“過失と責任-後編-”
闇奈が剣助を探しに出ていった後。部屋の中は静まり返っていた。
水青は暗い顔をして膝を抱えて部屋の隅に座っている。
みな水青にかける言葉が見つからなかった。痛い目にあったのは槍太なのだから、当事者じゃない人間が「気にするな」と言うのもなんか無責任だし、これほど落ち込んでいるのに「元気を出せ」と言うのも無理がある。
女たちは、じっと考えていた。
自然を操るという、革命的な力の裏にある、大きいリスク。
それに直面して、一体何が正しいことなのか、どうすれば一番いいのか、わからなくなってしまっていた。
そんな重い沈黙を破ったのは、被害者である槍太だった。
「あのなぁ。俺、オヤジに会ったんだよ」
唐突な報告の意味が分からず、水青以外の女たちはキョトンとして槍太を見た。
「槍司さんに? え、それってお前」
槍太の父が亡くなっていることを知っている刀矢は、その意味が分かり驚いている。
「そうなんだよ~。俺死にかけてたみたいなんだよな~。じいちゃんまでいたんだぜ!」
なぜか得意げに話す槍太。明るく微笑みながら続ける。
「俺、オヤジとは何年も口利いてないまま死に別れてさ。正直、もう一度話したいな~って思ってたんだ。また会えたのは、水青が俺半殺しにしてくれたからだろ? いい事もあんだからさ~気にすんなよ!」
槍太はそう言って明るく笑ったが、水青には気休めにしか聞こえなかった。
「ありがと。でも、私、そんなことで言い訳したくない。やっぱ、私のやったことって、悪いことだと思うし……許そうとしないで」
そう震える声で言って、水青はますます小さく縮こまる。水青は、優しくされると甘えてしまいそうで怖かった。
(ハングリーだなぁ~)
子供っぽい水青が意外と甘えないことに、槍太は感心していた。
「オヤジが言ってたんだけどさ、力を使う者は、それによって傷つく者がいるってことも考えなきゃダメだって」
水青はぐっと涙を堪えたような顔をして、膝の中に顔を埋めてしまった。槍太はちょっと困ったように微笑して続けた。
「でも、こうも言ってた。覚悟してる者同士だったら、何してもオッケーだって。俺、覚悟してるぜ? 一応、ここに来る時、もう命は無いものと思って諦めた。みんな同じじゃねぇかな」
水青は相変わらず俯いて顔を上げようとはしない。その肩は震えている。槍太は反応を期待せずに続けることにした。
「アシュリシュの人たちも、魔法が危険なものだって、一歩間違えれば死ぬこともあるって、覚悟して使ってんじゃねえかな」
(だからって許されることじゃないよ)
水青がこう考えた時、
「だからって、許されることじゃねえけど」
槍太がほぼ同じ事を言った。
「でも、許してもらえなくてもいいじゃねぇか。許されないことなら、それが、自分のやったことなら、どんな結果でも受けとめる。俺はそれでいいと思うけどな~。要は、忘れなきゃいい。犠牲になった人のことを、忘れなきゃいいんだよ。簡単なようで、結構きついもんだぜ。……楽になるってことがねぇからな」
言いながら、槍太はあの日の若林のことを思い浮べた。
ーー
──あれは、若林を失明させた事故から三日後のこと。
父親と決別し、武道を辞めることを決意した槍太は、毎日遊び呆けていた。その日は、学校帰りに友達の家で飲んで、酔っ払いながら家路についていた。
その時、家の前で父と何か話をしている若林の姿を見つけた。
話が終わったのか、若林は父に一礼すると、こちらに向かって歩いて来た。
その顔には眼帯がついていた。
槍太は一気に酔いが覚め、緊張して立ち尽くしていた。
やがて若林も槍太に気付き、立ち止まった。正面で向かい合う。
(謝らなきゃ……)
事故から若林に会うのは初めてだった。どんな顔をして会えばいいか分からず、見舞いになんて行けていなかったのだ。
「わ、若林さん、俺……」
緊張しながらも、酒臭いことに気付かれないか心配だった。こんな状態で若林に会いたくはなかった。
「謝るな」
鋭い口調で、若林が遮った。
槍太は驚いて口をつぐむ。喉がカラカラだった。
「謝って、少しでも気を軽くしようってんだろ? そうはいかないからな」
そう低い声で脅すように言う若林は、相当な怒りを携えていた。改めて自分の罪を思い知り、槍太は奥歯がガタガタ言いだしたのを感じた。
「お前に謝ってもらっても、俺はちっとも嬉しくない。忘れてもらっちゃ困るんだよ。水に流されちゃ困るんだ。だから謝らせてやらないからな」
若林は18歳だが、そうとは思えない容姿と貫禄を持っている男だった。槍太は気迫負けして立ち尽くすだけだった。
何も言えない槍太の横を、若林はスタスタと足早に通り過ぎて行った。
謝らせてもらえないということは、想像以上に辛い。
話し合って、清算することができないと、少しも罪が軽くならないからだ。
一番厳しい仕打ちに、槍太はその日から苦しめられることになった。
吹っ切りたくて、仲間と悪いことをしてみたり、女と遊びほうけたり、それこそ若林にも父にも顔向け出来ないことも沢山した。
しかし、自分を責める人はいない。叱ってくれる人はいない。
本当の意味で、孤独な戦いをしていた。
そうして時は無情に過ぎていき、若林と再び再会したのは、父の四十九日だった。
「告別式に来られなくて、すいません」
立派に成長した若林は妻と子供を連れていて、喪主である母に挨拶をしていた。
槍太はその姿を見つけると、顔を逸らしてしまった。顔を見るのが怖かった。
しかし若林は槍太を見ると、懐かしそうに微笑んで寄ってきた。
「槍太か? お前、でっかくなったなぁ~。さすが槍司師範の子供だな」
槍太は冷や汗をかいてじっと俯いていた。すると、若林は意外な質問をしてきた。
「槍太。俺の顔が見れないか?」
急所を突かれた槍太は俯いたまま目を見開いた。しかし、若林は満足そうに微笑んだ。
「だったら、お前は正常だよ。忘れなかったんだな。あれから……6年か? 7年か。結構頑張ったな」
そう言う若林の声色は穏やかだが、槍太の緊張は緩まない。ずっと黙って聞いていた。すると若林は、俯いている槍太の頭に手をポンと置いた。
「槍太、もういいぞ」
言われている意味が分からず、槍太はゴクリと喉を鳴らした。だが、飲み込めるだけの唾は無かった。
「たかだか失明だ。もうこの辺でいいだろ」
若林は槍太の頭から手を離して続けた。
「お前、師範とあれから会話したか? ……してないよな。槍太。お父さんはお前と話出来ずに亡くなったぞ。この責任、お前はどうとる?」
そう言った直後、若林の子供が早く帰りたいと言って急かしてきた。若林はそれ以上何も言わず、子供の手を取って帰っていった。
槍太はゆっくり顔を上げて、若林の後ろ姿を見送った。
──『責任』?
槍太は次の瞬間、あまり深く考えることなく決心を固めていた。
「母ちゃん、俺、やるよ。護衛衆」
父と会話できなかった分。そして、若林に償えなかった分。しっかりと前を向いて、父と同じ道を歩むことで、少しでも埋められるような気がした。
ーー
「忘れないでさ、その人が歩んできた道や、歩むはずだった道を、ちゃんと見とけばいいんだよ。それが、『取り返しのつかないことに責任持つ』ってことだと思う」
普段の槍太からは想像できないような言葉に、みな唖然としている。すると、刀矢も口を開いた。
「水青。お前たちも、自分の力が制御出来なくて怖い思いする事もあると思う。そうなったら、暴走しそうになったら、俺たちが止めてやるから。何としてでも。だから、どうか安心してほしい」
璃光子は、噛み締めるように頷くと、しゃがんで水青の両肩に手を置いた。
水青はいつも以上にボロボロ泣き出した。自分を責めることも無く、優しい言葉をかける槍太の大きさを痛感した。真正面から自分の間違いを叱ってくれた剣助の正義感が頼もしかった。
こんな仲間を、次はきちんと守っていきたい。そう強く思った。
水青が子供らしく泣いたのを見届けた刀矢は、ホッと息をついて皆に笑顔を向けた。
「じゃあ、ヒルドラーに向けて、出発の準備をしようか」
全員は微笑んで頷いた。




