“不審な誕生日”
一日の授業を終え、帰り支度をしている火芽香のもとに、京子が駆け寄ってきた。
「ひめ! 誕生日おめでと! なんかおごるよ~」
京子は今までずっと火芽香の誕生日を祝ってくれていた大親友だ。しかし、今日は例年通りというわけにはいかない。
「あ……ごめんね。今日は家でお祝いしないといけないの。親戚も来るから」
火芽香が残念そうにそう言うと、京子はただでさえ丸い大きな目を、更にくりっと丸くさせた。
「え? 親戚が誕生日祝いに来るの?」
京子には何でも話してきたが、赤地家の伝統については話したことはない。
「うん。ごめんね」
今日は継承式があるのとは、暗黙の守秘義務があるのでさすがに言えない。
「ふーん。じゃあ、明日やろ! プレゼント用意したんだけどさ~ある場所じゃないと渡せないんだ」
「え? なあに?」
場所まで選ぶなんて、どんなプレゼントなのだろう。火芽香はワクワクしてきた。
京子の仕掛けるサプライズは、いつも火芽香の予想を上回るもので、その度に驚きと喜びをくれる。期待に胸が踊り、火芽香の頭の中からは『継承式』という憂鬱な単語は一時追い出された。
「明日まで内緒。じゃあ帰ろ!」
京子は、そのベリーショートの髪型に見合い、サバサバした性格だ。そういう自分には無い良さを持っているところが、火芽香は大好きだった。
明日のことを話し合いながら、ウキウキと校門から出た時だった。
「ひめか!」
誰かに呼び止められ、火芽香が振り返ると、そこには叔父が立っていた。火芽香の母の二番目の弟だ。
「叔父さん、どうしたんですか?」
火芽香が少し驚いた顔で問うと、叔父は頭を掻きながら何故か目を泳がせる。
「迎えに来たんだよ。親戚の家でやることになったから。……友達? いつも火芽香がお世話になって」
叔父が火芽香には合わせなかった視線を京子に合わせ、軽く頭を下げる。
京子は戸惑いがちに軽く会釈を返した。
そんな京子に叔父は形式的に微笑み返すと、
「行こう火芽香。もうみんな待ってるから」
と、やっと火芽香と目を合わせたのだった。
「え、もうみんな来てるんですか? ……ごめん京子。一緒に帰れなくなっちゃった」
そう申し訳なさそうに言う火芽香に、京子は嫌味の無い笑顔で首を振る。
「いいよいいよ! 楽しんできてね!」
「う……ん。ありがとう。じゃあ明日ね」
火芽香はほっとして、もう一度ごめんねと言うと、足早に車の後部座席に乗り込んだ。
走りだす車の窓を開けて、火芽香は京子に手を振っている。
それに笑顔で手を振り返し、走り行く車の後ろ姿を見ていた京子は、一抹の不安を抱かずにはいられなかった。
(たかだか誕生日に親戚が集まって、迎えにまで来るなんて。今までこんなことなかったのに。なんだか普通じゃない)
京子は、車が消え去った先をしばらく見つめていた。
そして同じ頃、火芽香も不安を感じていた。
(本家はウチなのに、どうして親戚の家で? それに親戚ってどこのかしら)
「少し遠いから、疲れているなら眠っててもいいよ」
思考を遮るように、ふいに叔父が話し掛けてきた。叔父といっても、まだ大学生だ。火芽香とは六つしか変わらない。かといって兄弟のように近しい存在でも無く遠慮してしまう為、あまり甘えられないのが現状だ。聞きたいことがあっても、強く問い詰めることなんて出来ない。火芽香はずっとそうやって生きてきた。
火芽香は不信感を隠し、努めて明るく答える。
「いえ、大丈夫です。叔父さん、今日は大学は?」
「今日は休んだんだ。大事な継承式だろ?」
『継承式』──正直、こんなに厳格にやるものとは思わなかった。逆に、こんなに大事な継承式なら、なぜ急に場所や時間を変更したりできるのか? ますます不審だ。
「すいません。就職活動で忙しいはずなのに」
「ハハハ……まだ決まってないからね。姪に心配されるなんて情けないな」
若い叔父は、叔父らしく振る舞おうと苦しい明るさを見せる。火芽香も、そんな叔父のプライドを傷つけまいと子供らしく笑う。
そんなやり取りで一時間ほど浪費したところで、車はついに県境を越えた。火芽香は思わず問いかける。
「叔父さん、県外に親戚が?」
行ったこともなければ、聞いたこともない。
「ああ、火芽香は初めてだよな。まだかかるよ。寝てたらいいさ」
そんなことは失礼でできない。という気持ちとは裏腹に、火芽香の瞼は重力に負けそうになっていた。
理由は決まってる。昨夜の“黙想”のせいだ。燃えたぎる炎に向かい、延々と正座して手を合わせる禊ぎ──。これを、継承式のためだからと一晩寝ないでやらされた。
優等生の火芽香は、徹夜明けでも授業中寝るなんてことはしない。つまり今は、睡眠不足というか、睡眠皆無なのだ。
──これも仕組まれていたことだったかも?
数時間後、火芽香はそう勘づくことになるのだが、今は睡魔と戦うことで精一杯だ。だが、適度に揺れる車内は心地いい。
(でも……どこに行くか……見ておかなきゃ……)
健闘虚しく、そこからは意識が無くなってしまった。