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“不時着”

 剣が床に深々と突き刺さった瞬間──床一面にたくさんの漢字が浮かび上がり、一瞬にして部屋一帯が光の文字に埋めつくされた。


と同時に、さっきまでブカブカだった指輪が、何故か急に締め付け始めた。



 あまりの(まぶ)しさに目が(くら)んで、火芽香は倒れてしまった。


 何も見ることができず、ただ、考えていた。


 これからどこに行って、何をするのか。

 これからどうなるのか。

 元の生活に戻れるのだろうか。

 そうだ、学校は休まないといけないのだろうか?


 火芽香は、いつも考えることしかできない自分があまり好きではなかったが、今は本当に考えることの無力さを感じていた。




 数秒で眩しい光がおさまったかと思ったら、続いて広がったのは真っ黒な闇だった。


墨汁のプールに落とされたような気分だ。



 闇の中を、すごいスピードで飛んでいくような感覚。


 床があるような感じはしたが、壁まであるとは限らない。


ただじっとして、視界が回復するのを祈るように待つ。



 と、急にガタン! と何かにぶつかったような衝撃があり、次の瞬間、床がストンと抜けた。



「キャー! キャー!」



 誰の悲鳴かはわからないが、おかげで落ちているのは自分一人ではないことはわかった。


 と、その時、誰かに抱き寄せられたような感じがした。




 ドスンドスンドスン!



 ボーリングの球が落下したような鈍い音が数回した。


 そのうちの一つは、自分が落ちた音だ。


 しかし、誰かが抱き寄せてくれたおかげで、大したダメージはなかった。




 顔を上げて目を開いたが、さっきまで闇ばかり見ていた目は、まだ慣れないのかボンヤリしている。


 もっとよく見ようと起き上がろうとすると、ありがたいことに手が差し伸べられた。


 何の警戒もせずに、火芽香はその手をとる。

今は何でもいいからすがりつきたい気分だ。



「大丈夫か?」


「あ、ありがとうございます」



 落ちる時に助けてくれたのも、この人だろうか。


 引き上げられて立ち上がると、手の主の顔をハッキリと見ることができた。



「あ、闇奈(あんな)、さん……」



 いきなりこんな目にあわされて、ここへ来る羽目になったのも、この人のせいだった。


 しかし闇奈(あんな)は感心したように眉を上げた。


「おお。よく名前覚えてるな」


 相変わらずの男口調だ。


 火芽香が複雑な気持ちを整理しようとしていると、


「他の連中はあっちに落ちたみたいだな」


 と、闇奈が数10メートル離れた地点を指差した。


 そうだ。先ほど一緒に継承式を受けた女の子達も一緒のはずだ。


「そ、そうです合流しなきゃ」


 あれこれ考えている余裕はなかった。同じ境遇同士、今はとりあえず力を合わせなければ。


 歩きながら、火芽香は辺りを見回した。


 そこは、360゜見回しても地平線が見えるぐらいの、だだっ広い草原だった。


草は芝生によく似ていて、手入れされている様子は無いのに、まるでサッカーフィールドのように整っている。


 空気もあり、青い空にはキチンと雲も浮いている。その下にヒジキのような黒いものが飛んで行くのが見えるが、おそらく鳥か何かだろう。


 ちょいと広範囲を見渡せば、背の高い樹木なども、ちらほらと目に入る。


 その木には、チューリップのような花が下向きにぶら下がっていて、その中を蜂らしき虫が出たり入ったり忙しなく働いている。


 しかし、その蜂といったら、


(カブトムシ……ぐらいあるかしら)


 クマンバチを遥かに超える大きさだった。この花の蜜は、よほど栄養があるのだろうか。



 別な惑星だと聞いていたが、見た限りでは、地球とあまり変わらない印象を受ける。


 そして、きわめつけは太陽だ。

 何の変哲も無い、よく見慣れた太陽が、空と地平線の境目に近づいている。


 もうすぐ、日が落ちるのだろうか。だとしたら、あっちが西という事でいいのだろうか……。



 などと考えながら、シャキシャキ歩く闇奈(あんな)にヨロヨロついて歩いていたら、闇奈がふと立ち止まって振り返った。


「悪かったな。いきなり連れてきて。心の準備とか、できてなかったんだろう?」


 予想だにしなかった謝罪に、火芽香がどう答えていいか迷っていたら、闇奈が続けて言った。


「でも、私は知りたかったんだ。自分が何者なのか。親父もこっちにいるっていうし」


 またまた飛び出た予想外の言葉に、火芽香は目を見開いた。


「え!? お父さん、こっちにいるんですか!?」


「って婆さんが言ってたぜ」


 闇奈はキョトンとしている。



(私のお父さんも、ここに?)


 火芽香は、まだどんなところかもわからないこの惑星に大きな期待を抱いた。


と同時に、地球人ではなかったことにショックも受けた。



「わ、私は、宇宙人の子供だったって事?」



 独り言のように言ったが、それを聞き逃さなかった闇奈は笑った。



「そうだよな。そういうことだよな。でもお前、それにしてはいい出来じゃねぇか」


 闇奈は、笑うとますます綺麗だ。


 この状況下でこれ程の笑顔が披露できる闇奈を、火芽香はうらやましいと思った。



 と、その時、闇奈が慌てたように足を止めた。


「おっと! 踏むとこだった。え~とコイツは──」


 闇奈は名前を覚えておらず、足元の女の子をなんと呼んだらいいか迷っているようだった。


璃光子(りみこ)さんです」


 火芽香が教えると、


「おい! 璃光子! おい!」


 闇奈は璃光子を抱きかかえて揺さ振り起こそうとしている。


細いわりに力があるようだ。



「う~……」


 璃光子は意識があるようだが、まだ目を開けようとはしない。


が、大したダメージは無いようだ。



「まあ平気そうだな。めんどくせ! コイツは頼むわ」


 闇奈(あんな)はそう言うと、璃光子をそっと置いて行ってしまった。


 特に異論も無いので、火芽香は反発することもなく璃光子(りみこ)の側に膝をつく。




 更にそのすぐ近くには、剣助(けんすけ)が倒れていた。



「おい! 剣助!」


 闇奈が頬をバチバチ叩くと、剣助はすぐに目を開けた。



「いってぇ……」


 剣助(けんすけ)はすぐに起き上がったが、打ち付けた頭ではなく、叩かれた頬を押さえている。



「早く手伝えよ」


 闇奈は容赦なく命令する。


 その態度を見ていた火芽香は、闇奈は剣助とも知り合いのようだと思った。



「ちょっと待てよ! お前がいきなりワープさせるから、みんな受け身取れなかったんだろ!」


 剣助は悔しそうに言うが、


「てめーの(にぶ)さを人のせいにするんじゃねぇよ」


 闇奈にそう返され、剣助はガーンときた顔をした。

どうやら痛いところを突かれたようだ。



 闇奈(あんな)はお構いなしに、そばに倒れている水青(みさお)を抱き上げ呼び掛ける。



「おい! 女! おい!」



 闇奈は人の名前を全く覚えていないようだ。


 しかし揺さ振ると、水青(みさお)はすぐに跳ね起きた。


小動物のように素早くキョロキョロする。



「お前、名前は?」


「て、天蒼水青(てんそうみさお)


 反射的に答える水青。素直に聞かれた事に答える性格のようだ。



「よし。名前が言えれば大丈夫だな。つらいなら横になっててもいいぜ」


 そう言うと、闇奈は他の人を探そうと辺りを見回す。



 水青は、放心していた。


ーー


 更に数メートル離れた所に風歌(ふうか)が倒れていた。



「おい! 起きろ!」


 揺さ振っても、風歌は無反応。


 闇奈は風歌の口に手を当て、


「これは……ちょっとやばいな。息も止まってるし」


 眉を潜めてそう言ったかと思ったら、風歌をそっと寝かせて今度は首に手を当てる。


 そして目をつぶって深呼吸を始めると、闇奈の手の平がぼんやりと光り始めた。


 薄青白い、けれども温かみのありそうな不思議な光だ。


 すると少しして、はあっと大きな息を吸い込んで風歌が息を吹き返した。



 その一部始終を見ていた火芽香(ひめか)剣助(けんすけ)は、口をあんぐりと開けて愕然(がくぜん)とした。



「何したんだ……今の」



 剣助が恐る恐る近寄って来て、闇奈の背後から風歌を覗き込む。


 それに振り返った闇奈は、鬱陶(うっとう)しそうな顔をして、


「まだいたのかよ? 早く他の連中探しに行けって」


 しっしっと手を振る。


 ムッとした剣助が反論しようと口を開けた瞬間、風歌が口を開いた。


「ここ……どこ?」


 まだ弱々しい呼吸の下から、今一番知りたい情報を得ようと必死だ。


 それに闇奈は、すかさず綺麗な笑顔を向けて、


「心配ないよ。みんないるから。まだあんまり喋らない方がいい。ゆっくりしとけ」


 そう言って風歌を抱き上げて辺りを見回し、木を見つけるとそこに風歌をもたれ掛けさせた。



 先ほどから見ていると、闇奈は意外と優しい振る舞いをする人だと、火芽香は思った。




 一通り救助活動を終えた闇奈は、辺りを見渡し、他には人影が見当たらないのを確認すると、腕組みをし、軽く睨みを利かせて剣助を見る。


「おい剣助。護衛とかいう男連中はどうなってんだ? 女は揃ったぜ」



 言われた剣助は、しまったといった顔をして、慌てて探しに走って行く。


 本来は護衛衆(ごえいしゅう)である自分達がリードしなければならないところなのだ。


ーー


 丁度その時、完全に目を覚ました水青(みさお)璃光子(りみこ)火芽香(ひめか)と共に傍によって来た。


 3人を見た闇奈(あんな)は、急に伏し目がちになる。


「お前たちにも謝らないとな。急に連れてきてゴメンな」



 璃光子は少し上目遣いで闇奈を見た後、遠慮がちに答えた。


「火芽香に聞いたけど、お父さんがこっちにいるかもしれないの?」



「それって、全員の?」


 水青も乗り出す。



「多分。みんな誕生日も家庭環境も同じだろ? 私の親父がいるとしたら、お前らの親父もいるんじゃないか?」


 闇奈は男みたいな言葉遣いだが、自分のことはちゃんと『私』と言うんだな。


と火芽香は関係ない所で感心していた。



「じゃあ、あなたが無理矢理にでもここに来たかった理由も、わかるような気がするわ」


 璃光子が軽く頷きながら言うと、


「私も、ずっとお父さんのこと気になってた」


 と水青も涙ぐみ、


「私も、会ってみたいわ。お父さんに」


 と木陰で休んでいた風歌も言う。



「そ、そうか。わかってくれたか。ありがとな」


 そう言う闇奈の笑顔は少しひきつっている。


 実は、闇奈は父親に逢いたくて来たわけではなかったのだ。



 ここで、火芽香は最初から抱いていた疑問をぶつけてみる事にした。


「あの、聞いてもいいですか?」


 おずおずと手を挙げる火芽香に、視線が集まる。


「あ、闇奈さんは、どうしてお婆さんからお父さんのことを知らされたんですか? それに、銅家(あかがねけ)の人とも面識があるようでしたし。闇奈さんは、全て知っているんですか?」


 火芽香にしては、かなり勇気を振り絞った方だ。



 闇奈はちょっと困ったように眉を寄せ、


「どうしてって? そーだな。ずっと前に、婆さん問いただして吐かせたんだよ。親父はどこのどいつかってな。頑固なババアでな~毎日言い続けて、やっと吐いたんだ。3年ぐらいかかったな」


 と溜息をつきながら首を振り、その苦労を滲ませた。



(そうだったんだ。この人は真実を知るために努力をして……)


 ついさっきまで、闇奈だけが何もかも知らされていて不公平だと思っていた自分が恥ずかしくなった。


 ことなかれ主義で、真実から目を逸らし続けてきた自分には知る権利など無かったのだ。



 火芽香が罪悪感で一杯になっていると、今度は闇奈が質問をしてきた。


銅家(あかがねけ)は、小さい時から稽古(けいこ)つけてもらいによく行ったぜ。ひめは初めてなのか?」



 意外にも、闇奈は火芽香の名前だけは覚えていたらしい。


 それにしても、『ひめ』なんて、急に短縮形で呼ばれると何だか変な感じがする。



「私だけではなくて、みなさん存在自体知らなかったようです」


 ちょっと照れ気味に火芽香が答えると、闇奈は目を見開いた。


「全員? ホントか? それは……じゃあ余計に戸惑っただろうな」


 気の毒そうに全員の顔を見回す。



「お前たち、偉いな」



 やはりこの人は優しい人だ。と火芽香は改めて確信した。



「でも全て知ってるわけじゃないんだ。お前たちの存在は、知らなかった。修行ってのも知らなかった。ババアはとにかく、16歳になれば会いに行けるって言ってただけだし。まあ私は親父なんてどうでもいいんだけど──」


 闇奈が意味深なことを言い掛けた時、


「あー! いたいた!」


 と、木陰に集まっていた火芽香たちを指差して誰かが叫んだ。


 女達が一斉にそちらを向くと、男性が複数人こちらに走って来ている。


継承式で護衛だと紹介された、(はかま)を着た男性達だ。


 微妙に身構える女5人。


 あの人達とは、まだ面識は無いし、得体が知れない。


「すまない。みんな大丈夫か?」


 到着するやいなや、本当に申し訳なさそうにこう言ったのは、いかにも最年長らしい雰囲気を持った男性だ。


 火芽香は記憶を手繰り寄せ、名前を検索する。


 そう、確か、銀刀矢(しろがねとうや)。唯一の経験者と言われていた人物だ。


 見た感じ優しそうで、警戒する必要は無さそうに見える。



 自分達を見つけて叫んだのはこの人ではなく、もう一人の背が高い男性のようだ。


見た感じ、刀矢(とうや)より若そうで、名前は、確か、鉄槍太(くろがねそうた)



 その隣にいるのは、自分達よりも若そうな、背の低い男の子。


多分、金大牙(くがねたいが)と呼ばれていた子だ。



 確かに、『護衛』だと紹介されたメンツがそこに揃っていた。


 しかし、一人足りない。


「あれ、剣助は?」


 闇奈(あんな)が聞くと、


「まさかいないのか!?」


 刀矢(とうや)の顔が青ざめる。



「い、いえ、さっきまではいたんですけど、皆さんを探しに行くと言ってはぐれたきりなんです」


 と火芽香が慌ててフォローしたが、刀矢(とうや)は困り果てた顔をするだけだった。




「どっちに行った?」


 刀矢(とうや)が溜息混じりにそう問うと、女性陣が一斉に同じ方向を指差す。


 当然だが、刀矢達が来た方向とは反対だ。



「じゃあ、探しに行こう。またはぐれないためにも、全員で行動した方がいい。……風歌は俺がおぶろう」


 木陰に座っている風歌を見て刀矢(とうや)は言う。なかなか気配り上手な紳士のようだ。



 しかし風歌は、とんでもないと言わんばかりにサッと立ち上がった。


「い、いいえ大丈夫です。もう歩けます」


 無理をしている様子は無い。どうやら本当に回復したらしい。


というか、初対面の男性におんぶされるなんて、誰でも気が引ける。



「そうか。じゃあ……行こうか」


 また、溜息混じりの刀矢(とうや)。剣助の空回りな行動に呆れているのだ。




 地平線の向こうには、地球と同じような夕日が、もう落ちようとしている。




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