“初めての夜”
「ねぇねぇ、風歌さ、これから大牙とどうするつもりなの?」
焚き火を囲んだ女たち。
修学旅行お決まりのピロートークが始まっていた。切り込み隊長は璃光子だ。
「どうって?」
からかわれてると気づかずに、ポカンとして首をかしげる風歌。少しのんびりしているところがあるようだ。
「やっぱさ、命助けてもらったら気になりだすんじゃない? さっきだってさ~フフッ」
口を両手でおおって吹き出す璃光子。
「な、なに?」
風歌が怪訝そうに眉を寄せると、
「私も思ったよ! 大牙80%は風歌のこと見てたよね!」
水青も参戦してきた。
傍観者の闇奈は、女の順応力の逞しさを改めて感じていた。
得体の知れない惑星に来て初日に、男の話でこんなに盛り上がる事が出来るなんて。もはや天晴れだ。
「そんなことないよ!」
風歌は顔を真っ赤にして反論した。
そのうぶい反応に、二人は「かわい~!」と声を揃える。
嫌がる風歌をよそに、浮かれたトークは広がっていく。
「ねね! 水青は誰がいいと思う? 刀矢さんって大人な感じでカッコよくない?」
「うん! そうだね! 実際成人だしね!」
と、あまり噛み合っていないのに非常に楽しそうだ。
(これじゃ寝れねぇな)
睡眠を諦め、闇奈は立ち上がる。
「あれ? どこ行くの?」
水青に聞かれたが、返答に困った。これから行くところには、これといって名前がないのだ。
「……トイレ」
汚い言葉を使うよりはマシだと思い、あるハズのない名前を出した。
それを聞いた三人娘が、あ、と声を揃えた。
そういえば、ここへ来てから一度も用を足してない。
「私も、行こうかな」
「私も」
「私も行きたい」
「はぁ!?」
三人が同行を求めると、闇奈はすっとんきょうな声を上げた。
連れ立って用を足しに行くなんて、闇奈には信じられない。
「お願い! 夜って怖いし」
璃光子が手を合わせて、上目遣いで闇奈のしかめっ面を見上げる。
他の二人も同じ縋るような目だ。
闇奈は今までにないくらい悩んだ。
ドアの無い、究極にオープンなトイレに、大勢で行くなんて。
銭湯で全裸を見られるのとはまた違った抵抗感がある。
しかし、確かにここは危険もある。一人で行けというのは酷かもしれない。
闇奈は悩んだ末に了承することにしたのだが、
「する時は離れてろよ」
何を想像していたのか、当たり前なことに念を押した。
三人はその言葉に一瞬引いたが、闇奈の天然ボケな部分を見つけて嬉しいような気もした。
そうして四人は一緒に適当な場所を探して、夜の草原を歩いて行くのだった。
ーー
一方、男性陣でも同じようなトークが始まっていた。
「なぁ大牙、風歌ちゃんに抱きしめられた時どうだった?」
切り込み隊長はもちろん槍太だ。
「な! べっ別に、どうってことないですよ!?」
大牙は飛び起きて激しい動揺を見せる。
槍太はその過剰反応に少し驚いた。
「まさか大牙、女の子と抱き合ったことないのか?」
内心しまったと思いながらも、つい口から言葉が滑り落ちてしまう。
大牙の顔は瞬く間に真っ赤になった。
「へ、へぇ~よかったじゃんか」
槍太は大牙を少し不憫に思った。
生真面目に、ほとんどの時間を稽古に費やす大牙を想像した。
槍太はちょっとからかってやろうと、ニヤニヤ笑う。
「じゃあ、うまくいけば初体験だぜ! どうせ剣助も仲間(童貞)だろうし、この際競争しろよ!」
槍太は大牙の肩をバンバン叩いて笑っている。嫌な奴だ。
「な、なに言ってるんですか!?」
大牙の顔は恥ずかしさと屈辱でぐちゃぐちゃだった。
「槍太。お前は合コンにでも来たつもりか?」
見兼ねた刀矢が嗜める。
「合コンってまではいかないけど、これって『あいのり』っぽくないすか? 俺、火芽香ちゃん好みなんすよ」
と、槍太は恥ずかしげもなく言う。
しかし、刀矢にはその単語は初耳だった。
「あいのり?」
「え、知らないんすか? テレビですよ。見知らぬ男女が世界中あちこち旅して恋をするっていう、ドキュメンタリータッチの。まぁ、やらせって噂があるんすけど。でも、けっこう彼女と見ても盛り上がるんすよ、アレ」
槍太はイシシと笑った。
その瞬間、刀矢の顔に戦慄が走った。
「彼女? お前、彼女いたことあるのか?」
と、かなり真剣に問う。
槍太はキョトンとして、
「え、ありますよ。そりゃあ」
逆に訝しげに刀矢を見る。
刀矢は仰天した。この槍太に、彼女がいたことがあるなんて。
ということは当然、一線を越えた経験もあるのだろうか……。
愕然としている刀矢の顔を見て、槍太はデリケートな事実に気付いた。
「まさか刀矢さん、彼女いたことないなんて? ま、まさか童──」
言っちゃダメなことを言おうとしているのに、槍太は止められない。口が軽いのは生まれつきだ。
その時、
「はぁあ!」
大牙がビックリするような大きい声を発した。
「はっはやく! 寝ませんか!? 僕疲れましたから!」
どうやら空気を読んで割って入ったようだ。
「お、おう」
「そ、そうだな」
槍太と刀矢が冷や汗に苦笑いの奇妙な顔で返事をすると、男たちは一斉に毛布をかぶってお互いに背中を向け合った。
顔を見合わせて眠る気にはなれない。
刀矢の頭の中はまだショックでガンガンしていた。
(あの槍太に、負けてたなんて)
槍太の胸の中は、後悔と罪悪感でチクチクしていた。
(まさか刀矢さんが童貞だったなんて。やべーこと言っちゃったなぁ)
大牙の腹の中は、恥ずかしさとストレスでキリキリしていた。
(槍太さんにバレるなんて。僕、顔に出るのかなぁ)
三人の男たちは、それぞれ悩みを抱えたまま一言も発せずに、頭まで毛布を被って背中を丸めていた。
ナイーブな男達による、実にナイーブな夜だった。




