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“真相”


「よ、四色(よしき)さんが……逃げた?」


 仮眠明け、30分後。


 ロイダから四色の失踪を告げられた刀矢(とうや)は、顔面を蒼白にして、今にも倒れそうにフラリとよろけた。


「ああ。止めたんだが、無駄だった。……今から2時間ほど前に出ていったぞ」


 それを聞いて、四色を探しに行こうと部屋を出掛かっていた剣助(けんすけ)が、ピタリと足を止める。


 そんな剣助の横を、複数の足音がバタバタと擦り抜けて部屋へ駆け込んできた。


「刀矢さん! ダメだどこにもいない!」


 息を切らせた槍太(そうた)が叫ぶ。その後ろでは、大牙(たいが)と女たちも同じように肩を上下させている。


 約束の時間になっても闇奈(あんな)の姿が見えない為、皆で探しに出ていたのだ。


「四色さんに闇奈に……一体どうなってるんだ」


 行方不明者が二人もいるというこの最悪な状況。刀矢が胃の痛みを感じると同時に、部屋全体に混乱と焦りの空気が漂い始める。


「もしかして二人で先に行っちゃったのかな!?」


「そんなわけないじゃない! なんで闇奈が四色なんかと」


 水青(みさお)璃光子(りみこ)が問答し、


「とにかく、もう少し探してみた方がいいんじゃないでしょうか」


 火芽香(ひめか)は無意味に部屋の中を見回す。


 そして、行方不明者がもう一人いる事に気が付いた風歌(ふうか)が、


「そういえば、密月(みつき)もいなくない?」


 こう言った瞬間、場が凍り付いた。


 全員の脳裏に、まだ恨みを持った密月が闇奈を襲う姿の想像図が浮かぶ。


 不吉な想像に、全員が息を止めていると、


「密月は潔い男だ。想像してるようなことは起きないだろう。むやみに捜し回るより、ここで待っていた方が得策だ」


 ロイダがフォローを入れた。


 と、ちょうどその時、


「わりぃわりぃ! 待たせたか?」


「わりぃな。闇奈借りちまって」


 闇奈と密月が走ってきた。


 ほとんどのメンバーが安堵の溜め息をもらす。が、刀矢だけは怒りのゲンコツをかました。


「心配させるな! どれだけ探したと思ってんだ! 密月! むやみに連れ出すのはやめてくれ!」


「す、すまねぇ」


 その刀矢の剣幕に、密月はたじろいだ。やはり刀矢が怒ると意外性があって、怖い。


(コイツこん中で一番凶暴じゃねぇのか?)


 と、刀矢の普段の優しさに胡散臭(うさんくさ)さを感じながら、闇奈は不機嫌そうに殴られた頭を擦っていた。


「ま、まあまあ、無事でよかったじゃないですか。よ、四色さんはまだかな~?」


 大牙が言うと、刀矢の鼻息がピタッと止まった。


 黙って俯いてしまった刀矢に見兼ねて、ロイダが代わりに口を開いた。


「四色は、お前達に同行するのはやめた。これからは、お前達だけで行くことになる」


「は?」


 一同は目を丸くしていた。話があまりに急過ぎて、状況が飲み込めない。


 それらの視線とかち合わないように、ロイダは少し目を伏せてから続ける。


「四色は、もうお前達を束縛する気はないようだ。地球へ帰る魔方陣(まほうじん)は城にしかない。修行を続けるかどうか選んで、城へ向かうといい」


「修行、もうしなくていいんですか?」


 全員がポカンとしている中、火芽香が落ち着いた口調で聞き返すと、ロイダもゆっくり言い聞かせるように答えた。


「お前達次第だ。やりたくなければ、やらなくていい。もう監視役の四色はいないからな」


「なんで急にそんな事に?」


 璃光子が困惑した表情で問うと、ロイダは哀愁(あいしゅう)を含んだ瞳で璃光子を見つめた。


 これから話すことは、確実に彼女を傷つけることになる。


 しばらく躊躇(ちゅうちょ)を見せていたロイダだが、やがて、これでいいのだ。と自分自身に言い聞かせると、決心をつけて口を開いた。


「そもそも、どうしてこんな伝統ができたのか。まずそれから話そうか」


 ──璃光子には、嘘をつかないと決めたのだから。


多色魔導士(たしょくまどうし)という言葉を知っているか? 我々のように、黄魔法(おうまほう)しか使えない魔導士のことを、一色魔導士(いしきまどうし)という。それに対し、二色以上操ることができるのが多色魔導士。四色(よしき)五色(ごしき)もそれだ」


 火芽香は、ゴロツキ達との戦闘の際、風と光を同時に操ってみせた四色を思い出した。


「多色操れる者はほとんどおらず、今はもう王家にしかいない。何百年か前に、多色魔導士狩りがあってな。従わない者は殺し、従う者だけを城で高い地位につけて雇ったんだ」



 それを聞いていた密月は、悔しそうに唇を噛んだが、それは誰にも見られていなかった。



「その多色魔導士の頂点と言われている、『七色(ななしき)』という存在がある。この七色は、星を滅ぼすことも、死んだ者を生き返らせることも出来ると言われている。伝説的な存在で、私も見たことはない。四色も見たことはないハズだ。……お前達は、その七色になるように代々『交配』されてきた末裔なのだ」


「こ、交配!?」


 人間の生殖を表現するにはあまりにも不適切な言葉に驚いた剣助が、すっとんきょうな声をあげた。


「言葉は悪いが、その通りだ。お前たちの家は代々このアシュリシュへ来て修行をし、力をつけ、強い魔導士と子供を作り、その血を強化していった」


 この事実に、雰囲気でショックを受けていることは空気で感じ取れるが、ロイダは璃光子の顔を見る事が出来なかった。


「交配ねぇ。私らは野菜か競争馬か? 人間のする事とは思えねぇな」


 闇奈が大きな溜息と共に、呆れたように椅子にドサッと腰を落とした。


実はこの事に薄々勘づいていた闇奈だったが、その真意に失望していた。


「じゃあ……じゃあ、誰かも分からない人と結婚させられて、子供生まされるの? お婆ちゃんもお母さんもそんな目に? 嫌! 絶対イヤ!」


 璃光子が激しく首を振る。


「でも、もうそんな事はしなくていいんですよね? 選べるって……」


 火芽香は縋るようにロイダを見る。


「確かに選べる。望まないのであれば、力をつけなくていい。そうすれば、交配は中止されるだろう。

しかし、その状態で城へ行っても、すんなり地球へ帰してくれるとは思えん。恐らく、そこで戦う事になるだろう。さっきも言ったが、城には多色魔導士が集まっている。殺される事はまず無いが、勝ち目はほとんど無いな」


「じゃあ、やっぱり修行はした方がいいのね」


 風歌は溜息をついた。



 そう。修行は、避けてもどうにもならない。しかし、大事なのはそこからだった。



「修行をしていくと、お前達の誰かが七色(ななしき)になる可能性が高い。歴代に無い力を、お前達は持っている。恐らく、当代で七色の完成だ。そうなると、五色が七色を手放すとは思えん。全力で拘束にかかるだろう。その時、お前達は戦うか?」


「え……」


 意外な質問に、皆、目を丸くし、女達は顔を見合わせて相談を始める。


「そりゃあ、帰さないって言うんなら」


 と言いながら璃光子は、同意を得られそうな水青(みさお)に目を移すと、


「ケンカはよくないけど、やるしかないよねぇ?」


 水青は璃光子にウンウンと頷き返した。


「やっぱり、友達やお婆ちゃんと離れるなんて出来ないよ」


 風歌は困ったように涙ぐむ。


「でも、私達で完成なら、もう子供を作る必要もないんじゃないですか。それでも帰してくれないんですか?」


 と、火芽香は冷静に考えている。


「そもそも、五色って奴は、七色で何をするつもりなんだ? その目的次第だろ?」


 と、更に冷静な見解をしているのは闇奈だ。それに、火芽香は感心しながらもっともだと頷いた。


「そうですね。目的を果たしたら、すんなり帰してくれるかもしれませんね」


 それを聞いた璃光子が、少し焦ったようにロイダに疑問を受け渡す。


「ロイダ、五色の目的は何?」


 全員が一斉にロイダを見る。


 ロイダは、急に集まった視線にやや萎縮しながらも、しっかりと答えた。


「ある女性を、生き返らせるつもりだ」


 だが、これ以上は言えないのだ。


 今、サキについて詳しく説明なんかしたら、剣秀(けんしゅう)が目覚めてとんでもない事態になるかもしれないからだ。


 そんなロイダの心中分かるはずもなく、女達は拍子抜けしたような顔になった。


「なんだ。星を滅ぼせって言われたら戦うつもりだったけどな」


 と、闇奈は呆れたと言うように頭の後ろで手を組む。


「じゃあ、その女性を生き返らせて、そしたら地球に帰っていいんですね。よかった」


 火芽香がそう言うと、ホッとした様子で女達は微笑んだ。



 まだ誰も、事の重大さがわかっていなかった。


 七色になるということは、サキを蘇らせるということは……どういう事なのか。



 ロイダは迷った末、


「五色と七色の戦いは、星に多大なダメージを与える程になるだろう。お前達が望むなら仕方ないが、できれば避けねばならないことだ」


 とだけ言うと、後は何も言わないことにした。


今、ここで何かあると、璃光子の命に関わるかもしれない。


(四色。お前のことを責める資格はないな。私は星の『未来』より、璃光子の『今』を優先してしまった)


 ロイダが自嘲(じちょう)気味(ぎみ)に反省していると、


「で、四色は何で逃げたんだ?」


 不意を突くように、闇奈が核心に触れた。


「四色は、五色に忠実な男だった。口を割るのが耐えられなかったらしい」


 とロイダはすぐに返したが、闇奈は冷たい視線でロイダを見返し、聞き返す。


「へぇ。ホントにそれだけか?」


「……そうだ」


 その、人の心を見透かすような闇奈の視線にロイダは焦る。


しかし、言えるわけない。「そこの(あかがね)剣助(けんすけ)は、(あかがね)剣秀(けんしゅう)の生まれ変わりだから四色は逃げたんだ」など口が裂けても言えない。


ロイダは音を立てないように唾を飲んだ。


 と、そこで、


「でも、何で私達のご先祖様がその~交配に選ばれたの?」


 水青が珍しく(まと)を得た質問をした。


 確かに。交配に使う地球人の人選はどのようにして決められたのか? 謎だ。


 皆も、そうだなと感心したように頷き、ロイダを見る。


 ロイダは、さっきからよく集まってくる視線に痛みを感じ、軽く目を伏せる。


「過去に、日本人と黒魔導士(くろまどうし)との間に六色(りくしき)が生まれた事があるからだと聞いている」


 一応オブラートに包んだが、今のはサキをほのめかす言葉だ。思わず剣助を見る。


 剣助は、別段変わった様子も無く、普通にロイダの話を聞いていた。


(よかった。そう簡単には目覚めないようだ。しかし、この話は危険だな)


 そんなロイダの心中察するはずもなく、水青(みさお)は更に質問をぶつけた。


「日本人にしても~。何で私達のご先祖様が選ばれたの?」


「そ、それはだな……」


 知らないと言ってしまえばいいのに、生真面目なロイダだった。



 実は、彼女達の祖先は、サキの母親──アキの弟妹達だったのだ。


 10人にも及ぶ兄弟姉妹の長女、アキは、強い霊力を持った巫女だった。


その力を見込んだ一人の黒魔導士がアキに惚れ、求婚した。もちろん、隠密に。


 猛アタックの末、その黒魔導士の恋は実り、アキは神隠しにあったと偽って地球を出て嫁入りした。


親、兄弟姉妹、そして、以前から守衛として仕えていた(あかがね)家以外は、誰も知らない秘密の結婚だった。


 そしてサキが生まれ、六色(りくしき)となり、アシュリシュで絶対的な権力を誇ることになる。


 しかしサキが死に、もう一度強い魔導士を生み出すために、アキの弟妹を使って交配することになったのだった。


 当時の弟妹らはすでに50歳を超えていたが、そこはアシュリシュ。時魔法(ときまほう)で若返らせ、実行した。


 ──つまり、彼女達は、遡れば『従兄(いとこ)同士』ということになる。



 その話のどこまでが暴露可能なのか、ロイダは図りかねていた。


 すると、璃光子がニヤニヤしながら、


「わかった。ロイダ、知らないんでしょ? 四色と違って下っぱだから、あんまり詳しく知らないのね? いいよ! 知ったかぶりだけはやめてよねっ」


 と、したり顔でロイダの肩をちょんと小突いた。


(助かった。と思うのは卑怯だが)


 ロイダは苦笑いを浮かべたが、お陰で話をしなくて済んだ事にホッとし、そのまま黙って俯いた。


 すると、珍しく控えめな口調で璃光子が続けた。


「ロイダ。あのね、私、ちょっと聞きたいことがあるんだ」


 ロイダは、ん? と顔を上げる。


「あの、怒らないで聞いてよ? どうして、私に血縁者だってこと言ってくれたのに、何で最初冷たかったのかな~って」


 璃光子は俯きがちに、モジモジと頬を掻きながら、チラチラとロイダや皆の顔を確認している。


私的な質問をするのが何だか悪いような気がして、落ち着かないのだ。


 ロイダは少し微笑んで、璃光子の傍に寄り、手を握り、その手を引っ張るように胸の高さに上げた。


母親が子供に言い聞かせる時のような感じだ。


「お前を見た時、正直胸が躍るようだった。夢にまで見たことだった。でも、実は私は妬いてたんだ。光紗江(みさえ)と共に過ごし、生きてきたお前に。私がどんなに懇願しても、光紗江は振り向いてくれなかった。そんな光紗江に、恨みを抱いていたりもした。どうして私と一緒に逃げてくれなかったのかと……。大人気(おとなげ)ないだろう? 500年以上も生きてるのにな」


 ロイダはそう言って、口だけで微笑んだが、目には悲しみが浮かんでいる。


 誰も、ロイダを笑う者はいなかった。


五色によって運命を歪まされた被害者である事に、自分達と相違ない。


「不安にさせてすまなかった。これからは、お前の祖父として精一杯役立たせてくれ」


 ロイダは慈愛を感じさせる微笑みを璃光子に向けたが、璃光子は苦い顔。


「なんか、その顔で祖父とか言われても。ビミョー……」


 こんな見た目若い男を、『お爺ちゃん』なんて寝ぼけてても呼ばないだろう。



 璃光子のごもっともな感想に、全員の顔には明るい笑顔が表れた。



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