パラレルⅡ バタフライ・スイマー
ミニコミ『bnkr』Vol3に掲載した作品。今回は大塚英志のキャラクター創作メソッドを使って学園の生徒100人のキャラを作るという無茶(笑)な作業を行った末に書きました。
■1
私立盆倉高校。
この学校には奇妙なシステムがある。「ランキング」と呼ばれるそれは、学内の全てを数値化し、ランキング化したものだ。この学校の生徒、教師、用務員・事務員等、全ての行動はランキングによって管理されている。
「ランキング」は勉強だけにとどまらない。部活も、普段の生活態度も、学内の色恋沙汰や不良同士の喧嘩さえこのランキングの対象となる。私立盆倉高校の学内(と対外試合・修学旅行などの課外活動)で起こる全ての事は監視され、数値化され、ランキング化される。
もちろん、これをプライバシーの侵害という人は多い。だが、この「ランキング」によって学内の治安は劇的に改善された。そして、勉強も、部活動も全国トップクラスの実力を誇っている。
俺?俺はそんなもんはどうでもいい。何事も平凡が一番だ
。
■2
5月だというのにあたりはまだ肌寒い。
GWが過ぎ、しばらく経つが、盆倉高校の学内は平和そのものである。遠くに、担任の山本なんとかの声が聞こえる。俺は、このぼんやりとした日常を愛する。そして、願わくば、この日常がずっと続いてほしい。
だが、俺のこのささやかな願いは、常にかなう事はない。
■3
「部長。頑張ってるか?」
放課後、部室を覗くと部長の張本がamazonDTPの画面を見ながら唸っているところだ。隣には、見知らぬ女の子が。
「先輩!ちょっと教えてくださいよ~。」
「いや、俺が電子書籍なんて全然わかんないのは部長もしってるはずだろ。」
そう、電子書籍部は元々「俺のまったりスペースの確保」という崇高な目的のために活用されていた部活だった。それがいまや、amazonDTPでkindle版の小説を本気で作る部活になるとは。って、amazonがどうしたとか俺は良く知らないのだが。今度入った新入生は思いのほかやる気に満ち溢れているため、早々に部長の座をお譲りした次第だ。
「部長、さっきから気になってたんだけど、彼女は入部希望者?」
「あ・・・すいまセン。わたシ、張本さんの同級生デ、松本でス。パソコン部でス。」
「amazonDTPやるんで、萌ちゃんに来てもらったんです。」
「へー。」
「本職ハ、プログラマーなんでスが。」
「まぁ、頑張ってよ。」
俺は部室の席につき、買ってきた「週刊少年ジャンプ」を読み始める。最近の俺のお気に入りは、『SKET DANCE』という学園コメディマンガだ。これは面白い。なによりいいのが、変な超能力とかバトルとかしない事だ。同時期に『PSYREN -サイレン-』というマンガも始まったが、あれは良くない。ああいうのを読むと、超能力とか、異世界に憧れてしまう奴がいる。もっとも、中学二年の俺が読んでいたら、熱狂していた事は間違いないが。
「先輩。」
「何?」
「ランキングってなんであるんですかね?」
「そりゃ、俺達が一生懸命学生生活を送るようにだろう。」
「でも、先輩みたいなのもいるじゃないですか。」
「・・・。張元、それ以上言うなよ。」
「そういえば、今週のランキング1位って先輩のクラスの人ですよね?」
「んー、そうだったか?良く知らないよ。」
といいつつ、俺の脳味噌は週刊少年ジャンプからランキング1位の男へと向かっていった。
■4
中西徹。
2-A組のクラス委員にして生徒会の一員。そしてランキング一位。毎日ボランティア活動にいそしみ、あらゆる学校行事に積極的。とにかく正義感の塊のような人間だったと思う。俺はたまにそれがこの上なく不愉快に感じるのだが。
不思議な事に、彼は別に勉強ができるわけでも、スポーツ万能なわけではない。それらは中の上といった感じなのだが、なぜかランキング一位。それ怒っている人間もいるとは聞いている。
ここが「ランキング」の難しいところでもある。ランキングは、学校内のメインコンピューターによって集計・管理されているが、ランキングが発表されるのはあくまでも総合ランキングのみで、ポイントの内訳というのは誰にもわからない。勉強や、スポーツの場合、その人が優れているかどうかが明らかにわかる。だが、ランキングとはそれ以外に色んな要素を取り込んでランキングを作っている。だから、色んな人たちが不満を持ち、ランキングは常に批判にさらされる。「ランキング」上位者には当然特典があり、下位の人間にはペナルティがある。例えば、学食を食べる順番。これはランキング上位からだ。購買のパンだってそうだ。そもそも、ランキング上位10%の人間には学費・給食費がかからない。そしてその費用は下位10%の人間が支払っているのだ。
■5
「なぁ、おかしいと思わないか?」
ここにもランキングの結果に不満を持つ人間がいる。橘彰。生徒会の目安箱担当だ。
「確かにおかしいかもしれないけど、メインコンピューターが決めた事だろ?」
「大体あいつ、生徒会でも正論しか言わないし、頭固いんだよ。正しいかもしれないけど、いても意味ないんだよね。定期テストだって、いつも俺より下だし。」
「お前みたいなやつがいるから、『ランキングへの批判・中傷はその内容に関わらず停学に処す』って校則もきまっているんだろ。」
「だからさ、こうやってここでコーヒー飲んで相談してるわけじゃん、兄弟。」
橘はコーヒーを飲みながら俺に力説する。奴の依頼はこうだ。中西を観察し、ランキング操作の証拠を見つける事。
「なければないで、あきらめられるしさ。頼むよ。今度、電子書籍部の予算を増額するようにかけあっておくからさ。」
本当にあきらめてくれるかどうかは全くわからない。というか、俺を使っている時点で奴もランキングを操作している事になるのではないだろうか。それにしても、電子書籍部の部費増額とは・・・。「先輩、今度、ISBNコードを取ろうと思うんです」という張本の純粋な声が聞こえる。俺が納得したように思ったか、橘は席を立つ。
「ここは、俺がおごっておくよ。」
■6
中西の行動を監視し始めて1週間。これといっておかしなところはない。だが、ひとつだけ気になる事がある。全てにおいてタイミングがよすぎるのだ。例えば、この間は野球部の里中と泉の喧嘩を仲裁したのだが、なぜ、中西がその場にいたのか。まぁ、「たまたま」なんだろうが。
「・・・なぁ、どう思う?」
「やっぱり何もしてないって事じゃないかな、橘君の嫉妬という事で。」
斎藤ちひろ。同じクラスで俺の後ろの席。先月、ある事件で彼女と一緒になって以来、たまにこうして相談をしている。相変わらず黒髪に凛とし佇まいで、いつもの喫茶店も彼女と一緒にいるだけで違って思える。
「ただ、少しだけ気になる事もあって。なんであんなに都合よく中西が行く先々で喧嘩が起こったりするんだろうって。漠然とした違和感があるんだよ。」
「うーん。でも、それはたまたまかもしれないじゃない。そういえば、盆倉高校のフォーラムがあるって知ってた?」
「フォーラム?インターネットじゃなくて?」
「草の根BBS。要は個人でやってるパソコン通信なんだけど。インターネットに比べるとバレる可能性が少ないってことで、何人か使ってる人がいるみたい」
「ネットでは、高校の悪口は書けないからな」
「そう。確か、電話回線があれば使えるんじゃないかな?」
俺は、いつかの電子書籍部の部室の光景を思い出していた。
■7
松本萌木子に言われた通り、草の根BBSにアクセスする。彼女いわく、「そレぐらイ常識」なのだそうだ。悪かったな、常識なくて。草の根BBSの指定されたフォーラム「bnkr」にアクセスする。そこには、学内の様々な噂が上っており、その中でも中西の今回のランキングの件は、大きな反響を巻き起こしていた。大半は橘のごとき嫉妬に駆られたものだが、中に興味深い書き込みがあった。それは、何らかの形で中西に世話になったという人間は多くが体育会系で、文化系ほとんどいないいうこと。そして、中西は3年の向日原祐希と付き合っている、というものだ。俺が監視していた時期には向日原と付き合っている形跡など全くなかったから、これは意外だった。
■8
「佐藤・・・君よね。こんなところに呼び出して、一体何の用?」
向日原祐希がいつもの喫茶店のいつもの席に座る。
「先輩、申し訳ありません。お呼び立てして。今回、中西徹の事でお話が聞きたくて。」
動揺したのかどうか、向日原祐希の表情を窺い知ることはできない。
「彼、同じクラスで。それで、この間ランキング一位とったじゃないですか。あれに色々言う人がいてですね。」
「そんなの、本人の努力なんじゃ?」
「いえ。今回ランキング一位とった、恐らく直接的な原因は女子野球部と女子サッカー部の練習場を巡るトラブルを解決した事にあるんですが、先輩、先輩はあらかじめ双方の主張と落とし所を知る立場にあったんじゃないんですか?先輩はそれを中西に伝えた。」
向日原祐希は笑い始める。
「何それ?」
「聞いてるんですよ。両方の部長に。そしたら中西は話もそこそこに、双方にとってベストな解決策を提案してきたから気味が悪かったって。どちらの部長も言ってました。そして、野球部・サッカー部どちらもあなたと仲いいですよね。そして、どちらも中西から仲裁される少し前に先輩にその事を相談している。」
向日原祐希の顔色が変わる。
「そして、もう一つ。中西は大小いろんなトラブルを解決していますが、文化系部活の部員は先輩と同じクラスの人間だけなんですよね。先輩があらかじめ情報を流していたんじゃないんですか?」
向日原祐希は観念した風で話し始める。
「私、趣味で学内の色んな人の噂話とか、嫌いな人、好きな人とか、そういう情報をノートにまとめてるの。ある日、そのノートを落としてしまって。それを拾ったのが中西だった。こんな事、バラされたら、私の学園生活は終わってしまう。だから彼に従って、いろんなトラブルの情報をあつめてたの・・・。」
「先輩、ありがとうございます。あとは俺に任せてください。きっと悪いようにはしないので。」
望まない事を手伝わされる気持は俺にもよくわかる。
■9
「八ヶ岳さん、今、セパタクロー部と練習時間で揉めてるんだって?」
放課後、俺がハイキックを華麗に決める斎藤ちひろに見とれている中、総合格闘技部にやってきた中西。部長の八ヶ岳ひのでに言う。だが、八ヶ岳は怪訝な顔で聞き返す。
「えっ?なんで?部長の綿貫ちゃんとはいつだって仲良しだよ?ねぇ?」
現れるセパタクロー部部長・綿貫翔子。1年にして部長職を務める苦労人だ。不穏な空気を感じる中西。
「えっ。そうなの?それならいいんだけど?」
「中西、仲裁はしないのかい?」
物陰から橘が登場する。
「お前、毎回これでランキング上げていたんだろ。お前が仲裁した女子サッカー部と女子野球部の部長に聞いたよ。おまえがまるで最初から解決策を知っていたみたいで気味が悪かったってな。」
「・・・。いいじゃないか。俺みたいな人間が、この学校でのし上がっていくには、こうするしかないんだよ。何が悪い?」
開き直る中西。
「ランキングは公平なもんだ。だからこそみんなが納得する。」
お前が言うな、と俺は心の中でツッコミを入れる。
形成不利とみてその場逃げ出そうとする中西。斎藤ちひろが飛び出し、ハイキックをお見舞いする。実際には寸止めだったが、彼は気絶していた。
■10
中西は結局退学処分になった。当然、彼は「共犯」として向日原祐希の名前を上げた。だが、証拠もなく、その件は特に追及される事もなく終わった。余談だが、彼が総合格闘部でノックアウトされた30分後、教室でボヤ騒ぎがあり、中西徹のロッカーの中の物は全て燃えてしまった。当然、その中には彼が後生大事に持っていたスクラップブックも含まれる。中西が学校に無断で持ってきたライターから発火したらしい。本人はそんなライターはしらないと言っているらしいが。
向日原祐希はあれから何事もなかったように暮らしている。「向日原ノート」はやめたのかと思ったが、しばらくして俺宛に「誰か気になる人がいたら私に聞いて」とメールが入っていた。それが何を意味しているか深く考えない事にした。電子書籍部は予算増額で、無事ISBNコードを取得できそうだ。今は部長達が国立国会図書館に申請書類を書いているところだ。俺?俺は相変わらず来週の週刊少年ジャンプを心待ちにしている。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。この作品がいくらかでも読者のかたの記憶に残れば幸いです。また何か感想とうあれば是非書き込んでいいただけるととてもうれしいです。