“発信機”
魔法剣を作るべく、血を採取することになった剣助と闇奈は、椅子に座ってテーブルの上に腕を乗せた状態で、このまま待つように言われていた。
剣助は何も深く考えず、注射器での採血だと思っているようだ。しかし、闇奈は悪い予感がしていた。
(この星に注射器なんてあるわけねぇよな。だとしたらやっぱり……)
と、その時、
「お待たせ。じゃあ始めましょ」
笑顔たっぷりでジェファが戻ってきた。その手には、小型のナイフと金属製の器、そして紐とタオルを持っていた。注射器はどこにもない。
──やっぱりな。
予想通りの結果に、闇奈は溜め息をつく。剣助はナイフを凝視して固まっていた。
「ちょっと痛いけど、ガマンしてね。あなた達はラッキーな方よ? すぐ緑魔導士が治療してくれるんだから」
何故だかやたらご機嫌にそう言いながら、ジェファは二人の上腕を紐できつく縛った。血が止まり、腕にむくみを感じる。剣助と闇奈は言葉なくその腕をじっと見つめていた。
「で。どっちからいく?」
ジェファはナイフをまるでおもちゃのように振りかざして微笑んだ。
「ジェファ。一人ずつやるなんて恐怖を煽るだけだ。同時にやろう」
リンクスがまともじゃない事をまともな口調で言った。
「あ、そうね。ゴメン」
ジェファは少し肩をすくめると、リンクスにもう一つのナイフを手渡す。
まるでただの日常会話な様子に、剣助はつっこまずにいられなくなった。
「ちょ、ちょっと! 何をそんな普通に言ってんだよ!? なにそのナイフ!」
そう怒鳴りながら椅子から立ち上がった剣助に、闇奈は注意する。
「剣助。見苦しいぞ。腹くくれよ」
そう嗜めながら、闇奈は眉をしかめながら俯いている。痛みのシミュレーションをして、少しでもショックを和らげる作戦だ。今は神経を集中している。
潔い闇奈の姿を見て、ここで騒いだら格好がつかないと思った剣助は、すごすごと椅子に腰を下ろし、腕を差し出した。
「では……いきます!」
ジェファとリンクスが一緒に掛け声をかけたと同時に、剣助の悲鳴が響いた。
その声は土間まで聞こえてきて、全員が振り返る。
「なに、今の悲鳴。剣助?」
璃光子は思わず火芽香を見た。案の定、ソワソワして心配そうな顔をしている。
「姉ちゃん! 心配すんな! 死にゃあ~しねぇから!」
バルスは豪快に笑った。
「そりゃ、そうですけど……」
大牙は苦い顔をしている。
しばらくすると、手首にタオルを当てた剣助が走ってきた。
「いてぇ~! ハンパじゃねぇ! 風歌早く早く!」
剣助は上ずった声で風歌に助けを求め、痛々しい手首の傷を差し出した。傷は3cmほどで、出血はまだ止まっておらず、血が滲んで滴れた。
「はい。これでいいよ」
治療は一瞬で終わり、風歌は闇奈が来ないことに首を傾げる。
「闇奈は? これから?」
問うと、剣助は治った手首をさすりながら答えた。
「いや、一緒にやったんだけどよ。貧血で倒れちまった」
それを聞いた途端、風歌は血相を変えた。
「貧血!? なんでそれを早く言わないのよ! バカ!」
バカ! と同時に、剣助の頬に風歌のビンタがヒットした。大人しそうな風歌が手をあげるという珍しい光景に、みな驚いて目を丸くする。
風歌は踵を返して闇奈の元へと急ぐ。どうやら、風歌はすっかり一行のナイチンゲールとなったようだ。
しばらくすると、闇奈も風歌に支えられながらやって来た。手首の傷は治っているものの、まだフラついていて、青い顔をしている。さすがの闇奈も、貧血には勝てないようだ。そこにあった椅子に崩れるように座り、背もたれに寄りかかってボーッとしている。
事も一段落ついたところで、璃光子は用事を思い出す。
「あ、そうだ。あの、バルスさん? これ」
璃光子は手紙をバルスに差し出した。バルスはそれを見ると、急に凛々しい表情を作って小さく首を振った。
「姉ちゃん。気持ちは嬉しいけどよ。オレは死んだ女房一筋──」
「カサスの総長からです。私はロイダの孫です」
ラブレターと勘違いしているとすぐに悟った璃光子は遮って言った。
バルスは恨めしそうな顔で璃光子を見たあと、手紙をひったくった。
「ロイダか。ちっ! なんでぇ」
不満を漏らしながらもバルスは手紙を開く。
手紙は水に濡れてしまっていて、字が読めるか不安だったが、バルスは問題なく読んでいるようだった。
手紙の内容は、ロイダから反乱軍の黒陽に当てられたもので、カサスと友好関係を築いてほしいといったものだった。その手紙を読み終えたバルスは、参ったなといった感じで苦笑いを浮かべる。
「黒陽か。こりゃまた、ずいぶんタイムリーなこった」
その何か不吉なものをはらんでいるような言い方に、不安を覚えた刀矢は顔を強ばらせた。
「まさか黒陽はもうここに?」
問われたバルスはハッとしたように手紙から顔を上げた。
「ん? ああいや、コッチの話だ。気にすんな!」
何かごまかすように豪快に笑って、ニヤリとして顎を撫でる。
「剣が出来るまで、そうさなぁ。5日ぐらいもらえっかな。傑作を作ってやるからよ! 傑作!」
「5日か~。ただ待ってるのもな」
呟いたあと、剣助はふと思い出す。
「そういやオッサン、発信機ってどういうことだ?」
バルスは困ったように頭を掻く。
「指輪のことか? 詳しいことはわかんねぇな。俺は機械は苦手でよ。気づいたのはリンクスだ。おいリンクス! 説明してやれよ」
バルスがリンクスを指名すると、リンクスは頷いて説明を始める。
「その指輪は魔力に反応して電波を発する発信機だ。この石の中に『鳴応石』って特殊な石が組み込まれてて、それは魔力を食って微弱電流を流す性質がある。その電力を使って、この金具に取り付けられているチップが電波出してんだ。すげー技術だぜ。一級品だよ」
リンクスは感動したように言う。
「は、外す事は出来ないの!?」
水青は一生懸命指輪を引っ張って外そうとしていたが、指輪はびくともしない。
リンクスは「どれ」と言って水青の指輪を覗き込むと、残念そうに眉を下げた。
「あ~輪っかの部分は超合金か。やけに厳重だな。お前たち王族かなんかか?」
「私たちは王族じゃないけど、コレを付けさせたのは王様よね。きっと」
璃光子も一生懸命指輪を引っ張っていた。
反乱軍と関わりがありそうなこの人達には、修験者だということは言えない。
「壊しちゃえばいいんじゃない?」
とあっけらかんと言ったのは風歌。リンクスは首を振った。
「いや、無理に壊すと警報電波が飛ぶ仕組みになってると思う。外したいならそれは避けた方がいいんじゃねえかな」
「このまま監視されたままなんて、動きづらいですね」
火芽香は困った顔で指輪を見つめた。しかし、リンクスは希望の情報を持っていた。
「エレニックシティでなら、外す方法もあるかもしれねぇな。おそらくそれもエレシティ製だ」
その町の名前には、聞き覚えがあった。密月が日本マニアの友人から袴をもらったと言っていたとこだ。
「あ~刀矢の袴があるトコ!」
水青が手を叩く。刀矢は服を笑われたことを思い出して苦い顔をしていた。
リンクスは説明を続ける。
「『電気を操る町』だ。少し遠いけど、剣を作ってる間にでも行って来たらいいんじゃねぇか? 代わりの武器は貸してやるよ」
武器を貸してやるという言葉に、みな顔を輝かせた。




