“刀矢の苦悩”
ボタボタボタ──
大粒の血が流れ落ちる音が響く。その度に、大牙は「うう」と呻いた。
四色は大牙を貫いたまま刀を持ち上げ、一歩前へ出ると、
「風歌。君は治療魔法ができるはずだ。大牙が息絶える前に、今すぐ習得しなさい」
地に座り込んで震えている風歌に向かって冷たく言い放つ。
風歌は何を言われているのか理解することが出来ず、ただ目を潤ませて震えていた。
「君が治療をしなければ、大牙は死んでしまうんだぞ。いいのか?」
四色はそう脅すように言うと、刀をぐっと引き上げ、更に食い込ませる。
「ぐわっ!」
大牙が苦痛の呻き声をあげ、また大量の血がボタボタと滴る。
「やっ、やめてください!」
震えた声で風歌は叫び、隣にいた火芽香に抱きついた。
火芽香は風歌を抱き留めることもできずに、一緒に震えている。
璃光子と水青もまた、同じように手を取り合って震えていた。
刀矢に腕を掴まれて身動きが取れない闇奈は、四色の意図していることを察していた。
腕を掴んでる刀矢に顔を向けると、
「風歌には治療の力があるのか? あの爺さんはそれをさせようとしてるんだろ?」
と声を潜めて問い掛ける。
しかし刀矢は答えず、チラッと闇奈を見ただけで、また大牙の方に目を向けてしまった。
闇奈はそんな刀矢の態度に苛立った。
「なんとか言えよ! なにも言わずにただ見てろってのはおかしくねぇか!?」
「風歌が何とかすることだ。俺たちは手出しできない」
刀矢はそう呟くように答えただけで、相変わらず目を合わそうとはしない。
その横顔に、闇奈は違和感を覚えた。そして、頭の中に一つの仮説が浮かんだ。
「オメー、何かビビってねえか?」
そう指摘すると、刀矢はようやく闇奈の方を向いてキッと睨んだ。
闇奈はその反応に、仮説が当たっていると確信した。
「やっぱりな。さっきからお前、挙動不審だぜ。……大牙と自分が重なるんだろ?」
その言葉に、刀矢はドキッとした。同時に、闇奈の腕を掴んでいた手を少し緩めてしまう。
闇奈はその瞬間を逃さなかった。
バッと腕を振り払うと、すぐにバックステップで刀矢と距離を取る。
「闇奈!」
焦った刀矢は素早く刀を向ける。
しかし、闇奈は逃げない。
闇奈の鼻先で、刀がピタリと止まる。
突きつけられた刀に怯む様子もなく、闇奈は強い眼差しで刀矢を見つめたまま、静かに口を開いた。
「お前が行くなって言うんなら行かねぇよ。でも、お前は行ってやれよ」
刀矢は切っ先を向けながら闇奈を睨み返したまま、何も語らない。
「お前は、何か知ってるんだろ。だったら言ってやれよ」
闇奈は顎をくいっとしゃくって風歌を指し示す。
刀矢は反射的に風歌に目をやる。
火芽香に抱きつき、ひどく怯えて震えている風歌が目に入る。
刀矢は、迷っていた。
今自分が話をしてやれば、風歌は治療魔法を習得してくれるだろうか?
余計な混乱を招いて、できなくなってしまったら、そうしたら大牙は?
その時、剣助が刀矢の後ろからそーっと抜け出そうとしていた。
「剣助!」
闇奈が怒鳴りつける。
剣助はビクッとして止まった。
「刀矢に任せるんだ。マヌケは動くんじゃねぇ」
闇奈は綺麗な顔をしてるだけに、凄むと貫禄がある。それに、闇奈の言うことは何か正解な気がして、逆らえない。
剣助はそれ以上動けずにいた。
その時、刀矢が独り言のように呟いた。
「もし……もし話をして、それで風歌が逃げてしまったら……大牙はどうなる……」
闇奈は少し驚いた。
風歌が逃げたくなるような話を、刀矢は知っているのか。
しかし、闇奈には確信があった。
「刀矢。風歌を信用しろよ。風歌のおふくろにできたことは、風歌にもできるさ」
今度は刀矢が驚いた。
闇奈は何も知らないはずなのに、なぜこんなにも的確なことが言えるのか。
しかし、その言葉は刀矢の背中を後押ししてくれた。
「そうだな。風歌を信じよう」
刀矢は噛みしめるようにそう言うと、刀を鞘に納め、意を決したように風歌の元へと歩いて行った。




