オープニングフェイズ シーン3 スィーピングボマー
<シーンプレイヤー 護国寺 保晴>
登場者:護国寺 保晴
<侵食率上昇 1D → 2 (侵食率31%)>
多くの高校生が家路を急ぐ中、夕暮れの通学路を猫川高校に向かい護国寺 保晴は歩いていた。
保晴と同じ生徒会所属の女子生徒が、彼の隣を歩いており、一見すると恋人同士に見える。
「先生方も困りますよねー。 最近、道草を食う生徒が多いからって見回り活動に生徒会まで駆り出して、特に先輩なんて受験勉強で大変じゃないですか」
チラチラと保晴の顔色を伺う女子生徒の顔には、言葉とは真逆に歓喜の色が見て取れた。
「全くだ……」
保晴はため息を吐き、顔が汗ばんでずれ落ちてくる眼鏡を抑えた。
生徒会書記という肩書き上、生徒の見本となるように詰襟を正して着用しているため、少し歩いただけで汗が吹き出てくる。
また、この汗は別の要因、そう隣に歩いている女子生徒にも起因している。
女子生徒が保晴に対して、並々ならぬ関心を持っていることを気づかないほど、保晴は唐変木では無い。
更に運の悪いことに、この女子生徒は今時の女の子らしい色恋事に対して自分から積極的に行動する女の子であった。
今、こうして二人で並んで歩いているのも、遠まわしではあったが嫌がる保晴を彼女が押し切ったからである。
迂闊に人には言えない秘密を持つ保晴にとって、彼女は一番の天敵と言える。
「あ、先輩、あそこ見てくださいあそこ」
女子生徒が指で示した方向を見ると、そこには猫川高校の制服を着た少年が建物と建物の間へ消えていくところであった。
<知覚>難易度6 → 達成値7 成功
遠目であったが、その生徒が同じクラスの灰島時斗であることが保晴はわかった。
「なーんか、怪しいと思いません?」
いたずらを思いついた子供のように、女子生徒はにやついた表情を見せた。
「まぁ、そうだな見逃す理由も無い」
確か、あの路地は猫川高校の正門へと抜ける近道であり、灰島には悪いがショートカットをする口実になってもらう。
そう思い、保晴は女子生徒の提案に賛同した。
路地は人ひとりが通ることがやっとなほどの狭さであるが、何人も生徒が通るからか、通行に支障が出るような障害物は存在しなかった。
事実、10m程度の長さであるにも係わらず、時斗の後姿はそこには無かった。
狭い路地に足を踏み入れたその瞬間、保晴の全身に身が震えるほどの悪寒が走った。
――ワーディングエフェクトだ。
保晴が女子生徒の方へ振り返ると、彼女は喘息のようにヒューヒューと風切り音が鳴る呼吸をしながら胸を押さえて蹲っていた。
「くそ、こんな街中で」
胸ポケットから10cm程度に切りそろえられた長方形の紙片を2枚取り出しながら保晴は言葉を吐き捨てた。
それと同時に灰島が消えた路地の先から盛大な爆発音が轟いた。
路地から大通りに飛び出した保晴が見たものは、黒煙を吐きながら宙を舞う一台のバスであった。
バスは螺旋を描きながらバスを待つ猫川高校の生徒達へと落下していく。
間に合わない。
そう思いながらも、保晴は手に持った紙片を2枚、バスに向かって投げつけた。
投げつけられた紙片は、風を切りながら進むにつれ、その形を変化させていく。
バスに突き刺さる頃には、紙片は人間の手の形になり、手の平に当る部分でバスを掴んだ。
その手は元が紙であったことが信じられないほどに、力強く、そして血が通った生き物のように見えた。
この能力、霊符と呼ばれる紙片より式神を召還することこそ、護国寺 保晴が式神使い|ペンタグラマー|というコードネームで呼ばれている由縁である。
だが、式神は車両重量を支えることはできずに、バスは次第に高度を落としていく。
落下軌道を変えようと、保晴は顔に脂汗を浮かべて念じるがその落下先には2人の生徒の姿が見えた。
歯が割れそうなほど保晴は食いしばるが、もうこれ以上軌道を変えることはできない。
生徒を押し潰しバスが地面へ衝突するその瞬間、金属が歪む鈍い音を立てながら、再びバスは宙を舞った。
数秒ほど空中散歩を楽しんだ後に、十数メートルほど先のセンターライン付近にバスは落下し、再び鈍い音と爆発音がした。
しかし、鼓膜へ乱暴に体当たりしてくる轟音も炎上し始めたバスの熱気も意に介さず、保晴はバス停に立つ生徒を注視していた。
その生徒の右腕は、背丈ほどに肥大しており、また禍々しいほどの黒色の殻に包まれていた。
指は5本生えてあったが、先端には鉄をも易々と引き裂くほど鋭い鉤爪があった。
ごくりと唾を飲み込み、保晴は再び式神召還用の符を取り出した。
「いやー、まるで鬼だね。 あれは」
自分と同じ考えを場違いに明るい声で聞き、保晴は自身の右側を向いた。
そこには狂人さながらの笑みで灰島時斗がガードレールに腰掛けていた。
右手では野球ボール大の灰色の玉を、手持ち無沙汰に弄んでいる。
「灰島、貴様の仕業か!」
語気を荒げ符を構える保晴を、灰島はクックッと喉を鳴らして笑う。
「その通り、素晴らしい力だよ全く……そうは思わないか?」
立ち上がった灰島は、先ほどまで弄んでいた灰色の玉を放物線を描くように保晴へ投げた。
舌打ちをすると同時に符を灰色の玉へと投げつけた。
符は玉を包み込むように纏わりつくと、一匹のカラスに姿を変え、大空へと飛び上がった。
「ハッハッハッ、君も凄いじゃないか! でも、俺のほうが上だ」
灰島は右手をボーリングの玉を投げるように宙を滑らせた。
いつの間にか右手には数十個のビー玉サイズの球体が握られており、それは散乱しながら保晴へと転がっていく。
球体を認めた保晴はほぼ反射的に符を灰島へと投げつける。
早かったのは灰島の方であった。
指を鳴らす音と同時に、一寸先も見えないほどの煙幕が立ち上った。
「悪いけど、今日のところはここまでだ。 またな、護国寺」
煙の中でむせ返る保晴へ勝ち誇った灰島の声が届いた。
数十秒後、その煙幕は綺麗に晴れ上がったが、煙と共に灰島の姿も消えていた。
そして思い出したかのように、バス停の方へ目をやると先ほどの生徒は地面に伏せており、右手も人の腕に戻っていた。
「おい、アレは何だ」
「バスが燃えてるわ」
「誰か消防車呼べよ」
ワーディングが解けたのか、次第に周囲は喧騒を取り戻しており、混乱した悲鳴が聞こえてくる。
「まずは処理班を呼ばないとな」
ずれていた眼鏡を左手で戻し、保晴は深いため息をついた。