“密月の秘密”
女たちが風呂に入ってる間。男たちは山を少し下ったところにある平地に座っていた。ガルとパウの墓があるところだ。
「なんで苦労して風呂作ってやったのに混浴じゃねぇんだよ? マジメかてめーら」
あまり風呂作りに協力していなかった密月だが、人一倍ボヤいていた。
さすがの槍太もそれには苦笑い。
「密月ってすげーストレートだな。でも、闇奈のどこがいいんだよ? マジで」
槍太にとっては、はっきり言って闇奈は女としてありえない。冗談抜きで闇奈の魅力は分からなかった。
「なんで? 美人だし、胸もあるし、悪いとこねぇじゃん?」
外見の良さしか挙げない密月に、槍太は少しあきれた。
「いや~あの女はこええぞぉ~。なぁ剣助?」
「俺にふるなよ」
あまり話に加わりたくない剣助は、仏頂面で不機嫌さを満面に出す。
密月はそんな剣助と槍太を指さして笑った。
「ハッハー! お前らがフヌケなんだよ! 盗賊の女はあれぐらいじゃねぇと。闇奈の蹴り。しびれたぜ」
マゾ的な発言に全員が引いた。
「でも、昼間あれだけ、その……もめておいて、よく結婚したいなんて言えますね」
奥手な大牙には信じられないことだらけだった。
それに、密月はうーんと考え込むような素振りを見せる。
「そうだな。闇奈は気にしてっかもなぁ。でも、だからってこともあんだろ。あれだけのことしちまったから、一生かけて償うってのも悪くねんじゃねぇ?」
「そんなもんかねぇ。俺はそういう重たい恋愛は嫌だなぁ~。なぁ剣助?」
「だからなんで俺にふるんだよ!」
どうにかして自分を巻き込もうとする槍太を睨みつける剣助。
「そういや、剣助はちゃんと闇奈あきらめたんだろうな?」
「だから違うっつってんだろ!」
密月の勘違い発言にもつっこまないといけなくて、忙しい剣助だった。
刀矢は巻き込まれないようにずっと気配を消して目を逸らしていた。
「そ、そういえば、密月さんっていくつですか? 見た感じ僕らとそんなに変わらなそうに見えますけど」
剣助を哀れに思い、大牙は話題を変えようと何でもいいからふってみた。
「俺? えーともうすぐ……そうだ。198歳だ」
「へ~結構いってんだな」
槍太は驚かなくなっていた。五色も800年、四色も1000年、ロイダも500年生きていると聞いているので、今更198歳なんてどうということもないのだ。
「俺たち月族は3000歳が寿命って言われてるから、ハーフの俺でもあと2000年は生きられるんだ。剣助。お前が死んだあとはライバルにならなくなるな。って闇奈も死ぬんじゃねぇか!」
いつまでも勘違いをやめようとしない密月を、剣助はもう無視した。
「月族? って、ロイダさんもですか?」
大牙が聞くと、密月は首を振った。
「いや? あいつは純血の黄魔導士。王族出身だ。ロイダが俺らを訪ねて来たときはビビったぜ。全然似合わねぇだろ? あいつが人襲うんだぜ」
「え? ってことは、ロイダの方が後に盗賊なったのか?」
てっきり盗賊団を起こしたのはロイダだと思っていた剣助は興味津々で聞いた。
「ああ。俺もそのちょっと前に入っただけだったけどな。でも、あいつはすげぇよ。総長になってからたった10年で、カサスを乗っ取っちまったんだからな。カサスはしょぼい町だけど修験洞があるだろ? だから国の警備は厳しかったんだ。ロイダがカサスを落とそうって言った時は、みんな反対したもんさ」
ロイダがカサスを手に入れたかった理由。
それはおそらく、自分の血を継いだ修験者を待つためだったのだろう。そして、修行をさせずに、運命から逃れさせるために。
そんなことを、刀矢は黙って考えていた。
「たった10年か。お前らから見たら短いのかもな。でもよ~みんなよくそんなに何百年も生きられるよな~。俺は太く短く生きたいぜ」
槍太がため息をついた。それに、密月は不思議そうな顔。
「へ? 長生きするのは月族の血が入ってる奴だけだぜ」
「え? ロイダも四色も超長生きしてんだろ?」
「ああ、あいつらか。あいつらは王族だからな。王家にはお抱えの白魔導士がいて、魔力の強い奴は年取らさないで生かしておくらしい」
想像を超えた王家の形態に、みなゾッとした。
「じゃあ、ロイダはもう年取らねぇのか?」
剣助はロイダを哀れに思った。
「いや、時魔法は普通の人間には定期的にかけないと効かねぇんだ。ロイダが王家を出たのが20年前だとすると、あいつはそれから20歳は年取ったはずだ。これからも普通に年取ってくぜ」
「時魔法ねぇ。時間を操るってやつだろ? ピンとこねぇな~」
と、槍太はわずかな嫌悪感を見せて首をかしげた。
「俺の故郷にもいるぜ。時魔導士。そいつは一億年は生きてるって噂があってよ。ガキん時はゾンビだとか化石だとかよくからかったな」
密月はいたずらっ子の顔になって笑った。
「はぁ~。次元が違いすぎてわけわかんね」
槍太は呆れたように寝そべって空を見上げた。しかし、大きな月に見下ろされてるようで落ち着かなかったので、すぐにまた起き上がった。
「さっき、ハーフって言ってたけど、なんのハーフなんだ?」
剣助は興味津々の様子だ。
「お袋が月族で、親父が二色魔導士なんだ。普通の月族だったら、魔法とか使えないんだけどな。俺の親父は黒と黄の二色だったから、俺は黄魔法が使えるんだ」
「ふ~ん。なんか、複雑だな」
剣助は、色んな種族がいて、魔力だとか血筋だとかで寿命が変わるアシュリシュの常識が、どうも理解できなかった。
「お父さん、多色魔導士ってやつですよね。じゃあ、密月さんのお父さんは王家にいるんですね」
大牙のその言葉に、密月は表情を曇らせた。
「おめー、ケンカ売ってんのか? 親父が王家にいて、なんで息子が盗賊やるんだよ。俺の親父は200年前に狩られたんだよ。五色にな」
その声は低く、ドスが利いていた。密月は普段は軽薄そうな青年だが、こうして怒りを見せるとやはり盗賊団らしい気迫が出る。
大牙は慌てた。さっきロイダの話で確かに「多色魔導士狩り」について聞いていたのに、うっかりしていた。
「す、すいません気が利かなくて……」
剣助と槍太もにわかに緊張した。
「それで五色を憎んでいるわけだな」
大牙から気を逸らせるために、ずっと黙っていた刀矢が口を開いた。
密月は闘志を燃やしたような顔で頷いた。
「ああ。俺は絶対五色を許さない。もっと仲間を集めて、反乱軍を結成するんだ。黒陽みたいに」
「黒陽?」
初めて聞いた名前に、刀矢が聞き返すと、密月は少し顔を輝かせた。
「東の果てで、反乱軍が結成されたんだ。そのリーダーが黒陽って男で、相当強いらしい。奴らなら星を改革することが出来る。ロイダも俺も憧れてるんだ」
王家に仇なす反乱軍ともなると、王家の息のかかった修験者も例外なく恨んでいるかもしれない。
ただ地球に帰りたいだけなのに、だんだん物騒な敵が増えていくことに、男たちは気が滅入りそうだった。
と、その時、
ドォオオオオン──
山頂の方からものすごい轟音が響いた。
「な、なんだアレ」
驚いた男たちが振り向くと、一瞬目を疑いたくなる程の巨大な水柱が立ち昇っていた。
女たちがいるところで何かあったのは明白だった。
「やばい! みんな行くぞ!」
刀矢がそう叫ぶと同時に、みな勢いよく走りだした。




