“過去の呪縛”
――火芽香は真っ黒い空間の中にいた。
ものすごい異臭の立ち込めた、気味の悪い空間だった。
ふと足音のようなものが聞こえて、振り返る。
火芽香は一瞬で恐怖にとりつかれた。
『あの時』の男子生徒が、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
しかし、その風貌は恐ろしいものだった。
火はもう消えているものの、全身ただれて赤黒く、髪も所々無残に燃えてなくなっている。
唇も焼けてなくなったのか、歯や歯茎まで丸見えで、瞼も半分なく、眼球が今にも落ちそうに飛び出ている。
そして歩く度に、血とリンパ液の混ざった液体がボタリ、ボタリ、と落ちる音が大きく響いた。
火芽香は逃げ出そうとしたが、足が思うように動かなくてつまずいてしまい、仰向けに倒れてしまった。
――怖い。逃げたい。
焦れば焦るほど、手も足も震えてもつれるばかりだ。
その時、いつの間にか頭上まで迫っていたその生徒が、『あの時』と同じように火芽香の頭を踏みつけてきた。
グチョリ……
ただれて溶けた皮膚が火芽香の顔に落ちてくる。
吐き気をもよおして咄嗟に口に手を当てると、その生徒がぐちゃぐちゃの口をゆっくりと開いた。
「何してんだよぉ……あかつちぃ……お前が焼いたんだろぅ……お前が俺を焼いたんだろぅ……俺を見ろよ!」
怒鳴りながらその生徒は火芽香に覆いかぶさり、強い力で首を締め上げた。
溶けた皮膚はジュルジュルと崩れ落ちて、火芽香の顔や胸元に落ち、不快に濡らしていく。
肉がすべて剥がれ落ちてついには骨だけになっても、その生徒は力を緩めようとはしない。
そして、頭を振って肉片を撒き散らしながら、地獄から呼び掛ける悪霊のような恐ろしい声で叫んだ。
「死ねよ! お前も!」
**
「おい、おい! 起きろ! 火芽香! 起きろ!」
揺さ振られて飛び起きると、そこには男子生徒ではなく、剣助の顔があった。
火芽香は汗びっしょりで、心臓は破裂しそうなぐらい早い。
荒い息で辺りを見回す。
「大丈夫か? 殺されそうにうなされてたぞ」
剣助は激しく上下している火芽香の背中をさすりながら、顔を覗き込む。
火芽香の顔色は、更に悪くなっている。
「大丈夫です……ちょっと夢を見ただけです」
火芽香はそう小さな声で言うと、額に手を当てて、呼吸を整えようと必死に深呼吸している。
(こんなになる夢ってなんだよ)
色んなホラー映画の絶叫シーンを思い浮かべながら、剣助はひたすら背中をさすった。
暫くして落ち着いた火芽香に、剣助は水筒を差し出した。地球から持ってきたものだ。
「ありがとうございます……」
火芽香はまだ胃が受け付けないのか、ちびちび飲み始める。
剣助は迷ったが、意を決して聞いてみる事にした。
「火芽香。何かあったのか? 賢そうなお前が夢でうなされるなんて」
問われた火芽香は動きを止め、ハァと一つ溜息をつくと、剣助の顔を見た。
剣助は、真っ直ぐこちらを見ている。
その目には興味本位や疑異はなく、ただ純粋に心配している目だと思えた。
──この人は、自分がこんなおぞましい過去を持つとは知らないで、純粋に案じている。
何だか遣り切れなくなってきて、火芽香は目を逸らす。
「剣助さんには、迷惑をかけてしまいましたね」
「いや、迷惑とかは思ってないけどさ。ただ、本当に何かあったんなら、解消してあげないと、火芽香が辛いだろ?」
剣助の足は膝枕のせいですっかり筋肉痛になっていたが、悟られたらかっこ悪いと必死に隠していた。
火芽香は、迷っていた。
これ程うなされた所を見られて、こんなに心配させといて、今更なんでもありませんでは済まない。
余計な疑念を持たせるだけだ。
(剣助さんとは、これから一緒に旅をしていかないといけない。ここで話さなければ、ずっとしこりが残ることになるんだわ)
話すべき。話す義務があるのは、分かっている。
(でも、話して大丈夫かしら? 私がやったことは殺人も同じ。それでも、私を人として認めてくれるかしら。もし、話して嫌われて、見捨てられたら……どうすればいいの?)
また、グルグル考えている自分に気付いた。
ここへ来るとき、考えることの無力さを痛感したハズなのに。
ここは地球じゃない、どっかの惑星アシュリシュだ。この期に及んで体裁を気にしてどうする。
もう一度、剣助の目を見てみる。やはり、純粋な目だ。
──賭けてみよう。
火芽香は決心して、何もかも話すことにした。




