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“太古の生き物”

 猫を追ってきた密月(みつき)と、その密月を追ってきた大牙(たいが)は森の中を彷徨っていた。川の付近は木が繁殖しやすいため、近くには割りと立派な森があったのだ。


 大牙は密月の後ろを歩きながら、疲れきったように溜め息をついた。


「密月さん~。もう戻りましょうよ。みんな心配してるかも」


 そう言われても密月は猫を探す手を止めない。


「いや、どうもこの辺に巣があるような気がするんだ。大牙も探せよ」


 草むらを乱暴にかき分けて熱心に探している。そのあまりのカッコ悪さに、大牙は呆れ返った。


(たかだか猫一匹、魚一匹に。しつこい人だな~)


 お愛想程度に探してるふりをしながら、大牙はまた深い溜め息をついた。



 一方、そんな密月たちを探しに来た二人は──


「サイフ~忘れて♪」


 槍太(そうた)は相変わらずサザエさんを歌ってご機嫌だ。


 いい加減、歌に飽きて笑えなくなっていた剣助(けんすけ)は、若干イラついていた。


(もうその歌はいいっつーの。しつけぇ奴だな~)


 剣助も溜め息をついた。


 しかし、その歌は大牙の耳に届いていた。


「あれ、この声は」


 帰ろうとしない密月をどうしたらいいものかと悩んでいた大牙は、助っ人が来たことに喜んで大声で呼ぶ。


「槍太さ~ん! コッチですよ~!」


 少しして、二人は無事に合流した。


「お~大牙。ごくろうさん。密月、どら猫は見つかったか?」


 槍太はニヤニヤして少しバカにしたように言う。大牙は困り果てた顔で答えた。


「いえ。もう魚なんかとっくに食べられちゃってると思うんですけど」


 それに、密月は声を荒らげた。


「バカヤロー! これは人間さまの尊厳の問題だ。簡単に諦めんな! 盗っ人には天誅を。これが人間社会ってもんだ」


 盗賊団がいけしゃあしゃあとよく言うなと、地球人は呆れて物が言えなかった。


 そこで、剣助は密月の弱そうなところを突いてみることにした。


「密月。闇奈が怒ってたぜ~時間のムダだって」


 闇奈ならきっとこう言うだろうと、剣助は予言して言った。


「え……」


 途端、真顔になる密月。


「帰りましょう! ね?」


「う、うん……」


 大牙が諭すと、わかり易く打って変わって素直に従うのだった。


(なんだ? 借りてきた猫みたいになりやがった。やっぱ闇奈がこえぇんじゃん)


 槍太は、盗賊の女はどうとか何とか言っていた密月を思い出して呆れた。


 なにはともあれ4人は道を引き返そうと振り返る。


 ガサ──


 そんな男たちの前に、タイミングよく一匹の生き物が現れた。(ひょう)や虎に似ているが、やけに長い牙が特徴的だった。


それは4人を遠巻きに観察するように座って、猫のような仕草で前足を舐め始める。距離は、100メートルほど離れているだろうか。


 初めて見る生き物を呆然と眺めていたら、


「あれ、サーベルタイガーですよ。絶滅したっていう」


 大牙が緊張感たっぷりに呟いた。


 しかし槍太は、


「は? 喋る大牙絶滅? おい、困るぜ~」


 かなり無理やりな空耳を披露した。


「ち、違いますよ。サーベル! サーベルタイガーですよ!」


 大牙が言い直すと、剣助は頷いた。


「あ~なんか聞いたことあるな。チータみてぇのだろ?」


「は、はい。でも、ずっと強くて獰猛(どうもう)だって……」


 大牙が怯えたように言うと、密月も真剣な顔をした。


「確かに、あれには人間もよく喰われてる。気を抜くなよ」


 珍しく緊張した様子の密月を見れば、あれには関わらない方がいいことは誰にでも分かる。


「やっぱ、避けた方が無難だよな」


 剣助の意見に全員が賛成し、サーベルタイガーと接触しないように平行に歩きだした。


 しかし、


 ガサガサ──


 あろうことか、もう3匹現れた。


 4対4。相手がメスなら合コンの成立だ。


 槍太は、『女豹(めひょう)コンパ』と呼ばれる特殊な合コンに参加した時のことを思い出した。服はもちろん、バッグから靴まで全てヒョウ柄に身を包んだ女と酒を飲んだことがある。


(あの時も、ひどい目にあったんだよなぁ)


 ホテルで本物の豹と化した女にさんざん噛まれたのだった。


 槍太がそんなどうでもいい事を思い出している間に、サーベルタイガー達はジリジリと確実に近づいてきていた。よだれを垂らしている。


「やべ俺、武器持ってねぇ……」


 剣助が青ざめながら呟いた。槍太はギョッとして剣助を見る。


「え!? ロイダに借りたのがあったじゃんか!?」


「なんか、肌に合わなくてよ。置いて来ちまった」


「何やってんだよこのバカ助が!」


 バカなどと一番言えない立場である密月が怒鳴った。


 しかし、意外にも槍太は冷静さを見せた。


「しょうがねぇ。剣助、俺の後ろから離れんなよ」


「え、あ、ああ」


 槍太には似合わない男らしさに、剣助は拍子抜けした。どうやら一度死にかけた槍太は一回り逞しくなったようだった。


 武器を持っている大牙と槍太は構えをとって一歩前で敵を待ち構える。


 グルルルル──


 猛獣らしい唸りを上げている敵は、完全に狩りの態勢に入っている。


 その時、剣助は魔法のことを思い出す。


「そうだ密月、透明人間とかできねぇのか?」


 剣助が小声で聞くが、密月は真剣な顔をしたまま黙っている。


「ロイダがやってたみたいによ。姿を消せれば──」


「無理だ。透明化は高等魔法だからな」


 密月はバッサリ可能性を切り捨てた。


「……そっか」


(コイツ自分からトラブル招いておきながら使えねぇよ!)


 剣助の内心は煮えくり返っていた。


 その時、まだ30メートルほど離れているのに、一匹が前足を高くあげて飛び掛かって来た。


「うわ!」


 大牙はそれを何とか刀で受けたものの、相手の早さと重さで倒されてしまった。サーベルタイガーは、身長155cmしか無い大牙の上で吠えながら暴れている。


「くっ……!」


 大牙は持てる力全てで必死に刀を支え、耐えている。激しい動きに合わせて敵の長い牙が、腕や頬、肩などを浅く突き刺してくる。しかし、力を緩めれば終わりだ。


「大牙──!」


 槍太に助ける余裕は無く、残りの3匹が一斉に走って飛び掛かってきた。


「うぅ……おぅりゃー!」


 気合いを入れて、(やり)を横にし、長さを利用して3匹をいっぺんに受け止めた。が、やはり吹っ飛ばされた。


「うわあ!」


 後ろにいた剣助と密月も巻き込み、地面に押し倒されてしまう。剣助と密月も慌てて(やり)を掴んで耐える。


 獰猛(どうもう)な敵の荒い鼻息とよだれが降り掛かってくる。しかし、力を緩めれば終わりだ。



 ──どうする!?


 普段見られないようなアングルでサーベルタイガーを見上げながら必死に考える。しかし、バカ助の頭にはいい案は浮かばなかった。


 その時、


 キイィィィィン──


 耳をつんざくような不快な音が鼓膜を貫いた。


「うああ!」


 剣助、槍太、大牙は苦痛の声を上げ、耳を押さえて(もだ)えた。


武器から手が離れる。しかし、サーベルタイガーが噛み付くことはなかった。4匹は、剣助たちと同じように、地面をのたうち回っていた。


「あ、やべ。ちょっと広範囲にやりすぎたか」


 密月はそう言って片目をつぶって少し念じる。


 すると、音がピタリと止んだ。


「はっ、はっ、な、なんだ今の音は!?」


 剣助は目を見開き、息を切らせている。


「うあ~頭イテェ!」


 槍太はこめかみを押さえて頭を振った。


「め、目眩が……」


 大牙は四つんばいになって地面を見つめている。


 密月は手を合わせて苦笑いを浮かべた。


「わりぃ。音魔法は苦手でよ。ってかお前ら効きすぎじゃねぇ? ダセーなぁ~」


 密月はバカにしたように言うが、3人の地球人には睨み付ける力も反論する力も無かった。



 やがて、しばらくのたうち回っていたサーベルタイガーたちは、口から泡を吹いて動かなくなった。


「あ゛~まだキンキンするぅ~」


 槍太はいつも以上にダルそうにこめかみをトントン叩いている。


「お前何やったんだよ」


 剣助が耳をほじくりながら聞いた。密月はケロッと答える。


「超音波だ。あんぐらいの動物にはこれが有効なんだよ」


「超音波……こんなにきついものなんですね」


 あんな音をしばらく聞かされたのかと、大牙はサーベルタイガーを気の毒に思った。


「とにかく、もう行こうぜ。早く帰りてぇ」


 剣助は早く火芽香の顔が見たくなっていた。


 憔悴した顔の4人は、肩を組んでノロノロ帰路に着いた。



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