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“四回目の夜”

剣秀(けんしゅう)、魔法陣が完成したわよ》



 ──え……? けんしゅうって……



《ねぇ、剣秀?》



 ──誰だよ?



《ほんとに行くの?》



 ──何言ってんだ?



《ほんとにこれしかないの?》



 ──……ダメだ



《私、行くのが怖い》



 ──そうだ……



《行きたくないよ》



 ──そうだ戻れ!



《地球……滅びるんでしょう?》



 ──それは……






 ハッ──


 静かに、剣助は目を覚ました。汗もかいていないし、呼吸も穏やかだ。


 また、夢を見た。しかし今度はいつもの男の声じゃなく、女の声だった。あの異様な恐怖は無いが、代わりに何とも表現しがたい後味の悪い胸騒ぎがあった。


 剣助は起き上がり、溜め息をつく。


(ここんとこ変な夢多いな。たまにはゆっくり寝てぇよ)


 寝られそうもないので、風に当たりに行こうと外へ向かう。


 この日、女たちはジェファの家に泊まり、男たちはバルスの家で雑魚寝(ざこね)していた。バルスの家は鍛冶場が併設してある。居間と玄関の間に広い土間があり、そこが作業場になっている。


その土間には大きなカマドがあり、カマドの覗き窓には赤々と燃える炎がちらついていた。その明かりをボーッと見ながら歩いていたら、足元に落ちていた何かを蹴飛ばしてしまった。


 カラン──


「あっ、と。なんだ?」


 それは、折れた剣だった。まるでゴミのように無惨に転がっている。


「こんなとこに。折れたら用済みってか」


 拾って、作業台の上に置いた。その時、


《剣秀──》


 ふと、さっきの女の声が蘇った。剣助はうっすらと吐き気を感じた。


(なんか……やっぱ聞いたことあるんだよな。絶対なんかあるんだよな。あ~考えたくねぇ)


 剣助は、剣秀と自分との間に何かしら関係があるんだと思い始めていた。しかし、それは絶対にいい事では無いと、そんな気がしていた。


 真実をとことん追求する女とは違い、男は信じたくない真実からは目を逸らす癖がある。例えば恋人に浮気の影があったとすると、女はすぐに真相を問いただすのに対し、男は自分に都合のいい想像をしてなかなか真相に触れようとはしないのだ。剣助にもその臭いものには蓋の精神があり、考えたくない真実については、とりあえず今は蓋をしていたかった。


 外へ出ると、ひんやりした風が気持ちを落ち着けてくれた。少し歩いてみようと、そのまま散歩を始める。


 しばらく歩くと、家も人気(ひとけ)も無い、小さな林のようなところに出た。大きく息を吐いて、空を見上げた剣助の目に、月に追いやられそうになりながらも懸命に青く輝く地球が映る。


「帰りてぇ……」


 漠然と、そう思うのだった。


 その時、茂みの向こうから何やら話し声が聞こえてきた。その声は、何やらヒソヒソと囁き合っているようだった。


 こんな夜分にこんな所で、誰かいるのだろうかと不思議に思った剣助は、そーっと木の陰から覗いてみる。瞬間、剣助は顔を引きつらせた。


 そこには、昼間姿を消した密月とジェファの姿がある。二人は見つめ合い、密月はジェファの腰に手を回し、ジェファは密月の首に手を回してぶら下がるようにして抱き合っていた。本当に、洋画にありそうな絵だ。


「密月って、慣れてるのね。今まで何人食べたの?」


 ジェファは今にも唇がくっつきそうなぐらい顔を近付けて、クスクス笑っている。


「そんなの関係ねーだろ。お前に会う前の女のことなんて」


 密月は軽いキスをして優しく語った。


 剣助は鳥肌がたつのを感じた。


(うわ~! モテ男はあんなこと言うのか!? 言えねー! ぜってー言えねぇ~!)


 あまりの臭さに吹き出しそうになるのを必死に堪える剣助。


 ジェファは色っぽく微笑んだ。


「フフ。ホントに上手ね。お口も、アッチも」


 そう艶のある声で言って、ジェファは首から手を離し、密月の腰に手を回すとグッと引き寄せた。もう一度……とせがんでいるようだ。


 それに、密月は呆れたような顔をしながらも嫌ではなさそうな笑みを浮かべる。


「またか? 体もたねぇよ」 


(って何回やったんだよ)


 昼間から今までずっとイチャついてたのかと思うと、こっちまで疲れを感じる剣助だった。


「だって、次に会えるのはいつになるかわからないじゃない?」


 ジェファが甘えたように言うと、密月はクールに微笑んでちらりと首を振った。


「次に会っても、もう抱いてやれるかわかんねぇよ」


(な、何言ってんだアイツ?)


「アラ、本命でもいるの?」


(え、まさか……)


 まさか本命とは闇奈のことを挙げるつもりなのかと、剣助が思っていると、


「まあな」


(こ、肯定しやがった!)


「そう。残念」


(そう……って、それだけ!?)


 遊びの関係を甘んじて受けるジェファの潔さに驚く剣助。


 密月は聞き分けのいいジェファの態度に満足そうに微笑んだ。


「いい女だな。ジェファは」


 優しく言って、また、軽いキスを繰り返している。


「600年も生きるとね、ヤキモチの妬き方も忘れるのよ」


 ジェファも再び首に手を回し、キスに応えている。


(なんだこの会話?)


 全てが非常識で、開いた口がふさがらなかった。


 密月は、ジェファが意外にもはるかに年上だったと知って、キスをやめてジェファから少し顔を離す。


「へぇ。俺の3倍か。なんでまたこんなに早く成長止めちまったんだ?」


「戦争があったからよ。ゲツクにもいつ行けるかわからなかったから、早めに止めてもらったの。……もう黙って」


 ジェファは軽かったキスを濃厚なものに変えて、そのまま強引に密月を押し倒した。


(うわ!)


 これ以上見てたら変態になってしまうと、剣助は慌ててその場から逃げ出す。


 川沿いを走って走って、町の入り口まで来たところで崩れるように座り込んだ。


「スゲーもん見ちまったな」


 まだ心臓はバクバクしていて、気分も悪かった。


 別に思い出そうとしたわけでは無いのに、二人のラブシーンが脳裏に浮かぶ。と同時に、妄想にスイッチが入った。もし、自分と火芽香だったら?


 数十秒ぼんやり妄想して、ハッと我に返る。


「な、何考えてんだ俺は!?」


 しかし、一度スイッチが入ってしまうとなかなか抜けられないものである。次々と妄想が襲ってくる。


「ダメだ、考えるな。もう寝よう!」


 毅然と立ち上がって、家へ帰ろうと歩きだすが、すぐにまたしゃがみ込んだ。男の事情だ。これでは帰れない。


(これで何日目だ? もう寝不足はいやだ~ゆっくり寝てぇよぉ~)


 その後。剣助は何時間も煩悩と戦い、朝日と入れ違いに眠りについた。

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