“剣秀とバルス”
「決めたぜ! 行こう! ……な、何があった?」
武器を決め、急いで走ってきた剣助の目に、映画のワンシーンのようにお互いの腰に手を回してイチャついている密月とジェファの姿が飛び込んできた。さっきまで冷笑で睨み合っていた二人だが、どうやら同じ月族ということもあって意気投合したらしい。
何がどうしてこんな展開になったのかと、唖然としている剣助の肩を槍太が抱く。
「剣助。これが月族の営みだ。参考にしとけよ」
そう言い聞かせるように言う槍太を、剣助は訝しげに見上げる。
「はぁ?」
「い、いいから、もう行きましょうよ! ね!」
このままでは剣助が火芽香と恋仲であることを全員が知っているのを剣助に勘づかれてしまうと焦った大牙は、みなの背中をグイグイと押していく。刀矢は見るに堪えないラブシーンが嫌で、もうすでに逃げていなかった。
璃光子と水青はもっと見たそうにしていたが、大牙に連行されるように引っ張られていき、そこにはイチャついてる二人だけが残った。
密月とジェファは、そのまま手をつないでどこかへデートをしに行ったようだ。
そして、バルスのもとへ帰りついた一行はそのことを報告。
「ああん!? ジェファがあの小僧とドロンしたぁ!? ったくあの尻軽女はどうしょ~もねぇなぁ~! ったくよ~誰に似たんだか」
バルスは溜め息をついて不機嫌そうに腕を組んだ。
「いいんですか? 追い掛けなくて」
大牙が心配そうに言うと、バルスはイラついたように新しいタバコに火を付ける。
「ああ? 必要ねぇ! アイツはもう600歳だ。いい大人なんだっつうのにったくよ~」
その予想以上の年齢に、槍太が驚きの声をあげる。
「600歳!? 密月より若く見えるのに?」
──だからあんなに色っぽかったのか。
と、剣助と刀矢は納得。
バルスは不機嫌さを満面に出しながらタバコの煙を思いっきり吐き出した。
「アイツは15で成長止めてあんだ。ったく。見た目だけ若ぇからって調子のりやがって」
その不可解な言葉に、璃光子は首を傾げる。
「成長を止めるって? ……あ~やっぱいいや。今はちょっと余計なこと考えたくないわ」
璃光子は質問を取り消した。不可解なことが多すぎで、これ以上知識を増やすことが億劫になっていた。とりあえず、月族の生態については今は知らなくても不自由しないだろう。他のメンバーも同じ気持ちなようで、それ以上聞き返す者はいなかった。
バルスはイライラした様子で頭を乱暴に掻きむしった後、剣助の腰に装備されている武器を見て顔を綻ばせた。
「お? ボウズ~お目が高いねぇ。それを選ぶなんてな」
剣助は武器を見て首を傾げる。
「え、そっか?」
実は急いでいたので適当に選んだ物だった。剣助が選んだのは、日本刀だ。訓練でよく使っていたので、手に馴染みやすいと思い選んだのだ。
「おうよ! コレはな、オレ様が初めて作った日本刀よ。普通の武器作りに飽きてきた時に日本の文化に出会ってよ。あの曲線美。ビビっときたぜ」
感慨深そうに言うバルスの言葉に、刀矢は関心を寄せる。
「日本の文化が入って来たこともあるんですね」
バルスは大きく頷いた。
「おお。剣秀に会って、俺は変わったんだ。正直言ってよ。アイツに会うまでの俺は殺人鬼だった。もっと簡単に、もっと一度に人が殺せる武器を作るのが生き甲斐だったんだ。人を斬ったことはねぇが、斬るための道具を作るのが快感だったんだなぁ」
そう思い出深そうに語ると、バルスは剣助の腰の鞘から刀を引き抜き、翳して眺める。
「剣秀はな。武器に対して、敵に対して、誠意を尽くす男だった。度肝抜かれたぜ。こんな戦い方もあるんだってな。その日から、俺は武器に対する考え方が変わったんだ。もっと、大事にしてもらえるような、もっと、使ってて気持ち良くなるような武器を作りてぇ。そう思うようになったんだ。そんでもって出来たのがコレよぉ~」
バルスは刀を愛しそうに見つめる。その、武器職人が見せる刀への愛情を感じ取った剣助は、この刀を大事に使おうと心に決めた。
「そっか。オッサン、大事に使わせてもらうよ」
そう涙ぐんで言ったのだが、
「ん!?」
愛おしそうに刀を見ていたバルスが急に真剣な顔になる。
「ど、どうした? オッサン?」
この刀には何かあるのかと、剣助の顔も強ばった。するとバルスはまたイラついたような顔をしてわなわなと肩を震わせる。
「なってねぇなコリャ……まるでなってねぇ。駄作だこんなモン!」
バルスは怒鳴ると刀をポイっと投げ捨ててしまった。それに、愕然とする剣助。
(俺が持つのは全部駄作か?)
剣助は、自分の武器を見る目の無さにがっかりしていた。
そこまで話を聞き終わったところで、璃光子はふとあることに気付く。
「ねぇ、日本の文化が入ってきたのって、いつぐらい?」
突然問われたバルスは、キョトンとして璃光子を見たが、特に何も気にせずに答えた。
「ん? そうさなぁ、ジェファの奴が生まれてすぐだったから……500年ちょい前だな。おう」
璃光子は頬に手を当てて計算を始める。
(500年か。私たちは今33代目だから、33×16年として──時期的には合ってるわね)
「じゃあ、その前は日本なんて知らなかったのよね?」
「お~~~よ」
なぜか大げさに頷くバルス。
璃光子は今度は顎に手を当てて、考え込んだ。
(じゃあ、なんでここの人ってみんな日本語話すのかしら)
日本の文化が入ってきてから500年の歴史があるとしても、ここまで日本語が浸透してるのも不思議だ。まるで公用語のように話されているのだから、それなりの理由がありそうなものだが。
(あ~でもやめよ。考えるのめんどくさい。この星ってホントにめんど!)
今は頭を使いたくない璃光子は思考回路を断ち切った。
「ところで、ケンシュウって誰?」
水青はさっきから気になっていたようだ。バルスは得意気にフッと笑って剣助を見る。
「ボウズは知らねぇみてぇだがな。剣秀はボウズのご先祖様よ。よーく覚えときやがれ」
しかし、言われた剣助は困った顔で答えた。
「いや、先祖は剣柳だって聞いてるけど」
剣柳は、剣秀の弟だが、バルスはその存在を知らない。
「なに? 剣秀じゃねぇのかい!?」
「ち、違うけど」
バルスは本当にビックリだといった顔で剣助の顔をまじまじと見た後、責めるように怒鳴った。
「じゃ何でこんなソックリヅラしてやがるんでぇ? ややこしいじゃねぇか!」
「そ、そう言われてもなぁ」
困り果てた剣助は頭をかいた。
バルスは、見れば見るほど剣秀にそっくりな剣助の顔を見ながら、疑問を整理していた。
(剣秀の子孫じゃないにしても、あの魔法剣が使えるってことは血は繋がってんだろうな? なんでだ? そいや剣秀に子供が出来たなんて聞いたことなかったな。じゃこのボウズは何モンでぇ? あ~なんか、ややこしい話になってきやがったな)
バルスを含めた全員の頭には『?』が沢山浮かんでいた。
約600年前──
ある黒魔導士に見初められた地球の巫女、アキがアシュリシュに嫁入りする際、側近として銅家から一組の夫婦が同行してきた。その妻はすでに身籠っており、その子が、後に運命を左右することになる剣秀だった。剣秀はアシュリシュでもトップクラスの剣豪に成長し、その腕を見込まれて城の使いとして名匠バルスの元を訪れた。それが二人の出会いである。
剣秀の誠実さに感銘を受けたバルスは、やがてよき友人となった。その付き合いは長く続いた。しかし、ある事件をきっかけに剣秀は姿を消し、バルスが作った魔法剣も一緒に行方がわからなくなった。
それからは、何も知らない。修験者のことも、五色の思惑も、剣秀がなぜいなくなったのかも。バルスが知っているのは、剣秀は地球へと逃げるつもりだったのだということだけ。その理由も、その後どうなったのかも、バルスには知る由もなかった。




