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“猪勇”

 翌朝。剣助と密月以外は清々しく目覚め、全員バルスの家の鍛冶場に集合していた。


「おはよう。闇奈、どうだ調子は?」


 久しぶりにグッスリ眠れてご機嫌な様子の刀矢が闇奈に微笑みかける。


「ああ。悪かったな迷惑かけて」


 闇奈の顔色はすっかり良くなっている。貧血は落ち着いたようだ。そこで、わざとらしくホッとして見せる密月。


「心配したんだぜ~。見ろよこの顔。心配で寝不足だ」


 そう大袈裟にゲッソリしている密月に、冷たい視線を送る剣助。


(よく言うぜ。オメーが疲れてんのは他の理由だろ!)


 しかし、そんな視線に密月が気付くはずもなく、ヘラヘラと闇奈の隣で笑っていた。


 とそこへ、奥の居間からドスドスと乱暴な足音をたてながらバルスが登場。


「おお~し。全員揃ったかぁ? んじゃ行くぞぉ!」


 バルスはいつも通りのでかい声でそう言うと、外へと向かう。


「え? あの、どこに?」


 大牙が慌てて追い掛けながら聞いた。バルスは体は前を向いたまま首だけで振り返ると、ニヤッと笑う。


「チョンユーのガレージだ。話はつけといたからよ」


 そう言いながらも、せかせかと歩く足を止めない。せっかちな江戸っ子だ。


 早歩きのバルスを追いかけるようにして歩くこと、約10分。そのチョンユーなる人物の家に着いた。バルスは玄関をノックすることもせず、大声で呼びかける。


「お~い! チョン坊! もらいに来たぜ! とっととよこしやがれ! おう!」


 すると少しして、恐る恐るといった感じで玄関を開け、小太りで眼鏡をかけたオタク風の中年男がおどおどしながら出てきた。


 直後、璃光子は一歩後退した。こういったオタクは苦手なタイプなのだ。


 男はもじもじと手もみをしながら、チラチラと全員の顔を盗むように見る。何だか人見知りの度を超えてる陰気な雰囲気の男だ。


「ば、バルスさん……その呼び方止めてくれます? 大体、僕はチョンユーなんて名前じゃない──」


「あ~ウゼぇ! ウザ過ぎで臭すぎなんだよ! このメガネブタオタ野郎が!」


 男が口を開いてすぐに、あまり話も聞かずに怒鳴るバルス。せっかちな江戸っ子をイライラさせる要素をふんだんに持っているせいだ。


「ひっ……そこまで言わなくても。いつもはブタオタだけなのに」


 男は青ざめて、何故かふうふう息を切らせながら首にかけてるタオルで大量の汗を拭う。その風貌はまさに『ブタオタ』だが、その言われようの酷さに槍太は苦笑いした。


 とそこへ、家の隣にあるコンテナのような建物からリンクスが出てきた。


「なに騒いでんだよ? 猪勇(ちょゆう)、アレ、一応外に出してみたけど」


 リンクスがそう告げると、チョンユーならぬ猪勇(ちょゆう)は血相を変えた。


「え!? どうやって!?」


「え、普通に。引っ張って」


 リンクスがキョトンとして答えると、猪勇(ちょゆう)はわなわなと体を震わせてまたどっと大量の汗をかいた。


「そ、そんな乱暴しないで! もうもう~!」


 猪勇(ちょゆう)はオカマみたいにそう叫ぶと、ボテボテと小走りで隣のコンテナへと駆け込んでいく。そこがどうやらガレージになっているようだ。


「あの~、あの人は?」


 大牙が恐る恐るリンクスに尋ねると、リンクスは軽く笑って答えた。


猪勇(ちょゆう)っつって、エレニックシティ出身の車オタクだ。いかにも歩かなそうな体型してるだろ」


「車があんのか?」


 闇奈が乗り出す。リンクスは頷いた。


「ああ。猪勇(ちょゆう)の宝物だったんだけど、オヤジが無理やり貸すように脅したんだ。エレシティは遠いから、車で行った方がいいし。あ、そうだコレ作っといたから」


 リンクスは火芽香に二本の短剣を渡す。それは昨日、水青が欲しがっていた短剣だ。約束通りもう一本作ってくれたらしい。


「ありがとうございます。はい。水青さん」


 火芽香は受け取ってそのまま水青に渡す。


「わ! ありがとう!」


 水青は満面の笑みで受け取った。


 新しい剣を手に入れた水青が嬉しそうに剣舞を披露し、全員がそれを眺めている。それに隠れるようにして、璃光子はおずおずとリンクスの側に寄り、小さな声で話しかけた。


「リンクス、もしかしてエレニックシティってオタクが多かったりする?」


 猪勇(ちょゆう)もエレシティ出身だし、刀矢の(はかま)をくれた日本マニアも、エレシティの人間だったと璃光子は思い出したのだ。問われたリンクスは小首を傾げる。


「ん~そうかもな。あそこは人口が多いから、色んな人種がいるしな。まあ色んな物があるから、ゆっくり見てこいよ」


 リンクスはそう言うが、璃光子は歯切れの悪い返事を返した。


「うん……そうね」


 璃光子は、一度オタク青年にストーカーされたことがあるのだ。ゲームのキャラに似ているからと、カメラを持ったオタクに四六時中追い掛け回された。


それからだ。璃光子が厚化粧するようになったのは。どんなに家風に合わないと叱られても、絶対に止めなかった。化粧は、璃光子にとってはいわば鎧だったのだ。今のスッピンの状態でオタクと対峙するのは、ちょっと怖い。


 と、そこで突然、バルスが大声を出した。


「おい! てめぇらムダ話は大概にして早くブツを拝みに行こうぜ!」


 バルスは勇んで歩きだす。一番はしゃいでいるように見える。


 いよいよ車のお披露目だ。


 皆もバルスの後をワクワクしながら付いていった。

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