“魔法剣”
しばし放心していた刀矢だが、剣助が大声でバルスがいることを告げると、ハッとして意識を取り戻した。
「バルスさんがいる!? そうだな。みんなの事も心配だけど。でもせっかく会えたんだから、とりあえず剣を優先しようか。みんなはそれから探そう」
話は決まり、水青を含めた3人は荷物を持って再びバルスのいる玄関の土間へと向かった。
バルスは現れた3人を見ると、吸っていたタバコをもみ消した。
「おっ。やっと来たか。兄ちゃん! 嬢ちゃん! どうだい? 調子は! おう!」
刀矢と水青も、バルスの声のでかさに圧倒されていた。
「あ、お、お陰さまで。助かりました。ありがとうございます」
刀矢がそう言って頭を下げると、つられて水青もチョコンと頭を下げる。バルスはご機嫌な様子で豪快に笑った。
「ハッハッハ! いいってことよ! 人間持ちつ持たれつってな! で、ブツは?」
バルスが修理対象の剣を見せるように促す。
「あ、はい。これです」
剣助は袋から折れた剣を取り出して渡した。
しかし、バルスはその剣を見ると神妙な顔をして黙ってしまった。さっきまでのハイテンションが嘘のような沈黙だ。
その様子に、剣助は不安に駆られる。
(なんだ? まさか直せねぇなんて……)
と、その時、開けっ放しだった玄関から人が入ってきた。
「あの~すいませ~ん。ここに人が運び込まれたって聞いたんですけど──」
そう言いながら入ってきた人物は、剣助を見て顔を輝かせた。
「あ、剣助さん!」
大牙は嬉しそうに駆け込んで来る。
「よかった~。刀矢さんも水青さんも一緒だったんですね」
安心して笑う大牙に続いて、続々と全員が入ってきた。見慣れた顔が勢揃いしたことに、剣助は感動した。
「おお~みんなぁ! さすがだぜぇ~!」
剣助は大牙に抱きついて嬉し泣きしている。
「水青~!」
「璃光子~!」
こっちの仲良し女子も感動の再会だ。
「おいオメーら。家の人に失礼だろ。まず挨拶しろよ。助けて下さって、ありがとうございました」
闇奈はそう言って頭を下げた。
「ううん。そんな全然」
ジェファはニコッと微笑んだ。その笑顔は、相変わらず大人っぽい。
その時、
「おいボウズ」
ふいに、バルスが口を開いた。呼ばれた剣助は振り返る。
「この剣……なんでオメーが持ってんだ?」
そう言う声はでかくないし、その顔は神妙な面持ちだ。剣助は急にテンションを下げたバルスに戸惑いながらも答えた。
「えっと、代々受け継がれてきて……」
「ふ~ん」
バルスは不満そうな顔をして足を組み、ふんぞり返った。
「まさかまたこの駄作を拝む羽目になるたぁな」
そう言って、バルスは溜め息混じりに笑った。
「へ、駄作?」
予想だにしない言われように、剣助の顔は引きつっていた。
「おう。駄作も駄作だ。コレは俺が初めて作った魔法剣だからな」
この言葉で、この江戸っ子がバルスであるということを全員が理解した。
「魔法剣? コレが?」
剣助は信じられないといった顔をしている。
「おうよ。昔、剣秀に頼まれてな。『空間短縮』用の魔法剣を作ったんだ。……しっかしよ。この剣はもう寿命だな。こんな安モン500年も使ってたのかい? けっ。難儀なこったな」
銅家の家宝をケチョンケチョンにけなされて、剣助はショックで呆然としていた。
そこで、闇奈がある疑問を投げかける。
「なぁ、オッサン。この、魔法剣ってよ。人の言葉がわかったりすんのか?」
バルスは闇奈を見て、再びテンションを上げた。
「ん? 美人な姉ちゃんだな! おいリンクス! お近付きになっとけ!」
「やめろよオヤジ!」
無遠慮にアタックを促す父親に、リンクスと呼ばれたジェファの兄は慌てて否定する。
「質問に答えてくんねぇかな」
闇奈が呆れたように答えを要求すると、バルスは「あ?」と言って再び闇奈を見る。
「いや、確かに魔力は人由来だけどよ、脳ミソはねぇハズだぜ。なんか気になることでもあんのかい? おう?」
バルスが事の詳細を求めると、闇奈は一つ頷いて話始めた。
「ん~実はさ──」
闇奈は、カサスの山で剣助を探している時、自分が剣を握り締めた瞬間、剣がビジョンを見せて剣助の居場所を教えてくれたことを説明した。
それを聞き終えたバルスは、何故だかふてぶてしい目をして闇奈の顔をまじまじと見た。
「ふ~ん。姉ちゃんはアレか? 黒魔導士か?」
「え、ああ。そうみてぇだな」
闇奈が答えると、バルスは急にテンションを上げて手をバンと打ち鳴らした。
「あ~じゃあアレだ。姉ちゃんの血を吸って、一時的に魔力が強くなったんだ。そんでもって姉ちゃんの意志に応えたんだろうよ。たまたま剣と同じ属性の血だったから出来たんだろ~な~。ラッキーだったなボウズ! おう!」
バルスは大声で笑いながら剣助の背中をバンバン叩く。
(おう! の意味がわかんねぇよ。ていうか痛てぇ。声でけぇ)
剣助は心の中で悪態をついていた。
「えっと、同じ属性ってことは?」
剣と同じ属性とはどういうことかと、火芽香は天井を見上げて頭を働かせる。バルスはでかい声で説明を始めた。
「おう! この剣にはな、闇魔法が入ってるんだ! この剣だけだったら大して強くねぇけどよ、魔方陣と併用すれば究極の闇魔法が使えるように出来てんのよ~スゲーだろ!?」
自慢げにふんぞり返るバルスに、闇奈が更に説明を求める。
「究極の闇魔法って?」
バルスは尚も得意げに胸を張った。
「おう! ズバリ! 『空間短縮』だ。闇を極めれば、どこでもワープ出来るってんだから驚きだ!」
「へぇ~。そりゃ使えそうだな」
自分の力に意外な使い道があったことに、闇奈は期待を寄せた。
バルスは再び剣助の背中をバンバン叩く。
「まぁ、この剣は移動用に作ったモンだし、修理してまで使うような代物じゃねぇよ! おう!」
剣助は言葉なくただ俯いて大人しく叩かれていた。
「でも、それがないと帰れないんです」
火芽香が困った顔で言うと、バルスは不思議そうな顔で火芽香を見る。
「帰る?」
バルスは首をかしげた後、すぐに神妙な顔つきに変わった。
「それは……地球か?」
「知ってんなら話は早えぇな」
闇奈は拍子抜けして腕を組む。
バルスは探るような目で黙って全員の顔を見渡した。
(剣秀は地球に行ける剣が欲しいと言ってたが。まさかホントに地球で使われてるとはな)
ある日の剣秀を思い浮かべながら、バルスはその事実に心底驚いていた。
バルスはふっと目を閉じると、タバコを食わえてその先端を指先でこすり、火をつけた。そして一服吸うと、大きく煙を吐いて闇奈を見た。
「そうさなぁ。作り直してもいいけどよ。それには、この姉ちゃんの血が必要だな」
「へ、わ、私か?」
急に指名された闇奈はたじろぐ。
「おうよ。黒魔導士の血が必要だ」
「な、なんで」
「血には鉄分が含まれてるだろう? それを鉄に混ぜて使うんでぇ」
闇奈は引きつった顔で絶句した。普段からヘモグロビン値が低く、献血もできないぐらい血を抜かれることが苦手だったのだ。貧血なのは自覚していたが、レバーも嫌いで食べられない。
「どんぐらい使うんだ?」
闇奈が恐る恐る量を訊ねると、バルスは何でもないような口調で適当な答えを返してきた。
「そうさなぁ。まあ、死なねー程度に採らせてもらうさ。おう」
闇奈は溜め息をついた。この星で血液の適切な採取量なんて分かるはずもない。
「わ、わかった」
断ってもしょうがないので、闇奈はしぶしぶ承諾した。
「わりぃな。闇奈」
剣助は申し訳なさそうに頭をかいた。すると、バルスは剣助を指差す。
「それから、ボウズのもだ」
「へ!?」
「魔法剣には使用主が必要だ。オメーが使うんなら、オメーの血を混ぜなきゃ使えねぇ。それとも姉ちゃんが使うか?」
「い、いやそれは。俺! 俺が使います!」
大事な魔法剣を闇奈のものにするわけにはいかないと、剣助は勢いよく手を挙げた。
バルスはそんな剣助を見ると、何かを思い出したような顔をして、どこか切なそうに目を伏せた。そしてタバコをもう一服吸うと、娘と息子に指示を出す。
「じゃあ決まりだな。ジェファ、リンクス、採血して来い」
剣助と闇奈は、ジェファとリンクスに連れられて奥の部屋へと誘導されて行った。




