“決意”
火芽香の悲痛な姿を目撃した女たちは、お互いに言葉を交すこと無く、とぼとぼと焚き火の元へと帰り着いた。
するとそこには、四色がいた。焚き火の前にどっかりと腰を下ろし、薪をくべている。
「どこに行っていたんだ?」
何か知っていそうな笑顔で、飄々(ひょうひょう)とそう問う四色の態度に、闇奈は無性に腹がたった。
自分と四色を隔てている焚き火を無言でガッと蹴散らすと、四色に詰め寄り、胸ぐらを掴んで力任せに引き上げる。
「何のために、私たちはここにいる? 誰のために? こんな『伝統』誰が決めたんだ!」
「これは、お前たちの宿命だ。過酷な運命に巻き込まれたとでも思っているんだろうが、残念ながらこれは、宿命だ。変えられるものではない」
憤りを吐き出した闇奈に、四色は間髪入れずに腹立たしいことを言う。
殴ってやりたいと思ったが、質問を続けた。
「んな事聞いてんじゃねぇ。なんでこんな伝統ができたかって聞いてんだ! なんだこの力は? 修行の意味を教えろよ!」
「それは、修行が終わった時に話すことになっている。今は知る必要はない。さあ、手を離しなさい」
その頑とした態度に、闇奈は我慢の限界を超えた。
話しても無駄だ。そう判断し、勢いよく四色を突き飛ばすと、猛然と殴りかかる。
狙いは、確実だった。確実に、拳は四色の頬めがけて伸びていく。
しかしその瞬間、どこからともなく吹いてきた突風が、闇奈の身体を後方に吹っ飛ばした。
突然空中に投げ出された闇奈は、慌てて体勢を整えて着地の準備をする。
がそこへ、信じられない事に火の玉が2、3個飛んできた。
「な!」
地に足を付けていない闇奈は、避けることができない。咄嗟に手を出して顔を庇うだけだ。
まさに当たろうとしたその瞬間、火の玉は毛糸玉がほどける様に一瞬にして分解され、そのまま風に吸い込まれて消えた。
あまりに一瞬の出来事に、全員が声を失っていた。
さっきまで案内役として頼りがいのある雰囲気だった老人の所業とは思えない。
「今のお前たちでは私には勝てないぞ。さあ、明日からはもっと辛いからな。大人しく寝なさい」
四色は馬鹿にするような笑みを浮かべている。
闇奈は何とか着地したものの、荒くなった呼吸を抑える事もできず、ただその鼻もちならない笑顔を凝視する事しか出来なかった。
そして、思い知る。
そうだ。『魔法』とは、こういうものなのだ。治療魔法のみであるハズがない。こうして攻撃的に使用する事こそが、本来の使い道なのだ。
そんな当たり前な事を、こうして見せ付けられてやっと気付くなんて。
悔しいが、どんなに厳しい稽古に耐えてきたと自負していても、自分はやっぱり、ろくに戦いも知らない、甘っちょろい現代っ子なんだと、思い知った。
そんな事を考えながら微動だにしない闇奈を、四色はほくそ笑むように見る。
「眠れないのなら、お前も『闇』にお願いしてごらん。お前には、闇を操る力があるはずだ。闇には、眠りを誘う力がある。使ってみるといい」
そう言うと、四色はどこかへと歩いて行ってしまった。
四色の姿が消えて、数秒後、
「大丈夫!?」
ずっと竦んで動けなかった璃光子たちが闇奈の元へと駆け寄る。
闇奈は四色の消えていった方を見つめたまま突っ立っていた。
「あのお爺ちゃん、すごく強かったね」
水青が震える声で、胸に手を当てながら言った。
それを聞いてか、闇奈は大きく溜息をつきながら崩れるようにしゃがみ、地面に目線を落とすと、
「どの星でも最強の生物は人間なんだな……」
と諦観したように呟いた。
「え?」
その言葉の意味を、誰も理解できなかった。
闇奈は悔しそうに唇を噛んだ。
──人間は、最強の生き物だ。
他の生物を殺す技術は十二分にもっているし、自分たちの都合の為なら何を壊すこともいとわない。
地球でさえも、その人間の暴君ぶりに手を焼いてガタがきている始末だ。
この星で、おそらく最強の部類に入るであろう恐竜を、自分は倒した。その自分を、四色は蚊をあしらうように吹き飛ばした。
人間を倒すのは、いつも人間。
人間を制するのは、人間しかいない。
(だったら、強くなって、四色も運命も何もかも……私が掌握してやる)
闇奈は密かに闘志を燃やしていた。




