“運命の日”
稚拙な作品ですが、ストーリーはいい意味で予測を裏切って面白い……と思います。
文章力が最悪なのは目をつぶって下さい。勉強中です(^^;
だいぶ書きためてるので更新は早いです。
とりあえず第一部までは読んでいただけたら嬉しいです<(_ _*)>
──十六歳の誕生日
私は、あの日を忘れることはないだろう
自分の出生の秘密
この先の運命
受け止めることが多すぎて
犠牲にするものが多すぎて
なにもかもが変わってしまった、あの日を
そして、この悲しい結末を呼んだあの日を──……
※※
「ふぅ……」
昼休み明け、五時限目開始五分前──。
赤地火芽香は、窓側の最前列に着席したまま、憂欝な視線を窓の外に向けて溜め息をついていた。
聡明そうな瞳。温厚そうな顔立ち。
カラーもパーマも一度として施されたことのないセミロングの髪は、校則に従って一つに纏められ、右肩から胸へと流されている。
シンプルな紺のブレザーとプリーツスカートを形式的に着こなし、背筋をピンと伸ばしている清楚な装いは、優等生という言葉がピタリと当てはまる。
そんな彼女には不似合いな、深い憂いを帯びた瞳が捉えているのは、中庭を挟んで向かい合っている第二校舎。その三階の一番南端にある教室に、同じ制服が続々と入室して行くのを、火芽香は眉を潜めてじっと眺めていた。
「ひめ! 何してんの? 次、移動教室だよ!」
予鈴が鳴り終わっても尚、ぼーっと座ったままの火芽香を、トイレから戻ってきた友人の京子がパタパタと教科書を準備しながら急かす。
「ええ……」
お愛想程度に微笑みを返した火芽香は、教科書を手にゆっくりと立ち上がった。
次は化学だ。第二校舎三階の化学実験室へと繋がる渡り廊下を歩きながら、火芽香はまた溜め息をつく。
その様子を見ていた京子が、
「ひめが憂鬱になるのって、唯一この時だけだよね~」
とからかうように言った。
品行方正で成績優秀な火芽香には、苦手なことや出来ないことは少ないのだ。
「ねぇ、ひめ。もしかしてさ、あの時のこと思い出す?」
躊躇いがちに投げ掛けられた質問に、火芽香は息を詰まらせ、目を少し見開いた。京子とは小学校からの付き合いで、『あの時』にも彼女は現場にいたのだ。
京子は足を止めないが、心配そうに火芽香を見つめている。
火芽香がどう答えるか悩んでいると、
キーンコーンカーンコーン──
本鈴のチャイムが鳴り、実験室に到着してしまった。
早く入りなさいと、先生に急かされたので話は打ち切り、各々の席に着く。
──京子の言う通りだ。
座った途端に全身から冷や汗が吹き出すことで、火芽香はそう実感させられる。真っ黒い、硬い、冷たい、実験テーブル。これに触れた瞬間、胃を握りつぶされるような鈍い不快感に襲われるのだ。
そう。『あの時』のことを思い出して──。
--
あれは、小学校三年生のある日、理解実験室でのことだ。
その日の授業は、海水を熱して蒸発させた場合、どんな不純物が残るか調べる、といった実験内容だった。
アルコールランプを使い、丸型フラスコに入った海水を蒸発させていた実験途中、アルコールが切れて火が消えてしまった。
「おい消えたぞ! あと少しなのに! 何やってんだよ赤地!」
同じ班だった短気で乱暴者の男子生徒が、火芽香を怒鳴りつける。そのアルコールランプは、火芽香が準備したものだったのだ。
「ご、ごめんなさい。取り替えて来るから」
慌てて教壇へと走り、アルコールがたくさん入ったランプと交換し、また走って戻る。が、あんまり慌てたので、テーブルの角にぶつかって転んでしまった。
バシャッ──
宙を舞ったランプは、不幸にもその男子生徒の体に当たり、中身のアルコールは彼の服に染みをつくる。短気なその生徒は怒り、床に転んでいた火芽香の頭を思い切り踏みつけた。
火芽香が激痛を感じた瞬間、
「ギャああぁああぁあ!!!!」
発狂的な悲鳴と共に、その生徒は火だるまになり、大きくのけぞり返った。実験室は生徒達の悲鳴で溢れ、先生もただ狼狽えるばかり。広い教室は一瞬にして恐怖で満たされた。
「助けて! タスケテ!」
男子生徒は、炎に包まれたその大きな体を激しくしならせながら駆けずり回り、がむしゃらに助けを求めたが、誰もがパニックでどうしたらいいのかわからない。他の生徒は走る火だるまを避けてひたすら逃げるだけ。火芽香も、その光景をただ呆然と見つめる事しか出来なかった。
「あぁ! アツイ! アツイ! アツイ!」
正気を失ったその生徒は、校舎四階の窓から外へと身を投げた──。
そこまで回想したところで、ぎゅっと目をつぶり、そしてゆっくりと瞼を持ち上げる。
あの瞬間を思い出すと、いつもこうして目をつぶってしまう。
忘れたいのか、自分には関係ないと思いたいのか……。どっちにしろ、否定的で卑怯な行為だ。
(私は何か知っているかもしれないのに。あれは、もしかしたら、事故ではなく……)
いつも、どうしてかそんな気がしていた。
火芽香の家系は、もう三十二代も続く伝統ある家だ。代々当主になるのは女性で、十六歳で継承するのが決まりだ。今は、祖母が当主を務めている。火芽香の母は、自分を産んですぐに亡くなったためだ。
そして、一つの伝統として受け継がれてきたのが名前──これが火芽香の不安の種だった。
代々、当主になる資格のある者、つまり長女には、『火』の文字をつけること。これが赤地家のしきたりだ。
祖母にも、母にも、自分にも、火の文字。そして、同級生が亡くなったあの事故は、火が原因。
事故当時、発火の原因は揮発したアルコールに、隣のテーブルの火が引火して起こったものではないかと見られていた。
しかし、火芽香は腑に落ちなかった。
揮発するといっても、こぼしてわずか数秒のうちに、あんなに一瞬で引火するほど揮発するだろうか? その引火にしたって、隣のテーブルは一メートル以上も離れていたのに……。
そこまで考えて、ハッとした。また、同じ事を考えている。
──これではいけない。
考えても、同級生が生き返るわけではないし、事実が消えることはない。ましてや、真実が明らかになるわけでもない。不確かな可能性に怯えても無駄だ。
(しっかりしなきゃ。いつまでも過去に縛られていてはダメだわ。だって……)
軽く息を吐き、冷たいテーブルの上にしっかりと両腕を乗せる。そして決心したように顔を上げると、他の生徒と同じように化学の授業に身を入れた。
(だって、今日から私は赤地家の当主になるんだから)
今日は、火芽香の十六歳の誕生日だった。