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前編

 木曜の4時間目。私と隣のクラスの彼が唯一同じ授業を受ける時間。席は自由で私は適当に半分よりもうしろの席を陣取る。最近の彼は私に数分遅れてくると私の隣の席に腰を下ろす。


 ああ、また私の近くの席に座りましたよ、彼は。もしかしてもしかすると、私のこと好きなんじゃない?

だなんて、一切確証の持てない妄想を繰り広げていると隣から声が降りかかってくるわけだ。


 「ねえ、須賀さん」


 ほらね。やっぱり彼は私が好きに違いない。とかいう妄想をするのが最近の私の趣味である。



**



 高校2年生になると私の学校では社会が選択必修で日本史と世界史、それと地理の中から選ばねばならなくなる。そして授業は隣のクラスと合同で行われる。私は日本史を選んだわけだけれど、例によって隣のクラスと合同になったわけだ。そこではじめて出会ったのが彼――関野航くん。


 関野くんとは去年も同じクラスではなかったし今年もとくに関わりがあったわけではない。私は別に隣のクラスに遊びに行ったりするほどアクティブじゃなかったし、彼も私のクラスに遊びに来たりすることがなかったから私はこの日本史の授業で初めて彼のことを知ったのだ。


 きっかけは何だっただろう。

 私と彼は最初のうちは一切しゃべらなかった。だって席もそんなに近くなかったし、私も関野くんも友達と話していたし。まあしゃべる必要性もとくになかったわけ。それがなぜかいつからか彼は、自由席だということを大いに利用して私の斜め前だとか斜め後ろの席を陣取るようになった。とはいえしばらくは席が近くなっただけでしゃべったことはなかった。だけどあるとき、斜め前に座っていた彼はくるっと私の方に振り返ってこういったのだ。「宿題なんだっけ?」と。


 そのときの私の焦りっぷりと言ったらほんとーに、やばかった。もう、とにかくやばかった。

 どうせばれることだからカミングアウトしておくけども、彼氏いない歴イコール年齢の私は男子とあんまりまともにしゃべったことがないような地味っ子。弟とか年下男子にはでっかい顔できるけども、同い年にそんなことできるわけがなくて、どうしたらいいかまったくわからないでここまで来てしまった。そんな私に男子様が話しかけてくるだと!? いったいどんな反応をすればいいんだ? と、頭はパニック状態でぼそっと宿題のページをつぶやいたのを覚えている。


 よし、これで危機は去ったと思ったはずだったのに私のその思いがまったく外れていたことを悟ったのは翌週のこと。彼はなんとまた私に話しかけてきたのだ。しかも席は私の前。先週よりも近くなっているじゃないか。うそだろ、なんでだ。絶望した。


 「須賀さん、だったよね?」

 「……はい」


 ああ、だめだ。この人後ろ振り返ってきてる。そんなことされたら無視できないじゃないですか。確信犯かよ、このやろう。私は目の前にいる彼をちらっちらと視線をはずしたり合わせたりしながら眺めていた。


 「俺、関野航。須賀さん何部なの?」

 「え、私は、美術部です」


 絵を描くのは好きだった。カンバスを私の色で染め上げていく行為がとくに好き。だって同じ景色を描いてもその景色に自分なりの色を落とすだけで、それが自分のものになっていく。誰のものでもない。私だけのものになる。それが好きで私は美術部に入った。でも関野くんは美術にはあまり興味なさそうだ。関野くんのことはよく知らないけれど。


 「そうなんだ。俺はサッカー部なんだ」

 「へえ」


 私は興味なさげなのを隠しもせずに声をあげた。あんまり慣れてない人と話すのは得意ではないし、正直さっさと話を切り上げていただきたい。そう思ったのに関野くんの目はまだあきらめの色を映し出しておらず、再度口を開き始めた。


 「須賀さんはサッカー興味ある?」

 「いや、あんまり」

 「そっかー」


 目の前の関野くんは私の会話を膨らまそうという努力のいっさい見えない返答を聞いてもなお、頑張って会話を続けようとしていたけれど教室に先生が入ってきたのが見えたのか。くるりと前を向いて私に背を向けた。その背中が少しだけさみしげだったのはもしかすると見間違えではないのかもしれない。


 そのとき、私はほんのすこーしだけ思ってしまったのだ。かわいいな、と。


 そう思ってしまうともう妄想が止まらない止まらない。あのさみしげな背中は私とお話がうまくできなかったせいなのかも、とか。実は私のことを1年の時から知っていてずっと話しかけようとしていたのだけど勇気が出ず尻込みをしていた、とか。


 そんな妄想をしているときの私の顔はにやにやとしてさぞ気持ち悪いことだろう。どうか誰も見ないでと祈りながらもそれをやめることはしない。目の前にいる彼が、気になって仕方がないのだ。


 私の妄想は止まるところを知らなかった。相変わらず関野くんとは週に1度だけ会って彼が話すのを適当に相槌を打ちながら聞くという簡素な関係だったけれど、妄想の中ではすでに告白されていた。

 君は知らなかったかもしれないけど、ずっと君のことが好きだったのだ。付き合ってほしいだなんて言わせてみた。妄想の中の彼に。そしてその光景を思い浮かべては、きゃー! いい! すごくいいわ! このシチュエーション! 萌える! と悶えていた。だってこんなことになったら絶対関野くん、言っちゃったよ……みたいな顔するじゃない? そんで、照れるじゃない? そんなん可愛くないわけがない。私が彼に萌えないわけがない。


 現実の彼との距離はついに前後の関係から隣同士の関係へと発展した。そうは言っても、やってることは変わらない。ただ彼の話に相槌を打つという自分の仕事を全うするだけ。彼がたまにはにかむのを、くっそ萌えるわ、とポーカーフェイスを気取りながら頭の中で枕をばしばしとたたくだけのお仕事。


 だったはずだ。――よね?


 「須賀さん、」


 お? お? どうしたどうした。


 放課後教室にひとりぽつんと残って日誌を書いていた私のもとに訪ねてきたのはユニフォームを着た関野くん。これから部活に行くところなのか、それとも部活の休憩を抜け出してきたのかはわかりかねる。だけどこの状況はなんていうか、やばいですよ。夕焼けに照らされた私たち。教室には二人きり。このパターンは少女漫画である王道のあれか? あれだったら笑えるよ、やばいよ。うへへ、ネタになるわ。


 私の頭の中は完全に花畑だった。とっても楽しかった。はずだった。


 「俺、須賀さんのことが好きなんだ」

 「え?」


 反射的に言葉が出る。私はいままでしていた妄想も脳裏にまったく浮かばなくなって、ただただ口をぽかんと開けていた。とんだアホ面だと思うけれど、そうするしかなかった。


 「返事は、また今度聞かせて」


 返事、返事、返事……。

 頭の中で何度かリピートさせるけども一向に理解できない。言葉がただ頭の中をぐるりと一周しただけで何の意味もなかった。


 「じゃあね」


 関野くんは教室から去っていく。呆然とした私を置いて去っていく。


 理解できない。できるはずがない。いまのはもしかしたら夢なのか。むしろ夢であってほしい。私は一心にそう思ったけれど何度考えたってこれは現実で、関野くんは確かに私に告げたのだ。私のことが「好きだ」と。


 幾度か妄想でそんなことを考えたことはあった。彼が照れた顔で私に好きだと告げて、私も彼に同じように返す。そうして付き合い始めるという、妄想。そう、妄想だ。妄想であって現実ではない。そんな告白は起こり得ない、はずだったのだ。


 それなのに、なんだいまのは。告白? これが噂の告白? 私は告白されたの?


 机の上には8割ほど埋められた日誌が置かれていたけれどもう書く気にはなれない。あらかた書いたから怒られることはないだろうし、さっさと提出して帰ろうと、働かない頭で考えながら体を動かす。イスが床とこすれる音がとてつもなく不快だった。




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