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後編

 それから数週間が経って、私と彼はまた数度話した。だけども彼は、やはりあの告白をなかったことにしたいのか。はたまた私からの返事を聞きたくないのか。彼からその手の話題が出ることはなかったし、私も私で彼に「なかったことにしたい」だなんて言われるのが嫌で、あえて触れるのを避けていた。


 とはいえ彼と触れ合う機会は少なからずあったわけで、私はそのたびに「彼を好きになりたいという気持ち」を強めていっていた。たぶんまだ、好きだとはっきり言えるまでには好きになっていないのだけど。


 私は関野くんのことを知れば知るほど妄想で彼を使わなくなった。なんでだろうか。よくわからないけれど、これは本当の彼ではないと、感じてしまうようになったのだと思う。


 たとえば妄想の中での彼は照れたように笑うか、もしくはいつも私に挨拶してくるときのようにふんわりと人の好さそうな笑みを浮かべるかのツーパターンだったけれど、よくよく観察してみると当たり前と言えば当たり前だけど、彼はもっと感情豊かだった。苦笑いだってするし、拗ねたようにしながら笑ったりもする。怒ったような表情はしないけれど、雨の日はいつだって少しだけ不機嫌だ。


 彼が不機嫌なのは珍しくて、私は少しだけ驚いた顔をしながら彼にその理由を尋ねてみたことがある。彼は困ったような表情を浮かべながらも、ぼつりぽつりと言葉を紡ぎだした。どうやら、雨の日機嫌が少し悪い理由はいろいろとあるらしかった。


 ひとつは、いつもは自転車通学なのに雨の日は歩いてこなければならないから。あと、傘を持つのも邪魔くさくて嫌いらしい。それに雨が降ったらグラウンドが使えなくなるから大好きなサッカーはできないし、いつにも決まらない髪型がさらにひどいことになる。エトセトラエトセトラ。


 私はそんな彼の話を、相槌を打ちながら聞く。でもその相槌は最初のころとは異なっていた。最初のころは自分が話すのは面倒だったし、はやく会話を終わらせてほしくて適当な相槌を打っていたけれどいまは違う。彼の話を、促すような打ち方をしているのだ。


 この違いはまさに私の心境の変化だった。

 関野くんはできれば話したくない男子様から、気がついたら喜んで話を聞いてあげたい人にまでは成り上がっていたのだ。


 だからこの関係を壊したくない。でも、少し進めてみたい気もする。壊したくない。でも……。


 私の心はぐちゃぐちゃとしていて、何も統率がとれていない。自分のことがわからなくなっていた。自分がどうしたいかさえ、わからない。私は関野くんのことを確かに好きになりたいと思っているけれど、この関係が変に進むくらいならこのままで心地いいと思っている。だから、


 「須賀、さん」


 あの告白の日と同じようなシチュエーション。あの日と同じような夕暮れ。あの日と同じように教室には二人きりで、他には誰もいない放課後。自分で話しかけてきたくせに困った顔をしている関野くんを目の前にして、私はどうするべきか、まだ考えをまとめられずにいた。


 「関野くん、隣、座る?」


 教室のドアのところに立ち止って一向に入ってこようとはしない関野くんに向けて、私は隣の席を指さしながらそう言った。関野くんは今日、部活がないのだろうか。今日は制服を着ていて、やはりあの日とは違うのだということを感じさせる。


 「隣、失礼するね」


 関野くんは少し戸惑った表情を浮かべたものの、私の隣までやってきて、隣の席に腰を下ろす。ああ、この距離感。まるでいつもの日本史の時間のようだ。隣同士。少し手を伸ばせば触れられるし、少し体を動かせば視線が交わる。だけど今日の私たちはそれをしなかった。


 「今日も、きれいな夕焼けだね」


 私はその言葉に窓の外を見た。雲がうっすらと赤く染まって、上の方はすでに紫色を帯びている。こんな風にまともに観察したのは久々のことで、私はこのきれいなグラデーションをいままでしっかりと見てこなかったことを後悔した。


 「須賀さん」


 関野くんの声が、聞こえる。私は彼のことをうまく見ることができない。だから彼の声に「なあに?」と言って反応はしてみたけれど、体を彼の方へと向けることはせずに、ただ夕焼けを眺めていた。


 「あの日の告白は、なかったことにしよう」


 そういわれる気はしていた。


 まったく関係ない話をしていても、お互い笑みを浮かべていても、ふたりして胸の奥に爆弾を抱え込んでいたのだ。いつまで知らないフリをできるかという耐久勝負だったかのように、知らないフリをして隠していたけれど、いつだってふたりとも脳裏にあの日のことがあったし、消すことはできなかった。


 「その方が、俺にとっても、須賀さんにとっても……いいだろう?」


 先に耐えられなくなったのは関野くんの方だった。当然と言えば当然の結果だ。保留にされてじらされているのと、じらしている方ではじらしている私の方が、精神的に余裕があるに決まっている。だから私は近いうちに、「なかったことにしよう」と言われることくらい想像がついていたのだ。


 関野くんの声は震えているようだった。必死で悟られまいと隠しているけれど、わかってしまった。これを告げることがどれだけ彼にとってつらいことなのかということを。


 ああ、私はとことん性格の悪い女だ。だっていま、彼の心がうかがえて、ほっとしている。彼がつらい思いをしているというのに、ほっとしているのだ。


 「関野くん、」


 私はやっと彼の方を向いた。彼は急に私と視線が交わって驚いたのか、視線をずらして私を直視しないようにしていた。


 「どうして、私にとっていいと、思うの?」

 「だって……須賀さんは、俺のことなんて好きじゃないだろう。たぶん嫌われていないだろうという自信はあるけど、好かれているという自信はからっきしないんだ。だったら、告白する前の、ただの友達に戻った方がいいんじゃないかと思った。須賀さんに俺をフラせる必要もないし、俺がフラれる必要もない。どっちも傷つかないなら、それが一番いいじゃないか」


 彼は一気にまくしたてるようにそう言った。息継ぎもまともにしなかったのか、興奮しているのか彼の肩はゆっくりと上下している。私はそれをぼんやりと眺めながらこの人はかわいいと、思ったのだ。そしてやっぱり私の妄想なんかじゃ手におえないほどに、人間臭い人なのだと、感じた。


 私の妄想はいつだってきれいだ。彼は私が何をしようと微笑んでいるし、怒ることなどもってのほか、不機嫌になったりもしない。そりゃそうだ。私の作り出した想像だもの。そんなリアルな部分、求めてない。そういう虚像がいちばん私にとって萌えるもので、愛しいものなのだと、思っていた。けれど、それは違ったみたいだ。私は目の前の関野くんの困った表情も、不機嫌な表情も、いまのように興奮した姿でさえ知ることができてうれしい。私はもっともっと、彼のほかの姿を知りたいと、そう思った。


 「私は、嫌だよ。なかったことにするのなんて」

 「え?」


 彼は目を大きく見開いて私の言葉の意味がまったく理解できないというような顔をしていた。私はそれをほほえましく思いながら、言葉を紡ぎ続ける。


 「関野くん。私はあなたのことが好きになりたいです。……たぶん、もう少しでなれると思うの」


 関野くんの表情は一向に変わらない。たぶん、頭がフリーズしてて私の言葉がうまく頭に入っていないのだろう。そう思いながらも私は胸の内を吐き出すようにしながら、彼に告げる。


 「だからなかったことになんてしないで。もうちょっとだけ、待っててくれませんか?」


 ――私と彼が結ばれるのはきっと、そう遠くない未来のお話。



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