“ヒルドラー -前編-”
チャプン──
水の跳ねるような音に、火芽香は目を覚ました。全身が冷たかった。
「……? あ!」
慌てて起き上がろうとして、ズルっと滑って倒れてしまった。ドボンと頭から水に落ちる。
一瞬パニックになりながらも、何とか体勢を立て直して水から顔を出すと、そこは川だった。しかし、さっきまでいた所とは明らかに景色が違う。
あの不死鳥もいないし、他のメンバーも見当たらない。そもそも、何がどうして今ここにいるのか分からない。
何も分からないまま、そこにあった大岩に手をかけて立ち上がった。すると、岸辺の方に流れ着いている人が見えた。闇奈だった。その近くには璃光子、大牙、槍太も見える。
火芽香はすぐに、よろけながら向かった。あばらが痛むが、歩けない程ではない。
「闇奈さん! しっかりして下さい闇奈さん!」
うつぶせに倒れている闇奈を揺さぶって呼びかけたが、反応はなかった。他の3人も同様に呼び掛けたが、起きなかった。しかし、生きてはいるようだ。
どう救出したらよいか困り果てて川の方を見ると、少し下流の方で起き上がろうとしている人がいるのが見えた。それは、今一番会いたい人物だった。
「ふ、風歌さん! 風歌さん!」
大声で呼びかけると、風歌もすぐに気付き、こちらへ来てくれた。風歌は火芽香の顔を見ると、ホッと息を吐いてそこに倒れているメンバーを見渡す。
「火芽香。よかった。……いるのはこれだけ? 治療しなきゃ」
風歌は疲れた表情で手をかざす。みなどこかしら骨折等しているようだったが、すぐに治り、軽く揺さぶってやると目を開けた。
「火芽香、風歌。みんな無事か?」
目覚めてすぐ、闇奈も疲れたように辺りを見回す。傷は治っても、疲労は消えないのだ。
「うん。でも、これだけしかいないみたい」
風歌が困ったように言うと、
「まともに全員集まるってことが少ないわね」
璃光子はため息をついた。
またバラバラになってしまったことにうんざりしながらも、闇奈は毅然と立ち上がる。
「とにかく、ちょっとその辺り探してみよう」
そう言って、闇奈は川辺の捜索を始めた。
みなで手分けしてあちこち探し、しばらく経った時、槍太が川の真ん中の岩に引っ掛かっている密月を見つけた。
「お~い! 一人いたぞ! 風歌ちゃんこっち来て~!」
槍太の呼びかけに風歌が駆けつけて治療してやると、密月も大した外傷はなかったようですぐに目を開けた。みな早めに気を失ってから溺れたので、あまり水は吸い込んでいないのは不幸中の幸いだった。
「おい、密月ここはどこだ?」
闇奈は目が覚めたばかりの密月に容赦なく質問をぶつける。密月は寝ぼけたような目で闇奈を見上げると、気の抜けた声を出した。
「んあ? あ~さぁ……?」
しかし、遠くにあるものを見つけて、パチッと目を開いた。
「あ! ヒルドラーだ!」
そう言って指差す方向に、全員の目がいく。そこは木が生い茂っているが、その遠くで大量の煙が上がっていた。
「間違いねぇ。あれは、武器を作るときのカマドの煙だ。あそこにヒルドラーがある」
密月は確信を持って言うが、それだと計算が合わない。
「え? だってヒルドラーには3日かかるんじゃ」
大牙が聞くと、密月は一つ頷いた。
「確かに歩けば3日だけど、川を下るなら話は別だ。1日で着くもんなんだな~」
あまりに早く着いたことに、密月も驚いている様子だ。
「そうか。じゃあ早いとこあとの3人も見つけて──」
闇奈が残りのメンバーを探そうとすると、密月は首を振った。
「いや、この川はヒルドラーに繋がってる。もしかしたら町に流れ着いてねぇかな」
確かに、この辺はもうあらかた探した。そっちの方が希望がありそうだと思った闇奈は、密月の案に乗ることにした。
「じゃあそっちから先に行くか。みんな行こうぜ」
剣助、刀矢、水青ぬきで、一行はヒルドラーへと急いだ。




