“五色”
闇奈は、密月と睨み合っていた。
密月は退路を塞いだポジションに立ったまま、一向に動こうとしない。
闇奈は構えを解かずに、密月が動くのを待っている。
闇奈が取得している武術である気紫流古武術は、基本、相手の攻撃をこちらの攻撃に変換する合気道の原理に似ている。それ故に、こちらから仕掛けることはあまりない。
それを知ってか知らずか、密月は動こうとしない。
──読まれてるのか?
闇奈が少し焦り始めた時、密月はふっとバカにするように笑って口を開いた。
「いい度胸だな。ここは黄魔導士の修験洞だぜ。いわば、黄魔導士の聖地だ。ここでは黄魔法の威力が倍以上になるんだ。黒魔導士のお前が勝てるわけねぇだろ?」
聞き覚えのない言葉の連続に、闇奈は眉をしかめた。
「何の事だか知らねぇが、私が負けることはない。早くやろうぜ」
意外な反応に、密月は目を丸くした。
(知らない? コイツ本気か?)
嘘にしてはあまりにもお粗末だし無意味だ。知らないふりをしたところで形勢逆転するわけじゃない。こんなバカげたことを言う闇奈の愚かさに、密月は少しあきれた。
「何しらばっくれてんだ。お前は闇と死を操る、黒魔導士じゃねぇか。頭殴られて忘れちまったのか?」
嘘つくなと言わんばかりの顔で密月がそう言い放った瞬間、闇奈は目を見開いた。
(え、『死』? それは聞いてねぇぞ)
「死って、あの、死か? 死を操るってどういうことだ?」
闇奈は構えを解いてはいないものの、隙だらけになって呟いた。
自分が操るのは『闇』だけだと思っていたのに、『死』までとは。あまりにも暗すぎるラインナップにショックが隠しきれない。
(なんだコイツ。本当になにも知らないのか?)
闇奈の愕然とした様子を見て、本当に知らないのだと判断した密月は、逆に弱点を見つけたような気になって得意になった。
「もっと知りたかったら教えてやるよ。まあ、まずは名前でも聞かせろよ」
しかし闇奈は黙っている。
密月は軽くため息をついた。
「ガードが固いな。わかったよ俺からな。俺は、密月。このカサスで副総長してんだ。名前ぐらい減るもんじゃねぇんだ教えろよ」
そう言われた闇奈はとりあえず要求に答えることにした。自分の能力についてもっと教えてくれるかもしれないと思ったからだ。
「気紫闇奈……」
しかし、闇奈が名を告げた次の瞬間、密月は血相を変えた。
「オキムラ!?」
そして闇奈の顔を鋭い視線で射抜くように見ながら、呟くように言った。
「そうかお前か。五色が可愛がってる地球人は」
そうドスを効かせている密月の瞳には、強い憎しみが浮かんでいる。
その只ならぬ殺気に、闇奈は警戒を強める。
(ゴシキ? 何のこと言ってやがる)
一気に張り詰めた空気に困惑しながらも、身を硬くして密月の動きを待つ。
対する密月は急に無表情になり、視線は闇奈に固定したままスゥッと軽く片手を挙げる。
その直後、部屋に大きな変化が起こった。
ゴゴゴゴ──
やたら重たいすりこぎとすり鉢が擦れ合っているような音がしてきたかと思ったら、大きな岩が突然落ちてきて、入り口をスッポリと塞いでしまった。
「なっ!?」
──閉じ込められた。
どういう原理で岩が出現したかは、もはや問題では無い。とにかく退路を塞ぐという卑怯なやり方に、闇奈は怒り心頭だった。
しかし、闇奈に強く睨まれても、密月の無表情は変わらない。
「目的変更だ。お前をここから出すわけにはいかねぇ」
密月がそう言った次の瞬間。音もなく、洞窟内はまばゆい白い光で埋め尽くされた。
「うっ!」
闇奈は咄嗟に顔を横に向ける。しかし目を閉じて、更に手で覆っても眩しいくらいの光だ。
実は、暗いところでも目が見える闇奈は、反面、眩しいのが極端に苦手だった。この状況下では手も足も出ない。
だが次の瞬間、いつの間にか接近していた密月が闇奈の両手首を掴んで勢いよく引き下げ、床に叩きつけた。
何も見えない闇奈は為す術もなく仰向けに倒れ、手は頭の上に押さえつけられた。
その時もう光はおさまっていたが、まだ視界は回復しない。闇奈は目をつぶったまま口だけで悪態をつくのが精一杯だった。
「卑怯な奴……」
「早くやろうっつったのはお前だろ」
すかさずそう返した密月は、闇奈の両手首は片手だけで拘束し、もう片方の手で闇奈のブレザーのボタンをはずし始める。
「!!!?」
闇奈は究極に驚いた。自分が予想していた攻撃とはあまりにも違ったからだ。
「な、何すんだ!」
足をバタバタさせて抵抗したが、密月の力は相当強い。体勢が覆せない。
密月は涼しい顔で闇奈の抵抗をかわし、瞳には憎しみを顕した。
「俺は五色を許さねぇ。あの独裁者の鼻を明かしてやるには、お前らに手ぇ付けてやるのが一番なんだよ」
『手を付ける』
その言葉の意味を把握した瞬間、闇奈は冷静ではいられなくなった。




