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“旅路”

 太陽が生き生きして見える青空の下、一行は東に向かって歩いていた。出発した時は爽やかだった気温も、正午近くなった今は暑い。


「アチィ~。夜はあんなに寒いのに、昼はこんなに暑いのか? あ~やっぱ死んどきゃよかった~」


 槍太(そうた)はバチ当たりなことを言いながらダルそうに歩いている。そんな槍太に、ブチ切れる女が一人。


「うるせぇなぁ……だったら今すぐ逆戻りさせてやるよ!」


 闇奈(あんな)は暑さでイライラしていたのか、珍しく感情的に掴み掛かる。槍太は焦って悲鳴に似た声を上げた。


「な、なんだよ~!? 冗談なのにぃ~!」


「てめーみてーな図体(ずうたい)でダラダラされっとイラつくんだよ!」


「も~止めてよ! 見てる方が暑苦しいわよ~」


 呆れた璃光子(りみこ)が二人の熱を散らすように手をパタパタさせて扇ぐ。


「あの丘を下ったら川があっから。もう少しガマンしろよ」


 苦笑いの密月(みつき)が仲裁した。


 闇奈は槍太から手を離してチッと舌打ちを打つ。


「川があるならちょっと泳げるかな~?」


 泳ぎが好きな水青(みさお)が目を輝かせる。すると闇奈が何かを思い出したように首を傾げた。


「そういや、初日の明け方にでかい川を見つけたけど。アレとは繋がってないのか?」


 闇奈は地理的に二つの川が繋がるのは無理だと判断したようだ。その言葉に、今度は密月が首を傾げる。


「は? この辺の川はアレだけだぜ。もう一つなんて──」


 言いかけて、密月は闇奈が目撃した川の正体が分かった。


「ああ、もしかしてガルとパウが作った偽物のこと言ってんじゃねぇか? アイツらの連携プレーの傑作だ。あの川に引っ掛からねぇ奴はまずいなかったからな。本物そっくりだったろ」


 その言葉に、璃光子はロイダが言っていたことを思い出した。


「あ~ガルは幻影づくりが上手だったのよね。カサスでそれが出来るのはロイダとアンタとガルだけだったんでしょ」


 密月は自慢げに頷いた。


「そう。ガルが光魔導士(こうまどうし)で、パウは音魔導士(おとまどうし)だったんだ。二人で力合わせて何でも作り出しちまう。『イカサマゴールデンコンビ』って呼ばれてたんだぜ」


 その滑稽なネーミングに、笑ったのは槍太だけだった。


 しかし、いくらなんでもこの暑さはちょっと異常だなと、密月は不審に思っていたところだった。


 すると、


 ゴオオオォォォ──


 何か、飛行機が通り過ぎるような音が聞こえてきた。


 密月は空を見上げて、途端にかったるそうな顔をした。


「あ゛~やべぇ。不死鳥だ」


「へ?」


 突然空想上の生き物の名前を呟く密月に、全員が目を丸くした。密月は説明するのも面倒だといった感じで、ダルそうにしゃがみ込む。


「なるべく低くしゃがめ。相当熱いぞ」


 密月がそう真剣な顔で言うので、全員が恐る恐る同じようにしゃがみ込む。


 青かった空は、ずっと向こうから夕焼けが押し寄せて来るようにオレンジ色に染まってゆく。それは徐々に、しかしかなりのスピードで近づいてくる。


やがて、地上にまでオレンジ色の光が立ち込め始めた。気温が急上昇する。


只事ではない状況に、皆ますます体を縮こまらせる。そしてついに、その正体が視認できる程近づいてきた。


 ゴオオオオオォォ──


「~~~!!!」


 頭上の遥か上を、炎に覆われた巨大な鳥が飛んでいく。その暑さは、サウナの中で砂風呂に入りながら、更に顔を蒸しタオルで覆われるのより暑かった。とにかく、経験したことの無い暑さだ。


 しかし、不死鳥は巨大だが、かなりのスピードで去って行くので地獄はそう長くはなかった。


「っだああ! あっちぇーんだよなぁアイツ! いっつもいっつもー! チクショォー!」


 火の鳥が去っていってすぐ、密月は頭上の火の粉を振り払いながら狂ったように叫んだ。


「なっなん、アレ、なん、あん、いる?」


 剣助(けんすけ)はカタコトのようなしゃべり方だった。あまりの熱さに口の中はカラカラだったのだ。「なんだアレなんであんなのがいるんだ」と問うたつもりだったのだが、


「ああ? 不死鳥は死なねぇんだからいつでもいるに決まってんだろ」


 不死鳥の存在が当たり前な密月は見当違いな答えを返した。


 しかしもう剣助は喋ることは出来なかった。


 汗をたくさんかいたはずなのに、すぐに蒸発してしまったため服はあまり濡れてはいなかった。その代わり、水分の消費は相当ひどかった。


「は、はやく、みず、ミズ」


 身長の高い槍太は、こんな時は一番ダメージが大きい。震える手で水筒を開けようと必死だ。


 璃光子と風歌(ふうか)は背中を預け合って、干からびたようにうなだれていた。


 割りと平気そうなのは火芽香(ひめか)で、顔は火照って赤くなってはいるものの、まだ余裕がありそうだった。


 水青に関しては、何事もなかったかのような顔をしている。


 ひどいのは闇奈と大牙(たいが)で、髪がネコ毛なため、熱でボサボサになっていた。


「か、川に、行こう、早く……」


 そう言う刀矢(とうや)に荷物を持つ力はもう無く、火芽香と水青と密月が代わって持った。



 体を引きずるようにして歩いて、およそ30分。やっと川に着いた。


 水筒の水は飲んだものの、分け合ったので全然足りなかった。


 みな服を着たまま川に飛び込む。


「はぁ~生き返る~♪」


 ご機嫌になった璃光子がまた演歌を歌った。皆、それぞれ川に体を浸して水を貪るように飲んでいる。やがて、各々(おのおの)無事に復活を遂げた。


「密月、あれ不死鳥ってホントか?」


 闇奈は髪を川に泳がせながら聞いた。背面で水に体を浮かべている。


 問われた密月は怪訝そうに答えた。


「だからそうだって。なんだよ地球にはいねぇのか?」


「いねぇよあんなの」


 闇奈がげんなりして言うと、隣で同じように髪を泳がせている風歌も加わってきた。


「いたら大変よね。琵琶湖干上がっちゃうかも」


 すると、不死鳥が苦手な密月は目を輝かせた。


「へ~地球もなかなかいい所だな。婿(むこ)に行くのもいいかもな~」


 しかし、その軽口には誰も反応しなかった。


 川岸の方では、刀矢と剣助が並んで足を川に浸している。そこへ、槍太が川から上がって来て並んだ。


「刀矢さん、せっかく川に来てるし、今のうち食料取っとこうと思うんだけど」


 槍太が珍しく積極的なことを言ったので、刀矢は驚いた顔をした。


「えっ、もしかして槍太、アレ、出来るのか?」


「出来るなんて。俺は12歳でオヤジを超えた男ですよ」


 ちびまる子ちゃんの花輪くんみたいなポーズをとる槍太。刀矢は安心したように笑う。


「そうか。ハッキリ言って期待してなかったんだ。そうか~出来るか。よかったよかった」


「……」


 刀矢の失礼な発言に、槍太は少しヤル気を無くした。


「アレってなんだよ?」


 剣助は川の中に足を浸けたまま槍太を見上げる。


「まぁ見てろな」


 槍太はニヤリと笑って見せると、(やり)を持ってバシャバシャと川に入って行った。


そして川の真ん中まで来ると、仁王立ちして片手で槍を持ち上げ、その先端を川に向けて構えた。そして、そのまま動きを止める。


 みな何をするのか期待しながら見ていた。


 少しすると、


 バチャン──ボチャン──


 とランダムに辺りを突き刺し始めた。


「おお。やるなあ槍太」


 その動きの意味を視認した闇奈が感心したように言った。


「え? なになに? なんも見えないけど」


 水青は目を凝らした。(やり)の動きが早すぎて、何をしているのか把握出来なかったのだ。


 やがて、槍太は動きを止め、みんなの方を向くと、槍を高々と上げてニカっと笑ってみせた。


「おお。確かに、槍司(そうじ)さん以上だ」


 刀矢も感心する。


 槍の先端には、いくつもの魚が刺さっていた。(りょう)は、鉄家(くろがねけ)の伝統技なのだ。


「すごーい! あっという間だったね!」


 水青が手を叩いて喜んでいる。魚が大好物なのだ。


「どうだ? どうだ? 恐れ入っただろ」


 槍太は得意気に笑いながら川から上がってきた。


「まぁ、これからは俺さまがお前らにひもじい思いはさせねぇからよ」


 鼻高々で槍に刺さった魚を見せびらかしている。


 しかし、


「え~私、魚キライなのよね」


「……」


 璃光子の心無い言葉に、槍太のせっかく芽生えた使命感はガラガラ崩れていった。



「じゃあ、焼き魚にして保存しようか」


 刀矢はそう言うと、カバンからビニールシートを取り出して敷き、手際よく刀で魚を(さば)き始めた。その上手さに誰もが驚いた。


「刀矢さん、お上手ですね。よくお料理なさるんですか?」


 料理好きの火芽香は尊敬の眼差しだ。


「いや、料理はちょっと。センスが無くて。でも、何でも潰せるぞ。牛も豚も鳥も」


 これも、銀家(しろがねけ)の伝統技だ。護衛衆は、旅に役立つサバイバルスキルを何かしら修得しているのだ。


 そこで、璃光子がふと気付いた。


「ねぇ、そのシート、お風呂のやつじゃない?」


「ああ。そうだけど?」


 刀矢はキョトンとして首を傾げた。そんな刀矢が、璃光子は信じられなかった。


(汚な……でも全然悪気無いわねこの人)


 お風呂で使ったビニールシートで食べ物を捌くなど、不衛生だ。刀矢は変な所で大雑把なのだった。


 そんなことは意に介さず、黙々と魚を開きにした刀矢は、それを串に刺し、準備を整えた。


「よし。火芽香、焚き火頼む」


 魚は火を囲むようにして地面に刺されて、炙られた。辺りに魚の焼ける独特な匂いが立ちこめる。


 すると、匂いにつられて一匹の猫が現れた。猫は臆することなく焚き火に近付き、魚を一本くわえた。それを見た水青が歓声を上げる。


「かわい~! あれ、でも猫舌じゃないのかな」


 熱いものを難なくくわえた猫を不思議に思いながらも、水青は猫の頭を撫でようと手を伸ばす。


 それを見た密月は血相を変えた。


「バカ! 触んな!」


「え?」


 しかし、遅かった。水青の手はしっかりと猫の頭の上に乗っていた。


「離れろ!」


 密月は慌てて水青の腕を引っ張る。


 皆、そんな密月の不可解な行動に警戒を強めた。もしかしてこの猫には何かあるのか?


「な、なんで!?」


 驚いた水青が説明を求めると、密月は真剣な顔で怒鳴るように答えた。


「猫なんか触ったらずーっと付け回されるぞ!」


「……えっ、え?」


「猫は優しくすると付け上がってずっと(えさ)をねだるんだ!」


「……」


 地球と変わらない猫の習性だ。


「みっ密月! くだらねぇことで大騒ぎするんじゃねぇよ!」


 警戒して損したと、闇奈が怒鳴る。


「くだらねぇ!? コイツらは悪魔だぞ! タカリ魔だ!」


「も、もういいよ」


 めんどくさいので、話を切り上げる闇奈。『異文化交流』とは、本当に疲れるものだと改めて感じた。


 そうこうしてる隙に猫は、魚を一匹かっぱらって逃げて行った。それを見た槍太は、この状況にぴったりの歌を思い出す。


「お魚くわえたどら猫♪」


 ふざけて歌う。


「あ~! やりやがった!」


 密月が猫を追って走りだした。


「お~っかけて♪」


 槍太は更に歌う。


 まるで歌になぞらえたような状況に、剣助も大爆笑している。


「み、密月さん!」


 更に、大牙がそれを追いかける。


 槍太と剣助は大爆笑していたが、他のメンバーは我関せずといった感じでそれぞれ過ごしていた。



 密月と大牙が走り去って、およそ30分──まだ二人は帰ってこなかった。


「密月ってしつこい性格なんだね。苦労するね闇奈」


 水青が涙ぐんで言った。


「はあ?」


 闇奈は意味がわからない様子だ。


「そうよね。あんな感じで追い掛け回されるのね……一生」


 璃光子も気の毒そうな顔をした。


「ストーカーとかならないといいけど」


 風歌も深刻な顔だ。


「闇奈さん。結婚は一生の問題です。後悔しないように、よく考えて下さいね」


 火芽香は真剣に言い聞かせるように言った。


(コイツらいつまでこんなこと言うつもりだ?)


 闇奈は呆れて物が言えなかった。しかしそんな無口な態度が周囲の誤解を招いていることに、まだ気が付いていなかった。


「さすがに遅いな。探しに行くか」


 密月と大牙が心配になった刀矢が立ち上がる。


「あ、いいですよ刀矢さん。俺が行きます」


 にこやかに、槍太が名乗り出た。荷物の片付けをするのが嫌だったからだ。


「じゃあ俺も行こうかな」


 同じことを考えていたのか、剣助も立ち上がった。


「そうか? じゃあ頼むか。俺はここ片付けておくから」


 いいように使われている事に、刀矢が気づくことはないだろう。



 槍太と剣助はサザエさんを歌い、大爆笑しながら密月と大牙の捜索に出かけた。

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