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“ヒルドラー -後編-”

「うわあああああ!」


 逼迫(ひっぱく)した声で叫びながら、剣助は飛び起きた。汗だくで、呼吸は乱れている。


(ま、またあの夢!? なんなんだ一体!)


 また、あの男の声を夢に見た。カサスで津波に流された後に見た、あの謎の男の声だ。いつ見ても、原因不明の恐怖が襲ってくる。


(なんか意味があんのか? くそー気持ちわりぃ……)


 額の汗を拭いながら、辺りを見回す。


「どこだ? ここ」


 そこは、家だった。カサスの家と作りは似ているが、こざっぱりとして清潔感があった。ベッドに寝かされていて、傷の手当てもしてある。


 一体誰がこんな施しをしてくれたのかと思いながらも、ベッドから抜け出そうとして剣助は動きを止めた。いや、止まらざるを得なかった。


カサスの時とは違い、毛布は掛かっていたが、やはり何も着ていなかったのだ。


 ──これじゃ動けねぇ。


 剣助が途方に暮れていると、カチャリという音がして部屋のドアが開いた。


 誰が来たのかと、剣助は緊張して身を固くしたが、


「おお!? ボウズ! 目ぇ覚めたか! しぶてぇなぁ~おう!」


 頑丈そうなガタイのいい中年男性が入ってきた。頭にタオルを巻いていて、浅黒い肌をして漁師の雰囲気だ。髪は金髪で目が青い。江戸っ子を思わせる威勢のいいしゃべり方をしている。


「オメーがどんぶらこして来た時はよ~ドザエモンだと思ったぜ! ちびっちまうとこだったぜまったくよ~おう!」


 剣助はあまりのテンションの高さにあっけに取られていた。オヤジは剣助の反応が無いのも構わずに続ける。


「しっかしよ~似てる人間てのはいるもんだな! なぁボウズ! おう!」


「え、な、何ですか?」


 やっと質問できた。オヤジはベッドの横までガニ股で歩いて来ると、近づいたのにも関わらず声のボリュームを上げた。


「ああ!? オメーだよ! オメーさんのツラ見た時はよ~。度肝抜かれたぜ! 剣秀(けんしゅう)のヤツにソックリだ! おう! 親戚か!?」


「え……?」


 ──ケンシュウ?


 剣助のキョトンとした表情を見て、オヤジは自分の言ったことが見当違いだったと思ったようだ。


「あ~知らねぇか!? んじゃやっぱ他人の空似ってヤツだな! おう!」


 剣助は豪快に笑うオヤジをポカンと見つめながら、『ケンシュウ』なる人物のことを少し考えてみた。


(『ケン』って、『剣』かな。だったら、親戚の可能性もあるけど。こんなとこにいるわけねぇしな)


 剣助の中でも、他人の空似という事で決着がついてしまった。


「おお! そうだ! 他の連中は娘の家で寝てっから! 心配すんなよな! おう!」


 その言葉に、剣助の意識は戻された。


「え! み、みんないるのか!?」


「おう! 兄ちゃんと嬢ちゃんならいるぜ!」


「……二人だけ?」


「おうよ!」


 またはぐれたのか。と剣助はげんなりした。こんな時、発信機でもあればすぐに見つかるのに。と思った。


 すると、オヤジが見透かしたように意外なことを言った。


「しっかしよ~。発信機なんか付けてオメーらどこ行く気だ?」


「へ!?」


「あの嬢ちゃんの指輪、ありゃ~高っけぇ発信機だろ?」


 指輪とは、継承式で女たちが身につけた、当主の証となる指輪のことを言ってるのだと理解した剣助は仰天した。


「そ、それホントか!?」


 剣助の驚いた顔を見て、発信機を知らずに付けられたんだと分かったオヤジは少し慎重な顔つきになる。


「なんだ。ワケ有りか? とにかく着替えろ。ほらよ!」


 オヤジは剣助の服を投げて渡した。いい匂いがする。洗濯して乾かしてくれたようだ。


 剣助は素早く着替えると、『兄ちゃんと嬢ちゃん』の正体を確かめるべく、オヤジと共にその娘の家に向かった。


 家に着くと、オヤジは乱暴にドアを開けて大声で呼びかける。


「おお~い! ジェファ! もう一人が起きたぞ! おう!」


 すると、奥から密月と同じような白人系の女の子が出てきた。青い瞳の、健康そうなハツラツとした元気少女といった雰囲気だ。ショートパンツから覗く白い足が眩しい。年は、13~15歳といった感じだ。


「あっ父さん。意外と早かったわね。コッチはまだよ」


「なんだあ!? まだ寝てんのか! ったく仕事になんねぇなぁ~おう!」


「父さん、そんなおっきな声出さないでよ。まだ寝てるのよ?」


 ジェファと呼ばれたその少女は、大人っぽく父親を(たしな)めると、剣助にニコリと笑いかけた。


「お早う。具合はどう?」


「あ、はい。だいぶ。ありがとうございました」


 人なつっこい笑顔に、剣助は緊張すること無く答えることが出来た。


 そこで、剣助はもう一人お礼を言わなければいけない人がいることを思い出す。


「オジサンも、ありがとうございました」


 剣助がオヤジに向き合ってお辞儀をすると、オヤジは不服そうに眉をしかめた。


「ボウズ。礼する時にオジサンはねぇだろ? お兄さんって言えよ!」


「……お兄さん、ありがとうございました」


 色々めんどくさいので、逆らう気力は起きなかった。しかし、オヤジは満足そうに豪快に笑う。


「素直なボウズだなぁ! おう! そういや名前は!?」


「あ、はい。(あかがね)剣助(けんすけ)です」


 剣助が名を告げた瞬間、オヤジの顔はシリアスになった。


「……なんでぇ。やっぱ剣秀(けんしゅう)の親戚じゃねえか? (あかがね)だろ?」


「へ~そうなんですか?」


 そう言われても、知らないものは知らないし、今はとにかく『兄ちゃんと嬢ちゃん』が誰なのか早く知りたい。さっさと話を切り上げてしまいたい剣助だった。


「反応わりぃな。まあいいや。俺はバルス! ヒルドラーの名匠バルス様たぁ、俺様のことよぉ~」


 オヤジは親指で自身を指して超得意気だ。剣助はその聞き覚えのある名前を思わず復唱する。


「バルス……バルス?」


 そしてその正体を思い出した途端、目をカッと見開いた。


「バルス!? あんたが!? た、助けてください~!」


 剣助はいきなり泣き出してバルスに縋りつく。バルスはギョッとして後ずさった。


「な、なんだぁ!?」


 バルスは抱きつく剣助を必死に引き剥がそうとしている。その時、奥からもう一人出てきた。


「も~うるせぇよ! 怪我人いんだろうが!」


 若い男だった。ジェファと同様やはり白人系で、青い瞳。年は16~18歳といった感じだ。


 ジェファは男を見て肩をすくめる。


「兄さん。起こしちゃったかな?」


 ジェファの兄らしい男は軽く首を振った。


「いや。大丈夫だけどよ。……って何やってんだオヤジ?」


 男は剣助に抱きつかれてるバルスを見て呆れ顔だ。


「俺にもわかんねぇんだよ~!」


 振りほどこうとするバルスに負けず、剣助はひたすら抱きついて助けて下さいを連発していた。


「とにかく離れやがれ! 話はそれからだ!」


 バルスは泣きじゃくる剣助を力づくで引き剥がして、やや乱れた服をはたいた。その服には、剣助の鼻水がついていた。


「うわっ鼻水……で? 何を助けろって?」


 バルスが不機嫌そうに聞くと、剣助は鼻をすすって涙声で答えた。


「け、剣を、修理してもらいたくって」


 バルスはふーんと言って腕を組んだ。


「剣ねぇ。金属製だったら俺様に直せねぇモンはねぇ」


「ほ、ホントですか!?」


 剣助が泣き顔を輝かせると、バルスはニッと歯を見せた。


「おう。まぁ、まず見せてみろや。そいつはどこにあるんでぇ?」


 その言葉に、剣助は愕然とした。剣は荷物の中なのだ。川で溺れた時、荷物がどうなったのか分からない。下手すると無くしたかもしれない。


 剣助が黙って俯いてしまったのを見て、察したジェファは言った。


「もしかして、あの荷物の中? あれなら部屋にあるわよ」


 剣助は弾かれたように顔を上げてジェファを見る。


「え! ほ、ホントですか!?」


 ジェファはニッコリと微笑んだ。その笑顔にはあどけなさが無い。


「ええ。二人が寝ている部屋よ。コッチよ」


 ジェファが部屋まで案内してくれた。部屋に入ると、二つのベッドに寝ている人物がいた。


「あ! 刀矢さん! 水青!」


 見慣れた二人に急いで駆け寄る。二人ともケガをしているものの、スヤスヤと寝息をたてている。


 剣助はホッとした。しかし、同時に不安がよぎった。


(他の連中はどうしたんだ? まさかまだ川に? それとも町のどこかに? 探しに行こうかな)


 刀矢と水青は置いて、他のメンバーの搜索に行こうかと思案していた時、刀矢が目を覚ました。


「あ、刀矢さん!」


 剣助が刀矢の顔をのぞき込むと、刀矢も剣助の顔を見て目をパチクリさせる。


「剣助? みんな無事か!?」


 飛び起きて辺りを見回す刀矢。


「と、刀矢さん!」


 剣助は咄嗟に刀矢を止めた。毛布がずり落ちそうだった。


 自分が裸なのを知って、慌てて毛布を引き上げる刀矢。ジェファと目が合った。


 ──見られてないよな!?


 真っ赤になっている刀矢を見て、ジェファはクスっと笑った。そして可愛らしい見た目には想像もつかないような色香をまとって近づいて来る。


ジェファは刀矢の目を見て、小悪魔的な笑みを浮かべると、そっと耳打ちをした。


「あなたの手当てをしたのは私よ。今さら恥ずかしがらないで」


 刀矢はそのまま固まって動かなくなった。


 白人女性は、10代から色っぽい。特にこのジェファはやたら大人っぽいのだ。女に免疫の無い刀矢には刺激が強すぎる。


「刀矢さん? と、刀矢さん!?」


 剣助が揺さ振っても刀矢は放心状態だった。


 とその時、小さく呻いて、水青も意識を取り戻した。


「剣助、女の子が起きたわよ」


 すっかり色気を消したジェファが教えた。どうやら刀矢のことはからかっていたようだ。


「あ、み、水青大丈夫か!?」


 刀矢は後回しにすることにして、水青に向き合う剣助。水青は剣助を見ると、ぼーっとしながらも声を出した。


「あ~剣助……」


 水青がゆったりとした動きで起き上がろうとすると、


「待て! 起きるな!」


 剣助がすかさず止めた。


「へ?」


 水青は毛布に入ったまま目を丸くする。


 するとそこへ、また小悪魔の顔になったジェファが近づいてきて、バッと水青の毛布をひっぺがした。


「わあ~~~!」


 剣助の絶叫が響く。ジェファはクスっと笑った。


「やあね。何を想像してたの?」


 水青はちゃんと、服を着ていた。アシュリシュで裸でもぞんざいに扱われるのは、男だけなのだ。


(こ、このガキ~! おちょくってやがる!)


 剣助は、自分よりずっと経験豊富そうなジェファに完敗した。



 一方、その頃──


「よ~し着いた。ここがヒルドラーだ」


 無事にヒルドラーに到着し、密月は腕組みをして自慢気にニヤついた。


「お~近かったな~。なんか俺水に流されるのクセになりそ~」


 槍太がまた不謹慎なことを言っている。


「ホントに川沿いなんだな。こんなことなら最初っからイカダでも使った方がよかったんじゃねぇのか?」


 闇奈の意見に、密月は反論した。


「バカヤロー。イカダなんて上手く作らねぇとバラバラになっちまう──」


「イカダなら、僕作れますよ。父に仕込まれました」


 大牙が手を上げた。金家(くがねけ)のサバイバルスキルは、木工、大工仕事だ。木を色々なものに加工出来るのだ。


「へぇ~。すごいね」


 風歌はなんの気なしに言った。しかし大牙は真っ赤になって俯いた。


「早く聞き込みしませんか? お二人さん♪」


 璃光子が意地悪な言い方をする。


「そ、そうですね。あ! すいませ~ん!」


 璃光子の腹の中を察した大牙は町人を見つけるとすぐ走って行った。


 風歌はニヤニヤして自分を見る璃光子の意図が分からずに戸惑っていた。


 そこへ、大牙が走って戻ってきた。


「みなさん! あっちの家に運び込まれた人がいるそうですよ! 行ってみましょう!」


 目撃情報はすぐ得られた。どうやら大騒ぎだったらしい。


「行きましょう!」


 火芽香は珍しく先頭を切って急ぎ足で歩きだす。剣助を心配しているんだとすぐにわかる。


(な~んか。からかいがいのある人ばっかりよね~)


 璃光子は心の中でほくそ笑んでいた。

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