“闇奈の逆襲”
「な、何いってんだ、どういうことだ?」
密月に『手を付けられそう』になっている闇奈は、必死に抵抗していた。
膝で横腹を蹴ろうとバタついてみたり、掴まれている手首を力一杯回してほどこうとしてみたり、色々やったが、どれも効かなかった。
とにかく、密月の力は強い。
密月は相変わらず涼しい顔で闇奈の抵抗を受け流し、マウントポジションを陣取ったまま憎々しげに闇奈を見下ろしている。
「暴れたって無駄だ。月族の力は並じゃねぇ。てめーみてーな地球の女が逃げられると思うな」
その強過ぎる力に、闇奈は恐怖を感じた。
命を狙われる覚悟はしていたが、体を狙われるということは予想していない。
滅多に恐怖を感じない闇奈だったが、欲情した男の視線はどことなく気味が悪く、恐かった。
闇奈が恐怖に身を竦めたのをいい事に、密月はブラウスのボタンを外しにかかる。
もうパニックに陥りそうで、現実逃避をするようにギュッと目をつぶって密月の視線から逃れた。
《力の過信は禁物だ》
継承式で言われた、剣一郎の声が響く。
(ちくしょう。そうだ。過信してたんだ。気功術さえあれば絶対勝てるって……くそ)
そう思った瞬間、闇奈の瞼の裏に雷のように閃光が走った。
そう──『気功術』。
一番の武器があった事を思い出した闇奈は、冷静さを取り戻し、自身の手首と、それを拘束している密月の手の平の隙間に『気』を溜めるように、意識を集中する。
「ん?」
闇奈の手首が急に太くなったような違和感を覚えた密月が、顔を上げて手首に目をやる。
──狙い通り。
その隙をつき、闇奈は腹筋の要領で勢いよく上体を起こし、密月の顔面めがけて思いっきり頭突きしてやった。
「!!! って!」
密月は面食らってのけぞり、クリーンヒットした鼻を押さえるために手を離した。
(ぃよし!)
心の中でガッツポーズを決めた闇奈は、思い切り拳を振り上げてアッパーをガツンと食らわすと、よろけた密月の下からすかさず抜け出し、立ち上がりざまに側頭部につま先をめり込ませて頭を床に叩きつけるように蹴倒した。
それら全てがヒットした密月は、痛みに悶えて呻いた。
力は強いが、打たれ強いわけではない。しかもやられたのは頭だ。もう容易には立てない。
「ぐ……なんて重い蹴りだ……」
側頭部を抱えるように押さえながら、密月は悔しそうに呻いた。
闇奈はまだ殴り足りない気分だったが、今は急いでここから出なければならない。とにかく入り口を塞ぐ岩をどうするか考えた。
と、丁度その時、
「密月さん! 外でボスが誰かとやり合ってます!」
慌ただしく駆け込んで来たのは、部下のガルとパウだった。
二人は闇奈を見るなり、
「あ! 美人さん。お早うございます」
と敬礼している。どうやら副総長の女と勘違いしているらしい。
そこで、ふと闇奈は気付いた。
(入り口は岩で塞がっていたハズ。なのにコイツらはすんなり入ってきた。……あの川の岩も、実体がなかった。これはまやかし? コイツらの『術』か?)
川で見た岩も、入口を塞いでいた岩も、実体のない作り物だと気づけたのだ。
「タヌキ野郎が……ふざけやがって」
闇奈の怒りのボルテージは、最高潮だった。
しかしガルとパウは、この恐ろしい女を怒らせたなんて事には気付かない。
闇奈の足元にうずくまっている密月を発見すると、ギョッと目を見開いて駆け寄ってくる。
「み、密月さん!? どうしたんですか!?」
そんなボケコンビ目がけて闇奈は勢いよく走り出すと、『気』を地面に向かって撃ち、その衝撃を利用してポーンと高く飛び上がり、二人の頭上を越えて入り口の方へと落ちていく。
これは恐竜の頭に乗った時と同じ方法で、最大20メートルほど飛ぶことができる。
「!? おい待て!」
おろおろしながらも、ガルとパウが腰から短剣を抜き、空中の闇奈に怒鳴る。
「言われなくてもこっちから行くぜ!」
闇奈は着地を待たず、空中で逆さまの状態から手の平を二人に向け、『気功弾』を撃つ構えをとる。
照準を密月とガル&パウの間に合わせると、怒りの赴くまま大きめのを思いっきり撃つ。
「な! なんだ!?」
「密月さん! 逃げっ──」
ドォオオオン──
気功弾は地面にぶち当たった瞬間破裂し、衝撃波となってそこにいた三人を吹っ飛ばす。
それぞれ壁に強く打ち付けられ、三人は動かなくなった。
「スッキリしたな」
闇奈はそう吐き捨てると、まやかしの岩がきれいに消えて無くなっている入り口を駆け抜けて、外へと急いだ。




