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“三回目の夜”

 旅の支度も終わり、一段落ついた頃。火芽香は、家の前でしゃがんで剣助と闇奈の帰りを待っていた。


 かれこれもう6時間くらい経っている。あまりに遅すぎることに、何かあったのかと心配が募る。しかし、二人の身を案ずるのと同時に、他の理由で心配もしていた。


(二人は……幼なじみなのよね。それだけなのよね)


 こんな考えがよぎる度に、火芽香は頭を振って自分を律していた。


(なに考えてるの。いくらなんでも不謹慎だわ)


 火芽香は、今まで恋愛らしい恋愛をして来なかった。中2の時に、告白されて付き合ってみたことが一度だけあるが、キスを迫られた時に走って逃げてしまい、自然消滅した。


自分から好きになったことは無く、剣助が初恋に近い。初めての嫉妬心に戸惑っていた。



ーー



 一方、


「ん? ……おい、剣助、ちょっと待て」


 帰路に着いていた闇奈は、家が見えてきたところで剣助を止めた。


「なんだよ?」


 キョトンとして立ち止まった剣助に、闇奈は声を潜めて言う。


「ここからは一人で行け。私はこっちから帰るから」


「な、なんでだよ?」


 急に突き放された剣助は慌てた。正直、闇奈に一緒に帰って欲しかったのだ。その方がみなと顔を合わせやすいから。


 闇奈は困った顔をして、言い淀む。


「……ちょっと用があんだよ」


「じゃ、じゃあ俺も行くよ」


「い、いいから、早く行けよ」


「なんでだよ!?」


 剣助は思わず声を張り上げた。闇奈は慌ててその口を手で押さえる。


「にゃんばよ」


 なんだよ、と聞いているようだ。


 闇奈はちょっと迷ったが、事情を説明してしまった方が早いと思い、小さな声で明かした。


「家の前にひめがいるから、一人で行け」


「!」


 剣助は口を塞がれたまま目を見開いた。


「二人で話したいことあんだろ」


 そう言って、闇奈は口から手を離すと、剣助の背中を押した。


 剣助は家の前を見た。しかし、暗くて火芽香の姿は確認出来なかった。暗いところでも目が見える闇奈にしか視認できない距離なのだ。


「ホ、ホントに? いるか?」


「いるんだよ。いいから早く行けよ」


「え、で、でも……ホントにいるか?」


 のらりくらりと動こうとしない剣助のウザさに、うんざりした闇奈は剣助の尻を蹴った。


 2、3歩前進する剣助。


「見て来りゃ済むことだろ! 早くしろよ!」


 闇奈はもう付き合い切れなくなって近くの脇道に入って行った。


 取り残された剣助は、激しく動揺していた。突然二人きりにされても、何を話したらいいのか分からない。


 しばらく考えてから、


(わかんねぇけど行くか! 男らしく!)


 と、なるべく男らしく見えるような歩き方で進んでいった。



ーー



 一方、家にいるメンバーは、食事も取らずに闇奈と剣助の帰りを待っていた。


「闇奈と剣助、遅いわね~」


 璃光子はテーブルに頬杖をついてため息をついた。目の前には美味しそうなチキンソテーが皿に盛られている。もう湯気は消えていた。


「やっぱり、ちょっと探しに行ってくるか」


 刀矢が部屋のドアを開けた時、闇奈と出くわした。


「闇奈!?」


「おお。ただいま。飯は?」


 闇奈は刀矢の横をすり抜けて、ツカツカ部屋に入ると、すぐさまテーブルについた。腹が減っているのだ。


 しかし、闇奈しか帰ってこないことを不思議に思った面々は首を傾げている。


「闇奈、玄関の前で火芽香に会わなかった?」


 璃光子が聞いた。


「ああ。見たぜ。私はあっちの窓から入ったけど」


 玄関とは反対側の奥の部屋を指さす闇奈。


「なんで?」


 風歌が不思議そうに問うと、闇奈は言いにくそうに目を泳がせた。


「ん、まあ、諸事情があって」


「すれ違っちゃったんだ。呼びに行ってくる!」


 火芽香を迎えに行こうと水青が走りだしたのを、闇奈は慌てて止める。その様子を見て、槍太は悟った。


「もしかして、剣助と一緒なんじゃん?」


 槍太がワクワクした顔で言うと、全員がああ~と納得した。


「じゃあ、飯食おうか」


 ドライな感じで刀矢が言うと、みな頷いてテーブルについた。


あまりどうでもいいようだ。



ーー



 一方、男らしく歩き出した剣助は、出だしはよかったものの、直前でやっぱり躊躇していた。


(ど、どうしよう。二人きりなんて間が持たないぜ。何から話しゃいいんだ? どう話し掛ける?)


 緊張であまりうまく働いてない頭を使って、会話のシミュレーションを始める。


(お待たせ? ……違うか。

ただいま? ……何かおかしいか?

おお! 一人? ……ナンパかよ!)


 その時、


 グゥ~──


 腹の虫が鳴いた。


(ヤバイ。早く決断を下さねぇと飢え死にしちまう)


 大して事は深刻ではないのに、剣助にとっては人生の一大事だった。


 その時、火芽香が一つため息をついて立ち上がり、諦めたように家に入ろうとしていた。


「あ!」


 思わず大きい声をあげてしまった。


 突然聞こえた声に驚いて振り向き、キョロキョロする火芽香。


 すると、木の影から顔を出している剣助と目が合った。


「キャ! ……け、剣助さん?」


 暗がりで首だけを出している姿は、一瞬オバケかと思わせる怖さがあった。


(うわあサイアク。超カッコわりぃ)


 こんなことなら普通に登場すればよかったと、剣助は死ぬほど後悔した。仕方なく、おずおずと歩いて行く。もう甘い二人きりの時間なんて期待できないと思った。


 しかし、火芽香は、


「お帰りなさい。よかった。無事で」


 と言って可愛く微笑んだ。


 ──『良妻賢母』


 勉強はほとんど出来ない剣助の頭に、いきなり四字熟語が浮かび上がった。


(火芽香と結婚したら幸せだろう~な~)


 剣助はホワホワした気分になった。



ーー



 一方、食事をとりながら剣助と火芽香の噂話をしていた一同は、ある賭けをしていた。


「う~ん。いくらなんでも、今日中ってのは早すぎじゃねぇ? 俺は剣助のことだからそう……あと3日はかかるとみた!」


 槍太は自分の取り分の皿から、チキンソテーを一つ取って他の皿に移した。


「地球人てのはそんなに奥手なのか? めんどくせー人種だな。じゃあ、俺もNOに賭けるわ」


 密月も、同じ皿にチキンを置く。


「剣助には無理でしょ。私もコッチ」


 璃光子も同じだった。


「私も~!」


 水青も続く。


「かわいそうだけど、剣助には無理よね」


 風歌も同じだ。


 闇奈は無言で同じ皿に置いた。


「頑張って欲しいですけど。ん~やっぱコッチですね」


 大牙も同じように置いた。


「みんなノーかよ~。これじゃ賭けになんねぇじゃん」


 槍太がつまらなそうに言うと、


「あと一人残ってるだろ」


 闇奈が顎で最後の一人を示した。


 みな一斉に刀矢を見る。刀矢はたじろぐ。


「お、お前たち、こんな賭けなんかして、剣助に悪いと思わないのか? 火芽香にだって。大体──」


 刀矢のもがきが終わらないうちに、


「刀矢~ここで降りるなんて言うなよ? 場が白けるだろ」


 と密月が眉間に(しわ)を寄せた。


 全員から痛い視線を浴びた刀矢は、仕方なくYESの皿にチキンを置いた。この皿にはチキンが一つしか乗っていないので寂しい。


「よ~し! じゃあ結果見に行ってくっか~」


 さっさと自分の分をたいらげた槍太が勇んで立ち上がった。


「あっ待てよ俺も行く」


 密月も残りをかっ食らって立ち上がった。


 二人はニヤニヤ笑い合いながら部屋を出ていく。どうやら気が合うようだ。


 刀矢は少なくなったおかずを噛み締めるように味わっていた。



ーー



 一方、その噂の渦中である二人は──


「火芽香、ずっと待っててくれたのか?」


 剣助は自然に話せるようになっていた。


「いえ。旅の準備もしてたので。そんなには」


 実は2時間ぐらいはずっと外にいたのだが、そんなことを積極的に言える火芽香ではない。


「そっか。……?」


 ふと、家の明かりに照らされた火芽香の顔が目に入った。唇の色が紫で、寒かったのがうかがえる。


 剣助は無意識に火芽香の両肩に手を置いた。


 突然触れられたことに、火芽香はドキッとした。


「こんなに冷えてんじゃん! ずっと外にいたんだろ? なんでそんな」


 剣助は冷えきった火芽香の体を温める為に火芽香の肩を擦った。


「心配だったから……」


 振動で揺られながら、ポツリと言った。


「え?」


 剣助は手を止めた。


 火芽香は恥ずかしそうに俯いて、小さな声で続けた。


「心配だったんです。本当は、私も一緒に探しに行きたかったんですけど……そうしない方がいいって、わかったんです。でも、いてもたってもいられなくて」


 火芽香は顔を赤くしてモジモジしている。その様子がたまらなく可愛くて、今にも抱き締めてしまいそうだった。


(ガマンしろ、俺)


 剣助は理性と戦っていた。


「お腹、空きました? 今日は私が作ったんです」


 火芽香はそう言ってにこりと微笑んだ。


「え、料理出来んの?」


 火芽香が料理できるの? という意味ではなく、ここで料理できるの? という意味で言ったのだが、


「はい。下手ですけど」


 火芽香はちょっと困った顔をして微笑んだ。


「あ、そ、そういう意味じゃなくて……」


 剣助は誤解を解こうと言葉を探したのだが、


「あ、もう半分、見つかったんですね。よかった」


 火芽香が剣助の腰に差してあった剣の柄を見て嬉しそうな顔をした。


その顔がまた可愛かった。


剣助の理性がまた揺さぶられる。


「……あ、ああ! そうなんだ! 見つかったんだ!」


 剣助は焦って、頼まれてもいないのに見せようと柄を取った。が、慌てたので落としてしまった。



 カラン──



 二人は拾おうと、同時に屈んで手を伸ばした。不意打ちでお互いの顔が近づく。


 そのベタなシチュエーションで、平然としていられるほど、二人は年をとっていない。


 鼓動が耳の裏まで伝わってくる。


 二人は固まって見つめ合った。


 剣助の体は指先まで心臓になったようだった。



 ──やべぇ



 ドクン……ドクン……



 ──もうそんなに



 ドクン……ドクン……



 ──そんな可愛い顔しないでくれ



 ドクン……ドクン……



 ──あ~



 ドクン……ドクン……



 ──もうダメだ



 ごくごく自然に、唇が触れた。


 火芽香は少し目を見開いたが、あまりにも自然だった為にリアクションは無かった。


 剣助は、唇を少し離すと、急に震えてきたのを感じた。


「ゴメン」


 思わず呟く。そして火芽香をギュッと抱き締めると、


「ゴメン!」


 もう一度謝ってしまった。


 顔が見れなくて、思わず抱き締めてしまったが、愛しさが溢れてきてますます腕に力が入る。


 火芽香は呆然としながらも、剣助の背中に手を回してそっと目をつぶった。


何だか、ずっと前からこうなることが決まっていたような、ごく自然なことに感じた。



 そのベタベタなラブシーンを影から見ていた槍太と密月は愕然としていた。


強ばった表情で顔を見合わせると、()(あし)()(あし)で部屋へと戻っていった。



ーー



「あっ二人とも。どうだった?」


 部屋に戻ってきた槍太と密月に、璃光子はワクワクして聞いた。結果発表が待ち遠しかった。


 しかし、二人はそれには答えず、何やらわざとらしい神妙な顔をして、チキンが沢山乗った皿を持つと、刀矢へと差し出した。


「刀矢さん、どうぞ。お召し上がりください」


「へ?」


 刀矢は間の抜けた声を出した。


 それはつまり、剣助と火芽香がキスをしたということ。


刀矢以外は『出来ない』に賭け、刀矢は無理矢理『出来る』に賭けさせられた為、賭けには勝ったのだ。


 その結果に、全員が驚いた。


「え!? ええ~!? したの!?」


 璃光子は目が飛び出んばかりに大きく見開いた。


「ああ。俺は見た。剣助が男になっていく瞬間を」


 槍太はわざとらしく感慨にふけったような顔をして、目を細めて天井を見上げた。見るからにふざけている。


 密月もわざとらしい爽やかな笑顔を浮かべる。


「俺も見た。感動だったぜ。ウミガメの出産みてーに」



 ──?



 地球人には分かりにくい表現だった。


「じゃ、じゃあ二人付き合うってこと?」


 風歌は口を両手でおおった。


「な、なんか、スゴーイ。早ーい」


 水青は呆然と呟いた。


 大牙は口を開けたまま呆然としている。


「やるなぁ、剣助。アイツも男だったんだなぁ~」


 闇奈はしみじみと頷いた。


「あ、やば! 顔見づらくない? 寝たふりしよーよ」


 璃光子の提案に全員が賛成し、寝室へと引っ込んで行った。みな、食事はもう終わっていたのだ。


「お、おい! ちょっと待ってくれ!」


 チキンを勝ち取った刀矢は、一人取り残されていた。


 そこへ、渦中の二人がやってきた。あまりに悪いタイミングに、刀矢は顔を引きつらせる。


「あら? 刀矢さん、一人ですか?」


 火芽香が不思議そうに問うと、刀矢は硬い笑みを浮かべてたどたどしく答えた。


「あ、ああ。みんなはもう……寝た」


「えっマジ? 迷惑かけたこと謝りたかったのに」


 残念そうにしている剣助に、刀矢はまたたどたどしく言う。


「い、いいんじゃないか? 別に謝らなくても。ほ、ほら。飯食えよ」


「そうかな。……刀矢さん、なんでそんなチキンばっかり食ってんの? 多くね?」


「……」


 うまく言い逃れるのが苦手な刀矢は、苦笑いして黙るしかなかった。


(アイツら~……カンベンしてくれよ~!)


 刀矢は二人の間で胃の痛みを感じながら、(なか)ばヤケクソでチキンをたいらげた。



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