“継承式”
一度に多くのキャラが出てきますが、覚えなくても大丈夫ですので、そのまま読み進めちゃって下さいね。
襖を半分ほど開けたところで、
「ひめか。ようやく来たね」
まるで待ちぶせていたかのように話しかけられた。それは火芽香の祖母の声だった。
「おばあちゃん?」
一瞬、なぜ祖母がそこにいるのかと思った火芽香だったが、そうだ、継承式なのだから先代である祖母がいないはずはないと、すぐに納得した。
「あとはお前が来るだけだったんだよ。そこに座りなさい」
日頃から祖母に対して従順な火芽香は、言われるがままに示された座布団の上に正座する。するとその隣に髪の長い女の子が座っていて、ニコリと感じのいい微笑みを見せて会釈してくれた。年は、同じくらいだろうか。
軽く部屋の中を見渡すと、火芽香の右隣に女の子が二人、左隣にもう二人座っている。正面には剣道着を着た男性が四人。そしてその男性達の後ろの壁際に祖母と、もう四人の女性が座っている。親戚だと言われていたが、火芽香にはどの人にも覚えがなかった。
「では、継承式を始めます。進行は私、銅剣一郎が務めさせていただきます」
四十歳前後の、これまた見知らぬ男性が立ち上がった。この人を入れると総勢十五名にもなる。予想より多人数で戸惑いがちの火芽香をよそに、継承式はスムーズに始まってしまう。
「まずは──音黄野璃光子」
「はぁい」
剣一郎なる進行役の男性が呼んだのは、火芽香の名前ではなかった。呼ばれて立ち上がったのは、火芽香の右隣に座っていた女の子だった。場に似付かわしくない、今風な女の子だ。髪は茶髪で、ゆったりウェーブがかかっている。顔は目がパッチリしていて可愛らしい感じだが、化粧が濃い。華やかな雰囲気をもっていて、タレントにいそうな感じだ。
璃光子なる女の子が剣一郎の前に立つと、式典らしいムードがぐっと増し、部屋中に緊張感が漂う。
「りみこ。君は今日から十六歳。音黄野家の当主となり、一門を率いる資格がある。心して務めなさい」
その、予想だにしなかった言葉に火芽香は驚愕する。
(『今日から十六歳』!?)
同じ年で、同じ誕生日。その子が今日同じように継承式を受けている。奇妙すぎる一致だ。
思わず祖母の方を見ると、祖母はどこか遠い目で璃光子を見つめている。何か、思い出に浸っているような顔だ。
しかし驚いたのは、火芽香だけではなかった。
「今日から十六歳って、あたしもなんだけど!?」
口を開いたのは、ショートヘアーでボーイッシュな女の子だった。だいぶ小柄で、パッと見はとても十六歳には見えない。
剣一郎はその少女を見ると、呆れた声で嗜めた。
「天蒼水青。継承式の最中だぞ。私語は慎みなさい」
「だって!」
水青なる女の子は威勢よく食らい付いたが、彼女の祖母らしい人に黙るように嗜められ、すごすごと腰を下ろす。その意気消沈な顔は、耳の垂れ下がった小型犬のようで可愛らしい。
剣一郎はこほんと一つ咳払いをすると、改めて仕切り直した。
「続けます。次は、緑御森風歌」
「はい」
火芽香のすぐ隣に座っていた、先ほど笑いかけてくれた女の子が立ち上がった。その拍子に、黒く長い髪がサラサラ揺れて、優雅さを感じた。育ちのよさそうなお嬢様といった雰囲気だ。
「ふうか。君も、今日から緑御森家の当主として、精一杯務めなさい」
「はい」
彼女からは、微塵も迷いや不安は感じられない。おとなしそうな顔をしているが、肝が据わっているのだろうか。凛として、当主の証である指輪を受け取っていた。
継承式では、指輪が渡される。なんの宝石かはわからないが、色のついた石がはめ込んである。先程の璃光子は、黄色い石の指輪を受け取っていた。風歌は、緑色の石だ。
継承式を済ませた風歌は指輪をはめながらこちらに戻ってくる。火芽香がぼんやりとその指に光る石を眺めていると、
「次は、赤地火芽香」
ふいに名前を呼ばれ、返事より先に立ち上がってしまった。
「あ……は、はい」
直立した体勢で、遅れて返事をする。そんな火芽香を見て、剣一郎は少し厳しい顔をした。
「落ち着いて、ここへ来なさい」
逃げ出したい気持ちを見透かされたのか、『来なさい』と言う口調に力が入っているように感じられた。
火芽香が恐る恐る剣一郎の前に立つと、剣一郎は突然優しげに微笑んだ。
「ひめか。君は辛い体験をしているね。しかし、この継承式が終われば、あの事件の真相もわかるだろう。これからは、赤地家と君自身の未来のことを考えなさい」
──この人は、あの事件の真相を知っている。なぜ……。
「は、はい……」
意味深なことを言われたのに、聞き返すのは怖い気がした。こういう時に妙に臆病風に吹かれて消極的になってしまうのは、火芽香自身も自覚している数少ない欠点だ。
何も言えないまますごすごと席に戻り、当主の証である赤い石の指輪をじっと見つめる。
──この継承式は、どこかおかしい。親戚で合同でやるにしても、全員初対面なんて不自然だ。それに、みな同じ誕生日だなんて、偶然にしても出来すぎている。
火芽香が少し恐怖を感じ始めた時、
「あなたも、何も聞かされてないの?」
隣に座っていた風歌が小声で話し掛けてきた。火芽香はハッと顔を上げて、同じく小声でひそひそと答える。
「え、ええ。あなたも?」
「うん。継承式があるとは聞いてたけど、こんなに多勢でやるとは聞いてなかったわ。それに、あなたも今日が誕生日なんでしょう? あの子も、あの子もでしょう? 不思議よね~」
そう言いながら璃光子と水青を見る風歌の目には、確かに疑惑の色が浮かんでいる。意外だった。微塵の迷いも見せなかった彼女も、何も聞いていなかったなんて。
「ふうか……さんは怖くないの?」
火芽香からすれば、思い切った質問だ。
しかし風歌は人差し指を唇に当てて、まるで先生に怒られてもケロッとしてしまう子供のような口調で答えた。
「ん~変だなとは思うけど、これが終わればまたいつも通りでいいんでしょ? だったら、大騒ぎしない方がいいかなって」
いかにもお嬢様らしい、従順な判断だと思った。
「最後は、気紫闇奈」
「はい」
火芽香と風歌が話してる間に継承式は進み、水青の番はいつの間にか終わっていた。
最後に呼ばれて立ち上がったのは、黒髪のセミロングの女の子で、長身ですらっとしている。つっぱっていたことがあるのか、そんな貫禄をもっていた。目は大きいながらもきりっとしていて、全体的にも整った顔をした美人だし、スタイルもいいからモデルみたいだ。
「あんな。君はすごく強くなった。私でももう敵わないくらいだ。その強さがあれば、気紫家を繁栄させることができるだろう。しかし、力の過信は禁物だ」
「ああ。わかってる」
美人が男みたいな喋り方をしたので、火芽香は驚いた。同時に、剣一郎と闇奈は知り合いのようだと感じた。
「当主としての証の指輪だ。つけなさい」
「指輪なんて気持ち悪くてつけらんねぇよ」
その美貌からは想像出来ない、ぶっきらぼうな言葉遣いだ。
「あんな。お前は元はいいんだから、もう少し女らしくしなさい」
「余計なお世話だ」
闇奈は黒い石のついた指輪をパッと引ったくると、指にははめずにそのまま席に戻って行ってしまった。
「なにあの子。今までに出会ったことないタイプだわ」
風歌の呟きに、火芽香も心の中で共感した。
闇奈が座ったのを確認した剣一郎は、一つ息を吐くと継承式を終えた五人の娘たちを見渡し、神妙な面持ちで口を開いた。
「さて、継承式は終わった。君たちは晴れて各家の当主となったわけだが、さっそく当主として行かなければならないところがある」
(叔父さんが言っていたところだわ)
火芽香はドキッとした。息を飲み、次の言葉を待つ。
剣一郎は娘達の顔を見ながら、何の躊躇いもなく不可思議な言葉を放った。
「君達には、地球から出て、ある惑星に行き、修業をしてきてもらう」
・・・・・・・・・・・・。
五人の娘たちはキョトンとしている。誰一人として、状況を理解している者はいなかっただろう。というか、どう反応したらいいのか分からないのだ。冗談なら笑ってやってもいいが、剣一郎の顔は冗談を言っている顔ではない。
「もちろん、君達だけではない。護衛がつくから安心しなさい」
そう言いながら剣一郎が指し示したのは、正面に座っていた剣道着を着た四人の男性だった。娘たちの戸惑いなど構わずに、剣一郎はその男性たちの紹介を始める。
「右から、銅剣助。私の倅だ」
紹介された剣助は、正座したまま軽く一礼した。
「隣は、金大牙。その隣は、鉄槍太」
剣一郎が指を差すのにしたがって、次々と同じように一礼していく。しかし何故か、みな無表情の俯きがちでこちらを見ようとはしない。
「そして、銀刀矢。彼は護衛役を務めるのは二回目で、唯一の経験者だ。何かと頼りになるだろう」
剣一郎は最後の一人を紹介し終えると、娘達に目を向ける。
五人の娘達は、この信じがたい話を終始ポカンとして聞いていて、誰も意義を唱えるものはいない。
その心中は共通して、
(この人なに言ってんの?)
といったところだろう。
「では、もうこんな時間だ。少し急いだ方がいいな。剣助!」
剣一郎が鋭く息子の名を呼ぶ。
呼ばれた剣助は無言で立ち上がり、背中に装備されていた剣を手際良くスラリと抜くと、床に向かって突き立てるように構えた。
「惑星へは、剣助が連れて行ける。では、みなが無事に修業を終えられるように──」
剣一郎がそう言って祈るように合掌すると、後ろに座っていた祖母たちも合わせて合掌する。まるで、死人に拝んでいるようで気持ち悪い。しかしそれを見て、誰もが冗談ではないことを悟った。
「ちょ、ちょっと待って! 聞いてないよ!」
言ったのは璃光子だ。
「そうだよ! ちゃんと説明してよ!」
水青も続く。
火芽香はおろおろして祖母を見たが、祖母は顔を上げようとはせず、まだ手を合わせ続けている。その姿に、嫌悪を覚えた。祖母はなぜ、今まで何も言ってくれなかったのか。今も何も言わずに、ただ手を合わせるだけなんて、非情ではないだろうか。
「質問は受け付けない。あちらに案内役が待機しているはずだから、あちらで聞きなさい」
剣一郎がぴしゃりと言い放つ。
あまりに冷たい言い方に、威勢のよかった璃光子も水青も絶句した。
風歌は今にも泣きそうな顔で口を押さえている。
闇奈はわかっていないのか、冷静な表情で一帯を見渡していた。
(どうしよう。本当に行かないといけないの?)
非行動的な火芽香は、ただグルグル考えるだけで、何も言えず、何も出来ないでいた。
窓の無い古めかしい部屋の中は一気に戸惑いで満たされる。そしてその空気は、剣助の動きを封じていた。
──本当にこんな状態で連れて行っても大丈夫なのか?
闇奈以外はみな悲愴な顔で動揺して、水青と風歌は涙まで流している。その光景を見て、剣助は床に剣を突き立てた体勢のまま躊躇している。
その迷いに気付いた剣一郎は、剣助を睨み急かす。
「構うな。剣助、早く行きなさい」
しかし剣助は踏ん切りがつかない。
「剣助!」
父の激が飛ぶ。それでも、剣助は動けずにいる。
そんな、誰もがどうしたらいいか分からずに戸惑っている、その時。
「おいババア」
それまで沈黙を守っていた闇奈が突然口を開いた。その声に、合掌していた女性の一人が顔を上げる。闇奈の祖母のようだ。
「そこに行けば、全てがハッキリするんだよな?」
闇奈は祖母を真っ直ぐ見ている。言われた祖母は、表情一つ変えずに静かにゆっくり頷いた。
「へぇ。そうかい」
闇奈はニヤリと笑みを浮かべ、そしてサッと指輪をはめると、ツカツカと剣助のもとへと歩いて行く。そして、切っ先を床に向けたまま躊躇して固まっている剣助の拳の上に手を添えると、余裕綽々に笑みを浮かべ、低い声で言った。
「じゃあ行こうぜ。けんすけ」
次の瞬間、闇奈は力を込め、剣を床に突き刺した。




