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“その頃地球では── -後編-”


 運良くスピード違反で捕まることはなく、輪成(りんせい)京子(きょうこ)を乗せた車は3時間ほどで銅家(あかがねけ)に到着した。


二人は着くなり、車を乗り捨てるようにして走り、門をくぐって入って行く。


赤地家(あかつちけ)の使いです。剣一郎(けんいちろう)さんはどこですか!?」


 玄関で迎え出た女中(じょちゅう)に噛み付くようにして剣一郎の居場所を聞き出すと、廊下を走って奥の道場へと急ぐ。


(あかがね)さん!」


 勢いよく扉を開けて道場へ飛び込むと、剣一郎は二人の息子に稽古をつけている所だった。


 剣一郎は突然現れた輪成を怪訝そうに見る。


「君は……赤地(あかつち)の?」


 剣一郎は輪成の顔は知っているが、名前までは覚えていないようだった。それほど深く関わり合ったことがない相手が訪問してきたことが不思議だという顔をしている。


穂乃火(ほのか)の次男、輪成(りんせい)です。お聞きしたいことがあります。お時間いただけませんか?」


 神妙な面持ちでそう問う輪成の後ろには、より一層思い詰めたような顔をしている少女がいる。その少女の服装は火芽香と同じ制服だった。


剣一郎はそんな二人を見ると、事情を把握したような顔をして二人の息子に言った。


剣蔵(けんぞう)剣吾(けんご)。席を外しなさい」


「……はい」


 言われた息子たちは戸惑った顔をしながらも素直に父の指示に従った。剣助(けんすけ)の弟たちは一礼してから輪成の横を通り過ぎて行く。兄とは違い、しっかりしているようだ。


 人払いも済んだところで、剣一郎は輪成に向き直る。


「どうしたんだ。輪成君」


 そう低い声で言いながら、剣一郎は威圧感をまとった。それが意図的であることは誰にでもすぐにわかる。


 輪成は一つ息を呑んでから答えた。


「火芽香に、会うことはできませんか」


「無理だ。継承式の時、そういう約束だったはずだが」


 剣一郎は表情を険しくし、ますます威圧感を強める。しかし、輪成は尚もすがった。


「じゃあせめて、今、火芽香がどんな状況にあるか、それだけでも教えてもらえませんか?」


「それは、私にもわからないことだ。知っていたとしても、部外者には教えられないな」


 そう冷たく言いながら京子を睨む。しかし、京子は怯まなかった。


「私、部外者じゃありません! 小学校からずっと一緒なんです。親友なんです! お願いです。火芽香に会わせて下さい。お願いします! お願いします!」


 深々と頭を下げては、叫んだ。輪成も隣に立ち、加勢する。


「俺からもお願いします。せめて、どこにいるのか、それだけでも教えてやって下さい。教えて下さい! お願いします!」


 輪成も深く頭を下げた。


 剣一郎は厳しい表情でそれを見終えると、相変わらずの威圧感で口を開いた。


「どこに行ったのか知って、それでどうするつもりだ?」


「ご迷惑になるようなことはしません! 教えていただいたら、すぐに帰ります。約束します! だからどうか──」


 輪成は床に膝をつき、手をついた。そのまま頭を下げようとした時、


「わかった」


 剣一郎が遮るように言った。


「わかったから……もう止めなさい」


 そう言う剣一郎の顔は何だか悔しそうだった。剣一郎は、土下座が苦手だったのだ。


「あ、ありがとうございます」


 意外にあっさり事が進んだことに、輪成は戸惑いながらもすぐに立ち上がった。


 剣一郎は二人に背を向け、道場の扉へと歩いて行く。そして扉に手を掛けると、重々しく言った。


「火芽香が最後にいた部屋に行こうか」



 3人は、継承式が行われたあの部屋へと向かった。


 部屋の(ふすま)は、あの日とは違い、たくさんの鍵で厳重に施錠されていた。


剣一郎はその一つ一つを確かめるように開けていく。京子はその様子を不安げに見つめていた。


 中に入ると、窓が無いせいかカビ臭い匂いがした。かなり年季の入った古めかしい雰囲気で、暗くて何も見えない。


 剣一郎は部屋に入ると、明らかに後付けといった感じの室内灯の紐を引っ張った。明るくなった部屋の床には、沢山の刺し傷があった。


 京子はそれを見て、恐ろしい想像をして震えだす。まさかこの部屋で火芽香は殺されたというのだろうか。


 その時、剣一郎の声が思考を遮った。


「火芽香は、ここから、修行をしに行ったんだ」


 その言葉に、とりあえず死んだわけではないんだと安心した京子はすかさず聞いた。


「どこに? どこですか?」


 剣一郎はじっと床を見つめたまま、小さく首を振った。


「申し訳ないが、それはやはり言えない。だが、私の息子も同行させている。小さい時から、彼女らを守るように鍛えてきた。だから安心してほしい」


「ひめは一人じゃないんですか?」


「そうだ。9人で、行動している」


 京子は、とりあえず一人では無いということにも安心した。


「修行って、何ですか?」


 剣一郎はやはり下を向いたまま、また首を振った。


「それも、言えないな」


「そんな……」


 京子が泣きそうな声を出すと、剣一郎は床の傷を指差しながら語り始めた。


「ここに33の傷がある。約530年前から、16年に一度つけられてきた傷だ。……これとこれは、私がつけた。そしてこれが、今回つけられた傷だ」


 京子は、急にわけ分からない事を言う剣一郎に困惑したが、黙って聞いていた。


 剣一郎は指差しをしていた手を握り締め、続ける。


「これはね、伝統なんだ。生まれた時からすでに決まっている、(おきて)……しきたり。ピンと来ないかもしれないが、私たちにはこれが、全てなんだ」


 どこか辛そうに、剣一郎は言う。


 輪成(りんせい)は床の傷を悔しそうに見つめた。理由も聞かされずに守らされてきた『伝統』が悲しい。


「火芽香は今、その伝統と戦っている。楽ではないものだ。だが、必ず帰ってくる」


「……帰ってくる? ホントに?」


 京子は涙ぐんで剣一郎を見つめた。


 剣一郎はやっと顔を上げて京子を見る。


「ああ。必ず。だから、信じて待っていなさい。火芽香が帰ってきた時、変わらずに迎えてあげなさい。それが、彼女たちには一番いいことだから」


 京子に優しくこう言い聞かせながらも、剣一郎は自信が持てずにいた。


本当に、それが彼女たちの為になるのか。辛い運命でボロボロになって帰ってきた彼女たちを、笑顔で迎えることが、本当にいい事なのか。


(本当に、この伝統の先には何があるんだろうな。誰も知らない。予想もつかない。だが……私たちは、ただ継ぐことしか出来ない。『未来』に繋げることしか。『過去』を、意味のあるものにするために。ああ本当に、私たちは無力だな……)


 剣一郎は、剣助がつけた床の傷を見つめた。


(剣助。この運命、お前はどう乗り切る? 何か変えてこい。私のような終わり方はするな。剣助……)


 剣一郎は、五色(ごしき)にひたすら土下座した自分の姿を思い出した。



 あれは、16年前──剣一郎が二回目の護衛衆を務めた時だった。


 修行は滞りなく進み、城へ着いた一行に言い渡されたのは、『交配』の現実だった。


剣一郎は二回目だったが、前回は12歳とまだ幼かったためよく理解しておらず、この時初めてその残酷さに衝撃を受けたのだった。


 あの時の、女たちの悲愴な顔は忘れられない。特に、闇奈(あんな)の母である亜闇(あやみ)の相手だった男は、粗野で乱暴で、寝室から出てきた亜闇(あやみ)の顔は、沢山の青アザに鼻血も出ていて、見るも無惨なものだった。


 剣一郎は、槍太(そうた)の父、槍司(そうじ)と共に、五色(ごしき)に抗議した。この伝統を、今すぐ止めるように。


土下座して土下座して、必死に頼んだ。


 しかし、


「無力な男のすることは見苦しいな」


 五色は一言そう言って冷たく嘲笑しただけで、全く取り合わなかった。


 あの時の、額に押しつけた冷たい床の感触は今でもハッキリ残っている。


自分の存在価値、存在意義。


そして自分のこれまでの時間を全て否定されたような気になった──



「また、ここに来てもいいですか?」


 京子の声で、剣一郎はハッと我に返った。


「ああ。いつでも来なさい。何も話してやれなくて、すまないね」


「いえ、一人じゃないって、帰ってくるって聞けただけでもよかったです。ひめ……火芽香を、信じて待ちます。お邪魔しました」


 京子は泣きながらそう言うと、輪成(りんせい)と共に銅家(あかがねけ)を後にした。


 輪成と京子を見送り、帰っていく車が見えなくなると、剣一郎は夜空を見上げた。


そして、見えないアシュリシュに思いを馳せた。


(終わりのない星。それでいいのか? このままでは何も終わらない。苦しみも悲しみも。頼むから、もう終わらせてくれ)


 ──それでも、繋いできた。過去を無駄にしないために。これまで犠牲になった人々を無駄死ににさせないために。『伝統』を守ることしかできなかった。


 自分の無力さを噛み締めながら、剣一郎はしばらくその場で立ち尽くし、この運命が終わることをひたすら祈っていた。



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