“旅立ち-後編-”
一方、修験洞に入って行ったロイダと璃光子は──
「璃光子。そこに立ちなさい」
ロイダは修験洞奥の、祭壇の上を指差し、そこに乗るように璃光子に指示した。これは闇奈がカサスにさらわれて来た時、寝かせられた祭壇だ。
璃光子が言われた通りに立つと、それに反応したように部屋全体の壁がボウッと光りだした。
その光に、璃光子は何とも言えない安心感を抱く。なんだか懐かしいような、ずっと前から知っているような気がした。
「璃光子。黄魔法は何を操る魔法かは、もう知っているよな?」
「え~と、光と音、よね」
「そうだ。では、この二つを使って面白いものを見せてやろう」
そう言うと、ロイダは璃光子の隣に軽く手をかざした。
すると一瞬で、璃光子の隣にクローンのようにソックリな人間が出現した。服や髪型まで同じで、そこにいるのは、もはや璃光子本人だった。
「わ! な、なに!?」
“わ! な、なに!?”
璃光子が驚いた声を上げると、クローンも同じ顔で同じことを同じ声で言った。
「このように、光と音を操れば、何でも映し出すことが出来る。それに触れてごらん」
言われた通りに璃光子がクローンに触れると、手は空を切った。それには実体が無い。見た目は間違いなく生きた人間なのに。
「光は、物体に反射して眼球に入ることで、その残像を網膜に映し出し、人に物を見せているんだ。つまり、光の屈折を細かく調整すれば、何でも幻影を作り出すことが出来る。ついでに音声もつければ、ソックリ人間の出来上がりだ。しかし、触れられるとバレてしまうのが弱点だな」
「うわ~なんか難しそう」
璃光子はクローンをまじまじと見つめた。こんなに近づいて見ても、それは人間にしか見えなかった。しかしこれは、光と音でつくられた偽物なのだ。
「ああ。難しいぞ。カサスでは、私と密月と、ガルしか出来なかった。思い描いた物を、光によって作り出すというのは、光を絶妙に操らなければいけない上に、魔導士の美術的センスも問われるからな。璃光子は絵は得意か?」
「あ、うん!」
璃光子は絵が大得意だ。小さい頃から、コンクールで入賞することは当たり前だった。
「そうか。よかった。では、今度は私を作り出してみてくれ」
ロイダは課題を出す。璃光子は言われた通りにロイダをイメージした。
足が出来て、手が出来て、なんとか胴体も出来たが……顔が出来なかった。
「な、なんかロイダの顔って特徴ないから難しいわね」
璃光子はバツが悪そうに苦笑いしてロイダを見やる。
ロイダは首のない自分の分身を不機嫌そうに見つめていた。
「まあ、後は練習だ。とりあえず、これで潜在能力は開発されたからな」
「え、修行ってコレだけ?」
「そうだ。修験洞に住む特殊なウィルスを吸い込むだけでいい。このウィルスは、特定の遺伝子を持った者にのみ感染するもので、黄魔導士の血が入ってない者には感染しない。他の修験洞にも、各色に対応した同じようなウィルスが住んでいるんだ」
「へ~。意外とその辺は医学的なのね」
思ったより簡単な修行内容と、その魔法の世界に似つかわしくないメカニズムに感心する璃光子。
「そうだな。で、この原理を応用して、『透明化』も可能だ。物体に当たった光が反射するのを止めるんだ。屈折した光を誰の目にも入らないようにすることで、透明化は実現する。だが、忘れてはいけないのは、見えなくなっているだけで、無くなったわけではないこと。触れられればバレてしまうから、慎重にな」
“バレテシマウカラ、シンチョウニナ”
璃光子は音魔法を使って、ロイダのセリフを真似してみた。しかし、その声は確かにロイダの声にそっくりだったが、喋り方がカタコトでおかしかった。
それが璃光子のイタズラだと察したロイダは眉をしかめる。
「わざとか? 声真似はそんなに難しくないだろ」
「へへ~バレた?」
璃光子は笑って舌を出した。実は、さっきのカタコトの喋り方は宇宙人をイメージしたものだった。璃光子から見たら、ロイダは宇宙人だからだ。
しかし、このイタズラにそんな意味があるなんて、ロイダにはわかるはずもなかった。
ーー
やがて、何か達成感に満ち溢れたような表情で、璃光子は修験洞を出てきた。
「あ! 璃光子! お帰り~! 大丈夫? どうだった? 痛くなかった?」
水青は璃光子の周りをチョロチョロしながら聞いた。
「うん。ぜ~んぜん。カンタンだったよ」
璃光子はピースしてみせた。
「そうだ。璃光子、これを持っていきなさい。一文無しなんだろう?」
そう言うと、ロイダはズシっと重たい小袋を手渡した。どうやらお金のようだ。アシュリシュでのお金は紙幣ではなく貨幣が主流なのだろうか。中からジャラジャラ音がする。
「お~ロイダ太っ腹だな。さっすがおじい~ちゃ~ん。孫にお小遣いやんなきゃ嫌われちゃうもんな~」
密月がイシシと笑いながらからかう。
しかしロイダは特に不快そうな顔もせずに密月を見ると、まるで連絡事項を告げるような口調で軽く言った。
「そうだ密月、お前には一緒に行ってもらうからな」
「へ!?」
密月のにやけ顔が一瞬にして強ばる。ロイダは尚も当たり前のように続ける。
「道案内が必要だろう。それに、しばらくゲツクにも帰ってないんだろう? たまには里帰りして来い」
「もう、この世も終わるかもしれないからな」という言葉は隠して、ロイダは密月に帰郷を勧めた。
ゲツクとは密月の故郷で、正式名称を『月族保護生活地区』──通称【ゲツク】──と言い、絶滅危惧種族である月族を、国の管理の下で保護している所だ。密月は盗賊になって以来は、一度も帰ってない。
「べ、別に帰りたいなんて思ってねぇけど」
思いがけず上司から休暇をもらったような違和感に、密月は少し戸惑ったように口を尖らす。
「まあ、嫌なら無理にとは言わん。他の奴に道案内させよう」
ロイダは密月の性格を見越してわざと突き放した。
「わかったよ行くよ!」
案の定、密月は同行を決める。
「密月ぃ~よろしくなぁ~!」
密月と気が合う槍太が嬉しそうに抱きついた。そして殴られた。
ーー
密月を加えた10人で、カサスの外に出た。
「じゃあ……気を付けてな……」
寂しげなロイダに見送られ、一同は歩き出す。運命を変える旅に。
空は、雲一つない快晴だった。泳げそうなぐらい青い空と、どこまでも続く草原の緑が、地平線でぶつかっている。それは、この世のものとは思えないほど美しいコントラストだった。
闇奈は眩しい空を頑張って見上げて、その先にいるかもしれない人に心の中で語り掛けた。
(お袋……恨んでるか? 私を生んで、死んだこと)
心地いい温度の爽やかな風が吹いてきた。
(お袋、私、見てくるよ。あの地平線の先に……何があるのか。ちゃんと確かめてくる。だから──)
目をつぶり、今度は風に思いを乗せるようにイメージした。
(だから後悔だけはしないで。私を生んだこと)
ギュッと唇を結び、祈るような気持ちで強く思った。
(母さん……生んでくれて、ありがとう)
目を開けて、地平線の彼方を見つめた。少し目頭が熱くなったが、涙は出なかった。
「見てろよ。お袋」
──無駄死にには、させない。
闇奈の胸には、強い決意が刻まれていた。




