“二回目の夜”
無事に食事も終わり、後はもう寝るだけとなっていた、そんな夜分。宿泊先の家では──
「あれ、密月、お前もここで寝んの?」
床に布団代わりのシーツを敷きながら、剣助は寝具を手に立っている密月に言った。
密月も寝床の準備を始めながら、ああと答える。
「っていうかここは元々は俺の家だぜ。ガルとパウとは同居してたんだ」
「どうりで」
剣助は、テーブルの上に並べられている3つのマグカップを見ながら頷いた。そんな時、
キャハハハ……
隣の部屋から女達の笑い声が聞こえる。部屋はドアで仕切られてあるが、ちょっと大きな声を出せば筒抜けだ。
(何か、こういうのってある意味ヤバイよな。さっき仮眠とったからあんま眠くねぇし。あーこのままじゃまた寝不足だ)
姿が見えないと、色んな妄想が浮かぶものだ。剣助はドアの向こうの火芽香を想像し、一人で照れている。
そんな剣助の横を、普通にスルーして行く男がいた。
「なんか楽しそうだな。ちょっと行ってくっか」
密月はドアの方へとスタスタ歩いていく。
「え!? ちょ、ちょっと待て! 待てって!」
剣助が言うと同時に、大牙が密月の腕を掴み、引き止めた。
「ダメですよ! 勝手に入っちゃ」
大牙は言うが、密月はキョトンとして全く的外れな価値観を披露した。
「なんで? 寝る時だけ分ければいいんだろ?」
「い、いや、そういう問題じゃ」
伝わらない常識に大牙が困り果てていると、
「い~ね~密月に便乗しちゃおっかな」
槍太がわざとらしく煽ってきた。その不謹慎さに、剣助と大牙が同時に睨み付ける。
槍太はそんな視線を楽しむようにニヤついて、更に面白がってからかう。
「わかった。大牙、風歌ちゃんが心配なんだろ? 剣助は闇奈か?」
「バ! バカなこと言わないで下さい! 頼みますよもう~!」
昨日からからかわれっぱなしの大牙は、恥ずかしくてしょうがない。
「な、何で俺が闇奈だよ!?」
剣助はすかさず否定するが、槍太は更にニヤける。
「なんだよ~あんなに仲いいじゃんか~」
「ふざけんな仲悪いんだよ!」
全力で否定する剣助に、またしても密月が非常識な事を言う。
「おいおい、今まで恋人だったんなら仕方ねーけど、これからは潔く手を引いてくれよな。闇奈は俺と婚約したんだから」
ずっと巻き込まれないように気配を殺していた刀矢を含めた全員の視線が密月に集まった。
「婚約? いつの間に?」
そう呟く刀矢の表情は強張っている。
(いつの間にって。聞きたいのはソコかよ? ふつう疑うのが先じゃね?)
疑問どころがおかしいので、槍太は怪訝な表情で刀矢を見た。
「さっきだ。ほら、約束の時間に遅刻しただろ? あん時だよ」
密月は嬉しそうに言う。
護衛衆全員の考えは同じだった。まさかあの時二人きりで何か間違いが? いやしかし、あの闇奈に限ってそんなことあるはずない。
「いやいやいや。なんかの間違いだろ」
槍太が言うと、皆もうんうんと頷いている。
密月はムッとした顔をして、
「ウソじゃねぇよ。ちゃんと約束したぜ。闇奈はまたここに帰ってくるって言った。なんなら聞いてみてもいいぜ?」
と言って腕を組む。
何か勘違いしてるはずだが、またここに帰ってくると言ったのは本当だろうか。あの時一体、何を話したというのか。知りたくなってくる。
「信じねぇなら聞いてみようぜ。そのぐらいならいいだろ?」
密月が待ちきれない様子でドアに向かうと、
「わ、わかった。でもちゃんとノックしろよ。ドアをこう、叩くんだ。軽くだぞ」
剣助はジェスチャーでノックを教え、女部屋への入室を許可した。
密月は言われた通りにしてドアをノックし、やや大きな声で呼び掛けた。
「闇奈。ちょっと話があんだけど、出てきてくれよ」
闇奈はすぐにドアを開けて顔を出す。
「密月。なんだよ」
「ちょっとな。コイツらがどうしてもお前から聞かねぇと納得いかねっつーからさ~」
「……なにが」
「ほら、さっき、ガルとパウの墓で話したことだよ」
密月は急に照れた様子で頭を掻き始めた。
闇奈は意味がわからないといった顔で目をパチクリさせている。
その様子を見た槍太は、
「ほら~やっぱ密月の勘違いなんじゃん?」
と呆れたように言って頭の後ろで手を組んだ。
「そんなことねぇって! なぁ? 闇奈、俺たち婚約したよな?」
密月のその言葉に、闇奈の背後にいた女たちも驚く。しかし、闇奈はまだ目をパチクリ。
(なにを言ってるんだコイツは。墓で? そんな話したか?)
闇奈は表情を変えずに、密月の勘違いの原因を突き止めようと記憶をたどっていた。
その無言のリアクションを肯定とみなした密月は、笑顔満面に、
「ほら~否定しないだろ? 言った通りだろ?」
と言って闇奈を指差しながら自慢げにニヤついて男たちを振り返り見る。
しかし、闇奈の心の中は冷えきっていた。
(璃光子にしても密月にしても。なんでこう浮いた話ばっかしたがるんだ? ……もうどーでもいいや)
面倒くさくなった闇奈は話を切り上げようと、ドアノブに手をかけながら密月を睨むと、
「いいから、もう寝ろよ」
それだけ言ってドアを閉めてしまった。
「なんだよ闇奈のやつ。照れてんのか?」
無愛想な闇奈の態度に、密月は首を傾げる。
しかし、密月の言葉を否定しない闇奈に、護衛衆の男たちは驚いていた。
今の態度だけを見れば、肯定していると見えなくもない。
「え、マジ?」
槍太は苦笑いし、他の男たちは呆然としていた。
一方、隣の女部屋では、質問攻撃が始まっていた。
「闇奈! 今の本当?」
「何がどうなればそんな展開になるの? 昼間戦って、夕方にはもう婚約するなんて!」
水青と璃光子は驚きの中に笑いが混ざったような顔で興奮している。こういう話は大好物だ。
「お前ら、父親探しに来てんじゃねぇのかよ。こんなんで騒いでる暇なんかねぇだろ。それより四色の逃げた本当の理由を考えようぜ」
闇奈は照れるわけではないが、こういう話は苦手だった。話を逸らそうと四色の話題を持ち出したが、
「闇奈こそー。さっき刀矢さんに偉そうなこと言っといて、ちゃっかり結婚まで決めちゃってさ~」
と璃光子に遮られた。
「でもこれってなんて言うのかな? 国際結婚? じゃないよね?」
と水青が首を傾げると、璃光子も困った顔で、
「え、惑星際……宇宙際? なんだろ。わかんない」
最後には肩をすくめて首を振ってしまった。
そんな二人のやりとりに、風歌と火芽香は苦笑いするだけだった。
すると、仏頂面で黙っていた闇奈がキッと璃光子を見て、突然叫ぶ。
「うるせえなもう! パンダみてえな目ぇして騒ぐな!」
その闇奈の失言に、風歌と火芽香はギョッとした。
言われた璃光子は目をパチクリ。
「え、パンダ?」
と言って一瞬とまどったが、次の瞬間にはその言葉の意味を悟り、急に慌てふためき始めた。
「鏡! 鏡ないの!?」
部屋の中の戸棚や引き出しなどを片っ端からひっくり返している。
そう。璃光子のメイクはもう、2日も放置したので見るも無惨になっていたのだ。本人もすっかり忘れていたようだった。
「り、璃光子。大丈夫だよそんなにひどくないよ」
水青の気休めの言葉に耳を傾けることもなく、璃光子は相変わらずヒステリック気味に粗探ししている。
「やだ~! こんな顔で今までいたなんて。そういえば、お風呂も入ってないし!」
璃光子のその言葉に、女のキレイ好き心が目を覚ました。
「そうだね。お風呂入りたいよね」
風歌が火芽香を見ながら言うと、
「これから先も長いなら、入っておきたいですよね」
火芽香も力強く同意した。
「ここ町だし、お風呂屋さんあるんじゃない?」
水青がピョンと跳ねながら言うが、
「宿屋も無いのにか? 銭湯なんて」
闇奈が冷静に否定する。
しかし、璃光子は激しく首を振って、
「でもいや! せめて顔ぐらい洗いたい!」
顔を隠してテーブルに突っ伏してしまった。
しかしその言葉で、全員の気持ちは一つになった。
──お風呂に入りたい!




