“火芽香と火”
焚火の枝を拾いながら、剣助はある疑問について考えていた。
「なあ、刀矢さんが前に来たのって、16年前なんだよな? なんか気にならねぇか?」
質問を受けた闇奈は手を止めずに答えを探していた。
実は、闇奈には一つの仮説が浮かんでいたのだ。
しかし、それは闇奈自身、信じたくないものだった。
「別に……お袋たちが来たのが16年前。私たちは今16歳。……ただそれだけだろ」
「え? 何? もうちょっとわかりやすく言ってくれよ」
「もういいから早く仕事しろよ」
闇奈は不機嫌そうにそっぽを向いて歩き出してしまった。
「なんだよ~ケチだな」
剣助はふてくされながらも枝拾いを再開した。
やがて、それぞれが拾った枝を持ってくると、四色は半分をその場に積み、もう半分は離れた場所に積むように指示した。
「この方が、男女で別れて寝ることができて安心だろ」
そうニヤニヤしながら言う四色に、
(このじーさんムッツリだな)
剣助は苦笑いするのだった。
そんなに離すか? と思うくらい離れた場所に薪を積むと、四色はその上に手をかざして、軽く振った。
ボッ!
という音を立てて、勢いよく火が点く。
その光景を見て、特別驚く者はいなかった。
みな闇奈の気功術を目撃して以来、不可思議な現象に免疫がついたようだ。
しかし、火芽香だけは違った。
こんな風に一瞬で火が点く光景を、以前にも見たことがあるからだ。
火芽香の目に恐怖が滲んでいるのを見た四色が、
「火芽香。この火がもっと小さくなるように、念じてごらん」
ニヤリと笑った。
さっきのスケベ的なニヤニヤでは無く、どこか試すような、挑戦的な笑みだ。
火芽香は驚き、四色を見る。
(なんで私に? まさか……)
瞳を僅かに潤ませている火芽香に、四色は更に言う。
「君は、火を操る力を持っているはずだ。このアシュリシュでなら、その力を遺憾なく発揮することができる。さあ、やってみるといいよ」
火芽香は、信じられないといった感じでしばらく黙って四色を見つめる。
しかし、四色の笑みは確信を持っているように見える。
風歌の治療魔法も、闇奈の気功術も、夢ではない。
なら、自分に火を操る力があるというのも、デタラメだとは言いにくい。
──信じたくない。だけど……。
恐る恐る、炎に手をかざしてみた。
手の平に焚き火の熱を感じた瞬間、悟ったような気がした。
自分の中の可能性が、決定的なものになると。
7年も前から、ずっと不安の種だった、この可能性。
そう、『あの時』から、ずっと。
赤々とその身を元気よく揺らす炎に、懇願するように念じてみる。
──どうかどうか、小さくなって。これ以上、大きくならないで。
能天気な槍太が、興味津々で焚き火を覗き込む。
すると、近づいてきた火芽香の手から逃げるように、炎はどんどんその身を小さく屈めていった。
火を操れるという証拠だ。
驚いた火芽香が慌てて手を引っ込めると、炎は急に勢いを増して広がった。
「あつ!」
炎は槍太の前髪をかすめ、槍太は踊るようにその場から逃げた。
四色が再び手をかざし、焚き火をいい具合におさめると、満足気に火芽香に微笑みかける。
「上出来だ。こっちの焚き火番は頼んだぞ」
そう言うと、火芽香の頭をポンポンと撫で、もう一つの薪の方へと行ってしまった。
火芽香は重要な事実をつきつけられた気持ちだった。
(やっぱりあの事故は……私が起こしていたんだわ……)
逃げようのない真実に耐えかねて、目をつぶってしゃがみ込んだ。
目眩さえ覚える。
このまま地面に吸い込まれて消えてしまいたいと思った。
急に崩れ落ちるように倒れた火芽香を見た剣助が、慌てて火芽香の体を支える。
「わ! おい、大丈夫か!?」
火芽香の顔は驚くほど真っ青だ。
「ど、どうしたの? 風吹かす?」
風歌が覚えたての魔法を使おうと手を振りかざした。
そよそよと優しい風が火芽香の頬を撫でる。
が、火芽香の顔色は一向に良くならない。
それを見ていた闇奈は、何か精神的なショックが原因ではないかと思った。
「剣助。ひめから離れるなよ。みんな行こうぜ」
そう言ってスタスタと歩きだす。
「え? ちょっと、闇奈!?」
璃光子が慌てて追い掛け、
「ほっとくの!?」
水青も続く。
闇奈は振り返り、
「こんな時はな、剣助が適任だ。剣助に任せて、そっとしといてやれよ。ほら、大勢に見下ろされて気持ちのいいもんじゃねぇだろ。行こうぜ」
と、軽く剣助に目配せしてまた歩きだす。
「闇奈の言うとおりかもな。剣助、任せたぞ」
刀矢も歩きだしてしまった。
他のメンバーは顔を見合わせると、少し考えてから無言で闇奈と刀矢の後を追い始める。
「お、おい!」
剣助には意味がわからなかった。なんで自分が任されるのか?
呼び掛け虚しく、誰もいなくなってしまって、ただ焚き火のパチパチという音だけが響く。
火芽香はまだ青い顔をして気を失っている。
剣助は火芽香を看病する覚悟を決めた。
「とにかく、このままじゃマズイよな」
とりあえず火芽香を横に寝かし、枕になるものを探した。が、夜の草原には適当なものは何もない。
しばらく躊躇したあと、もう一度火芽香を抱き抱えると、自分の膝を枕にして寝かし直した。
座りにくさに苦戦しながらも、火芽香の様子に気を配る。
決して楽な役目ではない。
「ハァ……」
ここへ来てから、自分は損な役回りばかりだ。
──帰りたい。
剣助は夜空に小さく浮かぶ地球を見上げて、思いを馳せた。
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「ねぇ闇奈、火芽香どうしたのかな?」
闇奈の後をチョコチョコと追い掛けていた水青が、心配そうに問う。
「さあ。多分、なんかショックな事があったんだと思うけど」
闇奈は自信無さそうに答える。
そしてもう一つの焚き火の前に座っている四色の姿を見つけると、その向かい側にすぐ座り込んだ。
「爺さん。ひめが倒れたんだ。何か知らないか?」
「自分の力に恐れをなしたんだろう。珍しいことじゃない」
四色は焚き火から目を離さずに答える。
「そっかぁ。そうだね。ショックかもね」
水青が自分の事のように落ち込んでいる。
「でも、大牙が生き返った時、風歌のこと誉めてたのにね~」
璃光子が不思議そうに首を傾げた。
そうだ。自分の力がショックで寝込むほどなら、気功術や治療魔法を見た時点で卒倒してもおかしくないのに。
さすがの闇奈も、この理由だけはわからなかった。
「でも、どうして剣助が適任なの?」
風歌が不思議そうに闇奈の顔を覗き込む。
闇奈はあぐらをかいて頬杖をつき、ケロッと答えた。
「落ち込んでる時は、バカな奴と一緒にいると、自分の方がまだマシだって気になるだろ」
あまりにも失礼な発言に、風歌は顔を引きつらせた。
──優しくて、バカ正直な剣助。
あいつは人の悩みも吸い取ってしまう。
そんな奴だ。
闇奈は幼少時代の剣助を思い浮かべた。
「剣助は純粋なところがあるからな。きっと火芽香の悩みも、晴らしてくれるさ。そうだ、今日の分の食料はこの袋に入っているから。毛布もあるぞ」
と、地球から持ってきた荷物を差し出しながらいそいそと焚き火に当たる刀矢。
夜は結構冷える。
「そのうち目が覚めるだろう。ほら、この焚き火は譲ってやるから、もう寝なさい」
四色は女達を見ながらそう告げると、老人らしく腰に手を当てて立ち上がった。
そこで、『譲る』という言葉に反応を示す男がここに一人。
「え、この焚き火は俺たちのじゃねーの?」
槍太は勿体なさそうに言うが、
「仕方ない。また拾いに行くか」
刀矢が重そうに立ち上がり、再び薪拾いに行こうと歩きだしたので、やむなく槍太もダルそうについて行った。
大牙は振り返ると、主に風歌を見て、
「おやすみなさい」
と軽く一礼してからついて行く。
そんな大牙の視線を、アイラインくっきりの璃光子の目は見逃さなかった。




