“アシュリシュの王”
闇奈が密月と対峙していた、その頃──。
火芽香たち修験者一行は、足跡を追って歩いていた。
足跡を発見してから脇目も振らずに歩き続け、数時間が経っていた。まだ闇奈に追いつけないのかと、焦りが出始めた時、槍太が前方に何かを発見したようだ。
「町みたいのが見えて来たぞ。あれは?」
それに答えたのは四色ではなく、意外な人物だった。
「カサスだ。璃光子の修験洞がある」
町についての説明が刀矢の口から出てきたのに驚いた火芽香は、
「刀矢さん知ってるんですか!? だったら何でもっと早く言ってくれなかったんですか!」
珍しく怒鳴った。
その剣幕に、刀矢はたじろぐ。
「ご、ごめん。何しろ、11歳の時のことだから思い出すのに時間がかかって……」
そう言う刀矢に、剣助は軽く感動していた。
剣助には、剣吾という12歳になる弟がいる。
その剣吾より小さい時にこんな所へ来て、護衛衆なんて任務をこなしていたんだと思うと、尊敬の眼差しを送ってしまうのだった。
そこで、璃光子が口を挟んだ。
「私のシュゲンドウって何?」
「お前が修行をするところだよ。ここへ来た目的はそれだろう?」
答えたのは四色だった。
言われた璃光子は、嫌なことを思い出したように、ああ、と呟き頷いた。
「修行をすれば、魔力をより強く得ることができるんだ。今回は璃光子が一番のりかな」
刀矢が励ますように言うが、璃光子は不安そうに目を泳がせた。
直後、ふと足を止める四色。全員にも止まるように言い、深い溜め息をついた。
「さて。ここで一度考えねばならん。このままカサスに行っても、すんなり入れんからな」
全員が立ち止まって四色を見る。緊急会議だ。
刀矢は11歳の経験を思い返し、四色に問う。
「前回は確か、カサスの町長が案内してくれましたよね? あの人はどうしたんですか?」
四色は深刻な顔で答えた。
「実はここ10年で、カサスは盗賊団に占領されてな。町長は殺されたんだ。だから今、町がどうなっているか。私にもわからん」
「そ、そんな怖いじゃん!」
そんな町で修行をしろと言うのか。と璃光子は身震いした。
「しかも、盗賊団は国家反逆者だ。王家勤めの私を受け入れるとは思えん。だから出来ればここは後回しにしたかったのに、お前達があんな所に落ちるからこんな事に……」
ブツブツ文句を言い始める四色に、呆れた視線が集まる。
──だったらもっとしっかり引率してくれよ。
と数人が思った。
しかし、火芽香だけは『王家勤め』という言葉に疑問を感じ、
「もしかして、四色さんは王様の命令で案内役を?」
内心まさかと思いながらも聞いてみた。
四色は一瞬しまったといった感じで目を少し見開いたが、すぐに感心したように微笑み頷いた。
「そうだ。お前たちの修行は、国家が補助しているんだよ」
刀矢以外、全員が驚いた。
「理由は昨夜闇奈にも聞かれたが、まだ言えん。
だが、王の名を明かそう。現在、王の座には五色様が就いておられる。もう800年になるか」
「は、800!?」
ケタ違いの年数に剣助が驚きの声をあげる。
「何も驚くことはない。私も1000年近く生きているぞ。ここは魔法の星アシュリシュだからな」
さも当たり前のように四色は言うが、皆は納得のいったような信じられないような不思議な顔をしている。
いくら魔法の星と言っても、寿命までケタ違いなんて理解し難い。
「四色に五色。なんかみんな似たような名前だな」
覚えるのが嫌になってきた槍太は、頭を掻きながら面倒臭そうに言った。
「それは名前では無い。魔法の力量で、呼び名が決まっているのだ。本名は別にある。現在、五色様が最高位。私はその次だ」
つまり、五色とか四色というのは、『総理』や『社長』のような敬称だという事だ。
そこで、大袈裟に驚いて見せる剣助。
「オッサンがこの星で二番手!? まったくもって信じらんねぇ」
その無礼な発言に、四色が眉尻をピクリと上げた。
とそこへ、おずおずと手を挙げた大牙が「あの」と小声で割って入った。
全視線が大牙に集まる。
「さっきから、町の前に人が集まってきてるんですけど……」
そう申し訳なさそうに大牙が町を指差せば、全視線が今度は町へと向けられる。
町の入り口には、20~30人程の、ゴロツキという言葉がピッタリな人相が集まってきていた。
それぞれ武器を手にこちらを睨んでいる。だいぶ距離は離れているが、十分怖い。
「なんか、やばくね?」
槍太が息を呑む。
「あいつらは、お前たちの行く手を阻む気だ。国家反逆者だからな。しかし、なぜ我々が来たことがバレたのか……」
なかなか物騒な事を、この案内役はさらっと言ってのけた。
国家反逆者などに恨まれるのは心外だ。こっちだって好きで修行しに来ている訳ではないのに。
「みんな魔導士か? ちょっとやばいな」
剣助がダルそうに呟くと、
「恐竜より手強そうですね」
火芽香が残念そうに付け加える。
「やだ、あの中に闇奈が?」
と顔を強ばらせる水青の緊張感が伝わったのか、
「た、助けなきゃ!」
と風歌が声を裏返らせて走り出し、
「危ないですよ!」
それを大牙が慌てて引き止める。
「とにかく、一旦逃げた方がいいな」
今は逃げて、また連中がいなくなった時に再度チャレンジした方がいいと判断した刀矢は、退路を探す。
それに、皆は心の中で同感していたが、璃光子だけは違った。
「私は逃げない」
その意外な発言に、全視線が集まる。
璃光子はゴロツキたちを睨みながら続けて言った。
「私は、闇奈を助けに行く。対極だったら、闇奈は勝てないんでしょ? だったら私が行く。私は、黄魔導士なんだから」
まだ『黄魔導士』という自覚も無い筈の璃光子だが、それでも力強く歩きだした。
それを、四色が腕を掴んで引き止める。
「待て! 今の力で、無謀だ!」
璃光子はキッと睨み付け、
「闇奈は、独りなのよ! こんなにたくさん敵がいる中に独りなの! 私たちは全員揃ってるでしょ!? なんで逃げられるの! 闇奈は逃げられなくて困ってるかもしれないのに!」
全員を睨みながら大きく訴えた。
その意外性に、皆は唖然としている。こんなことを璃光子が言うとは誰も予想してない。
「私は行くわ。闇奈は一人で耐えてるんだもん。私も、一人で頑張らなきゃ」
璃光子はそう言うと、四色の手を振り払ってまた一歩踏み出した。
その歩調は、震えている。
怖くない訳では無い。先程、自分には光と音を操る力があるとは聞いたが、魔法なんてどう使えばいいのか分からない。
黄魔導士とは、いか程のものか。自分にどれだけの力があるのか。何もかもがさっぱりだ。
それでも、闇奈が危ういという事と、今は自分が一番太刀打ち出来る存在だという事は、理解している。
その可能性が確かなら、自分が行くべきだと。そう、腹を括ったのだ。
震えながらも強い意志で歩を進めていく璃光子の後ろ姿に、刀矢が声をかける。
「璃光子」
また止められるだけだと思った璃光子は足を止めない。刀矢は少し声を大きくして呼びかけた。
「陣立てをしよう。その方が、戦いやすいだろう?」
それは、戦う意思を固めたことを示していた。
他のメンバーも、もう覚悟を決めたといった顔をしている。
振り返った璃光子は、凛々しい笑顔で大きく頷いた。




