っているところを見られるのはちょっと恥ずかしいと思う槍太だった。


 そこで、見かねたリンクスは猪勇(ちょゆう)の肩にそっと手を置く。


「猪勇。とりあえず説明してやれよ。天才が作った、この一級品の凄いところを」


 リンクスはうやうやしく言うと、やや大げさに両手を広げてみせた。


 それは、猪勇をおだてようとしているのがバレバレだ。そんな分かり易いおだてに乗る奴なんかいるはずないと、全員が呆れていた。


 しかし猪勇は、


「そうだね。この傑作の説明ができるのは僕のような天才だけだよね」


 急に使命感に燃えたような口調になってキリッと立ち上がった。


 ──乗りやがった。


 まるでマンガみたいな展開に全員が引いた。


 猪勇は愛車を撫でながら妙に男前な口ぶりで説明を始める。


「コレはね。僕が30年かけて完成させたモーターカーさ。エンジン以外は全て僕が作ったんだ。動力に鳴応石(めいおうせき)を使った、画期的な車なんだよ。触ってみるかい? やっぱダ~メっ♪」


 お調子に乗った猪勇はこの上なくウザイ奴だった。


 剣助はバルスに視線を送る。


(バルス! 今こそ怒れ! バルス!)


 某スタジオの名作アニメで破壊の呪文であるバルスを心の中で連発してみたが、バルスはその名前の威力を発揮することなく、なぜか猪勇の話をやけに真剣に聞いているようだった。


「猪勇。運転席見せてやれよ。天才の英知を集結させたあの神の領域を」


 リンクスは更におだてるが、さすがに辛くなってきたのか、語尾は棒読みになっていった。


 猪勇は尚も得意気になって調子に乗る。


「あ~あそこ? あそこはデリケートだからなぁ~ど~しよっかなぁ♪」


 あまりのウザさに、槍太は耐えられなくなって背を向けた。すると、目の前に怒りのオーラをまとった闇奈がいる。ギリギリと歯ぎしりをしていて、その形相は今にも噛みつきそうだ。こちらも見るに堪えないので、すぐにまた振り返って目線を猪勇に向けた。


「ま~今回は特別? エレシティに行くって言うから貸してあげるんだよ? もし傷でも付けたら僕怒っちゃうんだから──」


「ああもう! グダグダ言ってんじゃねぇ! 貸すのか貸さねぇのかどっちかにしやがれ! 大体なんだこりゃただの軽トラじゃねぇか! 調子乗ってんじゃねぇぞこのウスバカキモデブが!」


 とうとう短気な闇奈がキレた。しかも罵倒が酷い。バカ&キモい&デブのトリプルコンボだ。


「ひっ!」


 猪勇はダメージが大きかったようで、悲鳴をあげて黙ってしまった。


「ね、姉ちゃん。そこまで言わないでやってくれや。な?」


 バルスも珍しく庇うぐらいの毒舌っぷりだった。闇奈は更に喚く。


「私はなぁ! こういうダラダラした奴が大っ嫌いなんだ!」


(そういや、俺もそれで怒られたなぁ)


 ダラダラしていた時に闇奈に掴みかかられたことを思い出し、槍太はしみじみ納得した。


「ゆ、許さないぞ」


 ふいに、猪勇が呟いた。その声は震えていて、怒りを含んでいる。刀矢は慌ててフォローに入った。


「あ、す、すいません。口が悪くて。本当にバカとかデブとか思ってるわけではなくて──」


 大牙も付け足す。


「そ、そうですよ。全然、このぐらい臭いうちに入らないですし」


 ・・・・・・・・?


 それは軽く失言だった。猪勇はデブ臭がひどい男だったが、闇奈はその臭いについては触れてない。


「大牙フォローなってねぇし」


 密月は他人事のように笑っている。


 とその時、ジェファが大きな荷物を持って現れた。修験者一行の持ち物だ。


「コレ忘れてたわよ~。重たいわね。よいしょっと!」


 ジェファはやや乱暴に軽トラの荷台に荷物を置き、ガンという鉄が強打される音が響く。


「!」


 猪勇の顔のパーツが全て開かれる。毛穴まで広がる勢いだ。あまりの気持ち悪さに、璃光子は二歩後退した。


 猪勇は急に俯いて何かブツブツ言い始め、その全身は小刻みに震えている。その様子を見たリンクスは血相を変えた。


「ヤバいぞオヤジ!」


 リンクスは猪勇に走り寄りながらバルスを呼ぶ。


「お、おお!」


 バルスも猪勇へ走り寄り、リンクスと二人で猪勇の腕をがっちり掴む。


「早く! 乗って行け! 操作は地球のと変わらねぇから!」


 リンクスが焦ったように叫ぶ。


「助手席には緑魔導士(りょくまどうし)が乗れ! 風の力を借りれば早く走れる!」


 バルスも酷く慌てている。


 叫びながら、二人は猪勇をズルズルと引っ張って、一行から離れさせていく。なぜそんなに慌てているのか、みな状況が飲み込めずに呆然としていた。


 そんな中、ジェファは冷静な顔で溜め息をつく。


「猪勇が怒ったのね。誰か車の悪口言ったりした? とにかく急いだ方がいいわね」


 ジェファは運転席を覗き込む。


「キーは付いてるわね。運転できる人は誰?」


 刀矢と槍太が手を挙げた。


 その時、


「僕の……猪突猛進号は……軽トラじゃない。軽トラなんかじゃないぞ……違うんだ~!」


 雄叫びのように叫んだ瞬間、猪勇の体は一瞬にして炎に包まれた。体から炎を発しているといった方が表現的には合っている。まるでスーパーサイヤ人のようだ。


「うお! やりやがった! てめぇら早く行け!」


 バルスは顔を背けながらも必死に腕を掴んでいる。


「乗って!」


 ジェファは近くにいた槍太の腕を掴んで運転席に押し込む。


「あなたはコッチよ!」


 風歌は助手席に押し込まれた。


 他は素早く荷台に乗り込んだ。軽トラだが、荷台はカスタマイズされていて広かったので十分全員乗れる。


「槍太! 任せたぞ!」


 槍太に運転を任せ、刀矢は荷台の一番後ろに立って刀を構える。


「はい!」


 威勢のいい返事をして、槍太はエンジンをかけた。


 地球で聞きなれた音を立てて、難なくエンジンはかかり、走りだす揺れを想定して一同はその辺に掴まって備える。しかし、車は動かなかった。


「槍太! どうした!?」


 剣助が荷台から身を乗り出して運転席を覗き込む。すると、槍太が慌てた様子で車から転がり出てきた。


「刀矢さん!」


 酷く焦った様子で刀矢を呼ぶ槍太。刀矢は驚いて振り返った。


「どうした!?」


 その時、


「うわぁ!」


 リンクスとバルスが同時に叫び声をあげたかと思ったら、吹っ飛ばされていた。全身火だるまの猪勇は自由になった両腕をゴリラのように振り上げて唸っている。


「は、早く!」


 ジェファも焦りだす。


 槍太が裏返った声で叫んだ。


「刀矢さん! 俺AT車限定なんだ!」


「え!?」


 車は、MT車だった。オートマチック車とは違ってギアやクラッチがあり、マニュアル操作の為、AT車限定免許しか持っていない槍太は運転できない。


「代われぇえ!」


 すごい形相で刀矢は怒鳴り、荷台から飛び降り、体当たりするように運転席へ乗り込んだ。槍太は慌てて荷台に登り、武器を構えて立つ。


「マテェ~!」


 スーパーサイヤ人の猪勇がまさしく猪突猛進に突っ込んでくる。刀矢は思いっきり車を急発進させた。


「うわ!」


「キャ!」


 荷台のメンバーは振り落とされないように必死に掴まる。


「ウガァー!」


 デブのくせにやたら足の速い猪勇が、ものすごい跳躍力を見せて飛び掛かる。炎の塊が落ちてくる。


「マジかー!」


 一番後方にいた槍太が身構えた時、


 ザバァ──


 川から飛んで来た鉄砲水が猪勇を押し戻した。


 猪勇はノーマルサイヤ人に戻り、地面にしりもちをついた状態で呆然と走り去る車を見ている。さっきまで炎に包まれていたというのに、体は何ともないようだった。


「バイバ~イ! 車ありがとぉ~!」


 火消しの張本人の水青が無邪気に笑顔で手を振った。


 車は、最高速度のままヒルドラーを飛び出して行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ