“足音”
しばらく歩いて、無事合流した剣助と闇奈に、刀矢の叱責が待っていた。
特に剣助への処遇はひどく、頭をゴツンと殴られた。
「お前は護衛衆だろ! 持ち場離れてどうすんだ! よく考えろ!」
刀矢が怒る姿を想像できた者はいないだろう。
大人しくて優しそうな顔をしている上に、喋り方もさっきまではソフトだった。
その意外な剣幕に、誰もが驚いた。
「す、すいません」
ヒリヒリする頭を擦ることも許されないような気がして、剣助はただ謝る事しか出来なかった。
「闇奈! お前もだ! 勝手な行動は慎め!」
矛先が急に自分に向いたので、闇奈は体をびくつかせる。
「わ、悪かった……です」
闇奈は剣助の居場所が分かっていたにも関わらず、誰にも言わずに向かったのだ。
一通り叱咤を終えた刀矢は、ハア~と大きく息を吐くと、また先ほどのソフトなトーンに戻って言った。
「まあ、無事で何よりだ。この星について、お前たちは何も知らないだろう。もしアレにでも会ったらどうしようかと──」
おでこに手を当てながら安堵の溜め息をついた、その時、
ドーン──ドーン──ドーン──
地響きのような、低く、腹に響く音が聞こえてきた。
少し、揺れも感じるようだ。
「なんだ地震か?」
槍太が軽く言うと、
「いや……生き物だ」
闇奈が音のする方を見据えて小さく首を振る。
なんでわかる? と誰もが思ったが、難なく剣助を見つけ出してきた闇奈には、何か侮れない力のようなものを感じる。
皆その言葉をすぐに信じた。
「生き物って、な、何?」
璃光子の表情も、見えない恐怖に引きつっていく。
ドーン──ドーン──ドーン──
音は大きくなってくる。
刀矢が真っ青な顔で、
「きた」
と呟いた。
「何が!?」
その一言で恐怖にかられた水青と槍太が声を揃える。
刀矢はそれには答えず、辺りを見渡した。
──どこか隠れるところはないか。
しかし、ただ広い草原には適当な場所は見当たらない。
隠れてやり過ごすことは無理だ。
刀矢は若干震える息を大きく吐き出すと、数回深呼吸を繰り返し、決心したように皆の顔を見渡して言った。
「この星は、昔、地球と一緒だったんだ。だから、地球では滅亡した生き物が、ここでは今でも生きている」
この惑星で唯一の経験者である刀矢が告げたその言葉に、皆が顔を強ばらせる。
「その生き物とは……何ですか?」
そう恐る恐る問う火芽香の腕には、ひどく怯えた様子の風歌がしがみ付いている。
風歌だけではない。得体の知れない足音が怖いのは、皆同じだ。
と、そこで闇奈が口を挟んだ。
「話は後にした方がいいんじゃないか? 戦うんだろ。兄さん」
言われた刀矢は重々しく頷くと、全員に指示を出す。
「男は、俺と一緒に来い。君たちは……とにかく逃げるんだ」
短い司令だった。
刀矢はそれ以上何も言わず、音のする方に向かって歩きだした。
他の男たちも、顔に不安を滲ませながらついて行く。
一番背の低い大牙については、怯えきったウサギだ。
女達が不安気にその後ろ姿を見送っていると、ふと刀矢が思い出したように立ち止まり振り返った。
「闇奈! そっちはお前が守ってくれ。……頼んだぞ」
そう言いながら、何やら一人で納得したように細かく頷いている。
どうやら相当緊張しているようだ。
一方、闇奈は冷静だった。
「任しとけ。こっちはいいから、確実に仕留めろよ」
彼女なりの励ましの言葉だ。
ーー
男女別に左右に別れ、それぞれ歩きだす。
男たちは無言で歩いているのに対し、女性陣は質問の嵐だった。
「ねぇ、ねぇ闇奈! 生き物って何なの!?」
璃光子が叫んだかと思えば、
「私たち、生きて帰れるの?」
風歌が泣き出す。
「私たちだけで大丈夫なの!? 一緒に行った方がいいんじゃ……」
水青が泣き顔で勇ましいことを言ったかと思えば、
「闇奈さん、何か知ってるなら教えて下さい! その方が何かあっても対処しやすいと思うんです」
と火芽香が正当なことを言う。
──私も戦い(あっち)に行きたかった。
闇奈は大きな溜め息をついた。そしてすぅっと息を吸い、
「落ち着けよ! 何だか知らないが大きな生き物が近づいていた。でもそれは反対方向からだ! こっちに歩いてれば心配ない。ただ泣くしかできないなら、行っても足手まといなだけだ! 私は何にも知らんが、何かあっても私が守るから大丈夫だ!」
一息に言って一喝。
そして一呼吸おくと、
「とにかく、私について来い」
と言ってまたシャキシャキ歩きだした。
女たちは顔を見合わせると、闇奈のそばにピッタリくっついて歩きだした。