オープニングフェイズ シーン2 世界の裏側で
<シーンプレイヤー 雪城 海菜>
登場者:雪城 海菜
<侵食率上昇 1D → 8 (侵食率40%)>
登場者:杭島 鋼平
<侵食率上昇 1D → 3 (侵食率40%)>
UGN日本支部の一角にある訓練室で雪城海菜は集中していた。
体中に侵食するレネゲイドウィルスの一つ一つを制御し、その未知なる力を一点に集める。
これまで何十回、何百回と行ってきた行為であり、それをレネゲイドと対話すると例えていた。
海菜の体に潜むサラマンダーのレネゲイドを活発にすると、周囲の温度がたちまち下がっていく。
空気中の水蒸気が水となる露点よりも更に低く、水蒸気が氷となってしまう昇華点に達すると海菜の周囲に氷の結晶が浮かぶようになる。
更に気温が低下させると、氷の結晶は人差し指程度の長さの氷柱まで成長し、その先端は鋭利な刃物のように鋭利に尖っている。
海菜は氷柱の成長を確認すると、サラマンダーのレネゲイドを鎮め、今度はバロールのレネゲイドを揺さぶり動かす。
肩で切りそろえた海菜の髪が逆立つと、周囲の氷柱は一斉にその先端を海菜の視線の先にある人型の的と向けた。
そして、氷柱はその的へ吸い寄せられるように飛んでいく。
その光景はさながら氷柱のミサイルによる爆撃であった。
最後の氷柱が命中した後の的は人の形をしておらず、その破壊力を物語っていた。
「流石ね、海菜。 また腕を上げたんじゃない?」
訓練室の入り口から聞こえてきた明朗な声に、緊張が緩み、顔が綻んだ。
「お久しぶりです。 玉野教官」
海菜が声のした方を見ると、そこには予想通りに“シルクスパイダー”玉野椿がいた。
玉野椿はUGNチルドレンの訓練教官であり、あまたの激戦を潜り抜けた歴戦のオーヴァードである。
その能力はコードネーム通りの自身の爪を糸に変化させる能力であり、その糸は先ほどの氷柱のミサイルを全て捌ききれるほどの正確さと強靭さを有している。
海菜にとっては教官であり、自分の人生の転機となった恩人でもある。
そんな人に褒められたのだから、まだ幼さが残る海菜にとっては足元が浮つくほどの嬉しさだった
「どうでしょうか? 現在、日本支部にいますチルドレンの中では屈指の実力を持った子です」
「荒削りだが……悪くは無いな」
玉野椿の言葉に返事をし、訓練室に入ってきたのは身長が2m弱あると推定されるトレンチコートを着た大男であった。
男の目は値踏みをするように海菜を捕らえており、異様なまでの迫力を持っていた。
そして、その男はジッと海菜を見つめたまま、こちらへと近づいてくる。
あんな目を持っていた人を海菜は知っている。
忘れたい過去の記憶、まだ海菜がUGNではなくFHに所属していた頃の教官が差し向けた目つきにそっくりだった。
あの教官は自分のことをモルモットのように扱い、今でも海菜にとっては恐怖の象徴であった。
男は海菜の目の前で止まると、まだ見下すように海菜を見る。
逃げ出したい衝動に海菜は駆られるが、逆に覚悟を決めて男を睨み返した。
ここで逃げてしまってはこれまでUGNで訓練してきた日々を無駄にしてしまう。
体は自然と震えるが、目だけは強い意志を保ったまま男の瞳を見据えていた。
訓練室はしんと静まり返り時の流れが遅くなったように感じる。
「度胸もある……問題は無いな」
濃いひげで覆われた口を曲げると、男は呟いた。
「おい、お前の名前は何だ?」
「雪城 海菜、空から降る雪にお城の城、あとは海に菜っ葉の菜です」
「そうか、俺の名前は杭島 鋼平。杭に島に鋼に平らだ」
差し出してきた杭島の左手を海菜は両手で握った。
無骨な手であったが、血の通った暖かな手だった。
「では、霧谷さんが呼んでらっしゃるのでご同行をお願いできますか? お二人とも」
傍目から見ると親子と錯覚してしまうようなコンビが結成した瞬間を玉野椿は笑みを浮かべながら口を開いた
「お久しぶりです。バンカーバスター」
先ほどの訓練室と同じ建物にある会議室の中で、UGN日本支部長“リヴァイアサン”霧谷雄吾は左手を差し出した。
「相変わらずだな、リヴァイアサン。 あんたが呼ぶということは一筋縄じゃいかない話だろ」
杭島はその霧谷の手を握り返した。
「ええ、もちろんです。 私は多くのUGNエージェントを知っておりますが、この件はあなたが一番適任です」
お互い手を離すと、霧谷は居心地が悪いのか部屋の隅に立っていた海菜の方に目をやる。
急に目が合い、海菜は何かを言いた気にしているのだが、俯き、しどろもどろになる。
「雪城海菜さん、コードネームはダイアモンド・ストームでしたね。 シルクスパイダーより話は良く聞いています」
それに対し、霧谷は温和な笑みを絶やさずに口を開いた。
「はい、お初にお目にかかります。 霧谷支部長」
少々早口であったが、喉から声が出たことに海菜はホッとした。
「では、早速本題に移りましょう。 少々、この件は厄介でして……」
会議室の電気が消え、天井からスクリーンとプロジェクターが下りてくる。
真っ白なプロジェクターに映し出されたのは、痛々しい姿で横転、そして炎上しているバスであった。
「こちらの写真は約4時間前、猫川市でイリーガルの方が撮影されたものです。彼の証言ではバスが横転する前にワーディングエフェクトを確認したとのことで十中八九オーヴァードが係わっている事件です。」
「このグシャグシャになったバスを見るからには、そいつはキュマイラシンドロームかい?」
プロジェクターの中央、砲弾でも直撃したかのようにひしゃげたバスの側面を杭島は指した。
「半分当たりで半分はずれと言ったところでしょうか。はずれなのは下手人は爆発物を練成し投擲したとの証言があり、恐らくモルフェウスと思われます。以後、この下手人を“スィーピング・ボマー”と名付けさせていただきます。バスは5mほど上空を舞ったとの話ですから相当の実力者だと想定されます。」
霧谷は舌を止めることなく続ける。
「そして、当たりなのは、偶然居合わせた少年がその宙を舞ったバスを殴り飛ばしたということです。……つまり、こちら側の人間ということです。また、力を使った後に気を失ったことから、事件のショックで覚醒したと考えるのが妥当でしょう」
「バスを吹き飛ばす奴も相当だが……バスをぶん殴る奴も相当だな……」
ポツリと杭島は呟いた。
「そこでお二方には、猫川市に急行していただき“スィーピング・ボマー”の調査に当たってください。猫川市はイリーガルが主体となっておりまして、こういった荒事を一任させるには荷が重いというのが私の判断です」
「わ、私達二人だけなんですか」
これまで押し黙っていた海菜が声を上げた。
「私にとっては初めての任務ですし、その“スィーピング・ボマー”も相当のオーヴァードなんですよね。せめて、もう一人増援を……」
「残念ながら、これで手一杯です。京都支部の壊滅をはじめ、綾間市、白鷺市と近年レネゲイド関連の事件が続発していまして、2人を派遣するだけでも破格の対応なのです。」
いつの間にか霧谷の温和な笑みは消えており、その顔は約1億3千万人の日本国民の命を預かる支部長としての覚悟を映し出していた。
「リヴァイアサン、話はそれだけじゃないだろ。 俺をわざわざ呼んだ理由について聞かせてもらおうか」
杭島は一歩進み、霧谷と海菜の間に割って入った。
彼の左手の指はある言葉を待ちわびるように、忙しなく動いている。
「ええ、この爆破事件が起こる数時間前にあなたが良くご存知のFHエージェント、“ディアボロス”春日恭二が猫川市で目撃されたと報告が入っています。」
ディアボロス、その単語を聞いた途端に杭島は左手を強く握りこむ。
「この件引き受けさせてもらう、1時間以内に車を用意してくれ」
杭島の眼にはギラギラと青白く輝く復讐の炎とでも言うべきものが光り、その復讐が彼を突き動かしていることは一目瞭然であった。
「任せろ、お嬢ちゃん。 奴が絡んだからには心配することはねぇ。 行くぜ」
会議室から消える杭島の後ろ姿を海菜は頼もしくも、何処か燃え尽きる前の蝋燭のような儚さを僅かであるが感じ取った。