“闇奈の特技”
そんなことになっているとは知らずに、女たちは呑気にぷらぷら歩いていた。
「そろそろ、終わったかなぁ?」
水青が待ちくたびれたように空を見上げる。
もう薄闇だ。
「もう30分くらい経つでしょ? 追いかけて来てたりするかもね」
璃光子は振り返って目を凝らした。
二人はもうすっかり友達感覚の話し方だ。どうやら気が合うらしい。
二人だけではない。女達は皆、初対面のはずだが、どうも初めて会ったような気がしなかった。
なんだか前から知っているような不思議な懐かしさがあったのだ。
会ってわずかな時間でここまで打ち解けられたのは、その懐かしさに安心感を感じたからだろう。
「じゃあ、少しここで待ってた方がいいでしょうか」
と火芽香は闇奈の顔を見ながら言う。
どうも火芽香はさっきから闇奈に窺いをたてる傾向がある。
火芽香に答えを迫られていると感じて闇奈は、
「そうだな。休憩がてらちょっと待ってみるか」
と、喜ばれそうな答えを返した。
闇奈は、器用に気を利かす人間だ。
案の定、皆は手を叩いて喜び、その場に座ったり寝転んだりしてそれぞれくつろぎ始める。
風歌は寝転んで伸びをすると、清々しい気持ちになった。
思えば、ここに来てからこんなに伸び伸びしたのは初めてだ。
こうして目をつぶっていると、夢だったような気さえしてくる。
淡い祈りを込めながら、そっと目を開けてみる。
がやはり、そこは夜空だけが同じの謎の惑星だった。
そこで、ふと空に見覚えのあるものを見つけた。
風歌は隣に座っていた闇奈の腕をつつき、
「ねえ、あれ、もしかして地球じゃない?」
空を指差す。
「え?」
闇奈も寝そべって空を見上げた。
「ホントだ」
かなり小さくしか見えなかったが、それは確かに、教科書やテレビで見た地球の写真にそっくりだった。
「やっぱ、ここはどっかの惑星なんだな。地球は遠そうだな」
その、闇奈のがっかりしたような口調が、風歌は少し意外だと思った。
もしかして、闇奈もまだ戸惑っていたのだろうか?
堂々として何でも悟ったような闇奈は、怖いとか帰りたいなんて思わないのだろうと思っていた。
別格な雰囲気を持った闇奈だったが、少し身近に感じられたのだった。
その時。
女たちは重要なことに気がつかなかった。
ここから地球が見えるということは、地球からもこの惑星が見えないとおかしいということに。
実はこの謎には大きな理由があるのだが、それが明かされるのはまだずっと先のことだった。
と、その時、闇奈が急に起き上がった。
一点を見つめて険しい顔をしている。
「どうしたの?」
風歌や、他のみんなも起き上がって闇奈を見る。
「剣助だ」
夕闇の向こうを睨んだまま、闇奈が呟くと、
「じゃあ、みんなが戻って来たのかな!」
水青が嬉しそうに手を叩く。
しかし闇奈の表情は冴えない。
「いや、なんか変なんだ。人の歩く速さじゃない」
闇奈は緊張を覚えた。
剣の気配と一緒に、さっきの生き物の気配もする。
──もしかして剣助は死んだのか?
(闇奈さんは一体何を感じてるのかしら)
火芽香には不思議でしょうがなかった。
ドドドドドドドドドドドド──
さっきの地響きに似た音が近づいてくる。
しかし、明らかにさっきよりテンポが速い。
誰もが最悪の事態を想像した。
もしかしたら刀矢たちは全滅し、例の生き物がこちらに向かっているのでは。
一同は固唾を飲んで音の正体を待ち構えた。
「何か来たわ!」
風歌が草原の彼方を指差す。
その方角から現われたのは──熱帯魚みたいに派手な恐竜だった。
「あれ、恐竜?」
やや呆然としながら、水青が普通に呟き、
「恐竜。似てるよな、一応」
闇奈も冷静に答えた。
すると、
「おーい!」
恐竜から声がする。
その声が一番恐かった。
(恐竜って喋るの!?)
と火芽香は驚愕。
しかし、
「おーい! にげろにげろ!」
声の主は恐竜の頭上にいた。剣助だ。
「け、剣助!」
闇奈は立ち上がり、剣助を見上げて怒鳴りつける。
「てめー! 何しに行ったんだよ!」
その通りである。危険なものを取り除きに行った筈なのに、あろうことかその危険を連れてくるなんて。
「うるせー! とにかく逃げろ!」
こんな会話ができるぐらい近付いていて、今更どう逃げろというのか。
人の脳は優秀で、こんな一瞬でも色々考えることができる。
闇奈は全員をどうやって避難させるか、もしくはどうやって恐竜を止めるか。
色々考えたが、いい策は思い浮かばなかった。
恐竜を目前にして、
「ダメだよけろ!」
これしか言えなかった。
しかし、みな速やかに立ち上がると、俊敏に左右へと飛び、くるりと飛び込み前転して見事に受け身をとってみせた。
女たちがよけた間を、恐竜はドスドスと通り抜けて行く。
「お前ら、やるじゃねぇか」
意外な好事に、闇奈は気の抜けた表情で笑った。
「だてに訓練してないのよ」
璃光子が得意げに言った、その時、
グオオー!
空気を震わす恐竜の雄叫びに、場が一瞬で凍り付いた。
女達が振り向くと、恐竜はぐるるるると唸りながらこちらを向こうとしている。
「え? おいこら! そっちはもう通っただろう!」
剣助が恐竜の頭をペシペシ叩きながら言うが、聞くわけが無い。
なんと恐竜は戻って来ようとしていた。
「ウソ、また?」
「なんで?」
「意外と賢いのですね」
「もしかして食べようとしてるんじゃない?」
恐竜がこちらに向き直るのを見ながら、女たちは軽く雑談している。
闇奈は、こんな時によく口が動くもんだと感心したが、決して悠長なことをしていられる状況ではない。
「また来るぞ! 今度はよけた後も遠くに逃げるんだ!」
闇奈の指令に、みな口を結んで頷いた。
恐竜は大地を蹴り上げ、怒濤の勢いで向かってくる。
頭上の剣助はしがみ付くことしかできない。
女たちはまた綺麗に避けて受け身をとると、すかさず走って逃げ出した。
剣助は、彼女たちの身のこなしに安堵していた。
が、その時、
「おい剣助」
すぐ後ろから声がする。
驚いて振り向くと、そこには闇奈がいた。
「な、なんで!?」
「なんだよ。助けに来たんだろうが」
なんで来たのかではなく、どうやってここに登ったのか知りたかったのだが。
「あの鼻に刺さってんのはお前の剣だよな」
闇奈はちょいと顎をしゃくって恐竜の鼻先を示す。
「あ、ああ」
「マヌケ。どうせ目でも突こうと思って失敗したんだろ」
ズバリ言い当てられて、剣助はぐうの音も出なかった。
その時、恐竜はまた方向を変え、逃げる女たちを襲おうと走りだした。
「この失敗の責任はとってもらうぜ」
そう言うと、闇奈は剣助の胸倉を掴み、鮮やかに放り投げた。
「わっ!」
剣助は綺麗なアーチを描き、恐竜の口の前まで落ちてくる。
剣助を見つけた恐竜はあんぐりと口を開ける。
「ひ―――!」
食べられる! と思ったその時、仰向けの状態で落下している剣助の腹の上に、ドスッと何かが乗った。
見ると、闇奈が剣助の腹の上で、片足を立ててしゃがんでいる。
そして、右手の平を恐竜の口に向けていた。
「なっ!」
何をするんだ!? と言い掛けた時、シュワッという音と共に、闇奈の手の平から淡く光る球が発射された。
その光の球は恐竜の口に入ると、みるみる膨らんでいく。
あっという間に容量オーバーになり、恐竜の顎は蝶番が壊れたようにガクンと開ききって、ついには頭が破裂した。
その衝撃で剣助と闇奈は吹っ飛ぶ。
頭を失った恐竜の体は、砂煙と轟音をたてながら地面に倒れる。
空中でそれを見届けた剣助は、あっけにとられていた。
地上から見ていた火芽香たちも、驚きのあまり声を失っていた。
やっと追い付いた刀矢たちも、呆然と見上げていた。
それらの反応を見ていた闇奈は、このまま飛んで行ってしまいたい気分になった。
できればこの力は見せたくなかった。
奇矯に見られるのは、もうウンザリだった。




