“コンプレックス”
剣助は、途方に暮れていた。
だだっ広い草原を当てもなく走り回っても、刀矢たちが見つかる可能性は低い。
そんな簡単なことを冷静に判断できなかったのには、理由があった。
──闇奈に負けたくない。
そう思うと、つい焦って闇雲に行動してしまう。
こんなことが以前にもあった。
闇奈に最後に会ったのは、確か10年前。6歳の時だ。
家に稽古に来ていた闇奈に決闘を申し込んだ。
闇奈は天才的な格闘センスを持っていて、父はいつも闇奈の素質に夢中だった。
それが悔しくて、闇奈を負かしてやりたくて申し込んだ決闘だったが……。
結果は惨敗。
傷一つつけてやれなかった。
(このままじゃ勝てない。修業だ!)
剣助はお菓子やジュースなど、子供らしい荷物をまとめると、木刀を片手に家を出た。
その時も、後先考えずに当てもなく道を歩いて行った。
当然、迷ってしまう。
お腹が空いてきて、日も暮れてくると心細くなり、道の隅に座ると涙がこぼれてきた。
自分の弱さに、不甲斐無さに、頭の悪さに。
悔しくて悔しくて涙が止まらなかった。
(今も、同じ。俺はいつも、闇奈を目の前にするとバカやっちまう。見返してやりたいのに。闇奈も……親父も)
「くそ……」
今にも落ちそうな夕陽を睨みながら、しゃがんで膝の中に顔を埋めた。
全く、同じだ。あの時と。
日暮れの淋しさも、道に迷った心細さも。
闇奈とはもう10年間も顔を合わせていないのに、この差も、縮まっていない。
奇妙なぐらい、変わらない。
闇奈は、超えられない──
再び甦ったコンプレックスを噛み締めた時、
「剣助」
ふいに呼ばれた。
顔を上げた剣助の目に映ったのは、
「あ、闇奈……」
今、一番会いたくない女だ。
「どうした? こんなところでうずくまって」
闇奈は何もかも見透かしたようにニヤリと笑みを浮かべている。
人を小馬鹿にしているようで、ムカつく。
剣助は闇奈の笑みから目を逸らし、いじけたように地面に目線を落とす。
「他の連中を探しに行けって、お前が言ったんだろ」
そんな剣助の悔しさを煽るかのように、闇奈は剣助の隣に座り込んだ。
「ああ。その連中がお前を探してるんだ」
(てことは刀矢さん達の方が先に合流できたってことか)
今、迷子なのは自分だけ。
剣助は恥ずかしさで地面から目を離せないでいた。
闇奈は少し返答を待って黙っていたが、口をつぐむ剣助の心中を悟ったのか、剣助から目を逸らして夕陽を眺めた。
「剣助」
「なんだよっ!」
「久しぶりだな」
それは意外にも、とても優しげな口調だった。
思わず顔を上げて闇奈の方を見る。
映るのは、夕陽に照らされて赤みを帯びた幼馴染みの横顔。
闇奈は夕陽を眺めたまま話を続ける。
「お前、なんであれから稽古来なかったんだよ」
剣助はあの決闘以来、一緒に稽古をすることはなかった。
「別に。俺がいなくても稽古はできるだろ」
再び地面に目線を落とすいじけ虫。
「まあそうだけど。いいのか? 私だけどんどん強くなったんだぜ」
闇奈は膝の上に頬杖をついて、剣助を見る。
イケ好かない言葉にジロッと目を向けると、闇奈はニヤニヤとこちらを見つめていた。
幼馴染みとはいえ、会ったのは6歳の時が最後。
思ったより美しく成長した闇奈に、剣助は戸惑いを覚えた。
それゆえに、今戦っても勝てないと思った。
剣助はバカだが、フェミニストなのだ。
剣助が相変わらず黙っていると、闇奈が急に立ち上がった。
「行こうぜ。みんな探してる」
その言葉に、剣助は自分だけが迷子になっていたんだということを思い出し、焦って立ち上がった。
闇奈は剣助が立ち上がる前に、すでにスタスタと歩き出していた。
先を歩く闇奈を慌てて追いながら、剣助はふと疑問を抱いた。
闇奈はどうやって自分の居場所を突き止めたのだろう。
見渡すかぎり、刀矢達の姿は確認出来ない。剣助の姿が見えたからここへ来たとは考えにくい。
「闇奈お前、どうして俺がここにいるってわかった?」
問われた闇奈は振り返り、剣助が背負っている剣を指差すと、困ったような笑みを浮かべた。
「その剣の気配は、私に染み付いてるんだよ」
剣助には言っている意味がわからなかった。