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第二話 ここに来た理由

リエラは目を覚ました。

まだ意識が朦朧としている。

温かい感触からどうやらベッドで寝ていたようだ。

体が思うように動かず、目を薄く開けた。

半月状の視界からは窓から差し込む日差しと白い天井、そして一人の女性が見える。

胸まであるグレーの髪で、キリっとしてとても鋭い目をしている。

その目はずっとリエラに向けられていた。


「目を覚ましたようね。」


そう言いながら女性はリエラに一歩近づいてきた。

リエラは重たい体を起こそうとしてみるが、やはりまだ上手く動かなかった。

どこから何を思い出せばいいのか分からないし、今どんな状況なのかも分からない。


「ここは?」

リエラは何気なく目の前の女性に尋ねた。

しかし、その女性は鋭い目をさらに細めた。

「それには答えられないわ。」

その返事はあまりにも冷たく疲れきったリエラにはさらに重たくのしかかった。

ーどうやら歓迎されている訳ではないようね。むしろその逆か。


視線を落として目を閉じた。


ジュッ


女性は手慣れた手つきでタバコに火を付け、フーと煙を口から吐き出した。


「アーサーがあなたを猿と間違えてこの屋敷に連れてきたのよ。

疲れきって眠っていたからここへ運んで寝かせていたの。」


先程の冷たい返事に申し訳なさを感じたのか、淡々とリエラに説明してくれたのだった。


「そうだったんですか。

それはすみません。」

「あなたが謝ることじゃないわ。アーサーが勝手に間違えただけだから。」

「あの…」

「どうやってこの島へ来たの?」


リエラの発言を遮り女性はリエラに尋ねた。

女性の問い詰める聞き方にリエラは口がすごんでしまった。


「あなたの所持品、船の中を調べさせてもらったわ。

船の中には他に誰もいなかったし、服や食料からしてあなた一人だけで航海してたみたいね。

見た目からして、17ぐらいに見えるけど航海術には随分長けているじゃない。」

女性は一呼吸おいて続けた。

「でもこの島へは辿り着けないように島の周りに強力な結界術を施してるの。何もない海の上に一つの道があってね、その道通りに進まなければ永遠と彷徨い続ける事になる仕掛けになっているのよ。

でもあなたはそれをかいくぐってこの島へ辿り着いた。

そのあなたが首からかけているコンパス。裏にはイオニアの国章が刻まれている。

着ている服だってボロボロにはなっているけど気品ある服装よね。」

あの鋭い目は疑いの目だったのか。確かに急に来た人間を信用できるハズがない。

女性はさらに自分の推察をリエラに投げてきた。

「昔、聞いたことがあるの。

イオニアには“トリトン”と言う不思議なコンパスがあり、そのコンパスは水の加護により自分の目指す方向を必ず指し示してくれると。水の加護を多く受けているイオニアだけど、そのコンパスがあるため海上戦には特段と他国より強いのだとね。

ただの伝説かと思っていたけど、この島へたった一人の女の子が辿り着いたとなると、“トリトン”の伝説は本当だったみたいね。

そうなると、あなたの正体は自ずと分かってくる。そんなお宝が一般人の手の届くとこにある訳がない。きっとイオニアの国宝と考えるのが妥当。そんな国宝を扱う事を許されるというコトは王族。

そう。あなたは、イオニアの王女、リエラ=ヴェルディオウスね?

そんな王族が何の用かしら。

あなたの目的は何?!」



リエラは全てを見抜かれた女性の前で呆然としていた。

この人の前で嘘や隠し事は通じない。この目を欺く事は出来ない。

全てを話そうと思った。そして力になって欲しいと願った。なぜなら、“トリトン”に導かれこの島に来たのだ。必ずこの島に私を、いやイオニアを救ってくれるモノがあるはず。


リエラはもう一度女性に目を向け語り出した。


「ご察しの通り私はヴェルディオウス19世の娘リエラ=ヴェルディオウスです。 イオニアから来ました。」

そう言うとリエラは首にかけているコンパスを手に取り続けた。


「これもあなたがおっしゃる通り“トリトン”と呼ばれるモノで、これに願いを込めると水の加護によりその者が求める場所へ導いてくれるイオニアの国宝です。」

リエラは一呼吸置いた。

「…今イオニアでは内戦が起こっているのです。」

「内戦?」

煙がこぼれた。

女性は口にタバコを咥えたままリエラの言葉に反応した。

「はい。

元々イオニアは王家と国民の仲がよい楽しい国だったのです。

父レガイオは誰よりも民の事を思い、民はそんな父を慕っておりました。決して豊かな国ではありません。それでも皆笑顔で皆で支え合って暮らしていました。

あのアイーナ戦争までは。」

「アイーナ戦争?あぁあの戦の事ね。水の国イオニアとイオニアの隣国である風の国トラキアの間に位置するアイーナ島をめぐる戦争のことでしょ?

トラキアは自国の領土だと主張し、アイーナ島へ突如侵攻してきた。

アイーナ島は正確にはイオニアの国に属してはいないけれど、イオニア国と古くから友好的な関係であり協定を結んでいるため、国際上ではアイーナ島はイオニアの領土だと認められている。

昔からトラキアの政策を嫌っていたアイーナ島の住民はトラキアの侵攻にイオニアに救援を要請し結局イオニアとトラキアの戦になったのよね。」


リエラは女性の後を引き継いだ。

「そうです。イオニアはすぐさま軍を出しアイーナ島からトラキアの軍を追い出し、イオニアの領海の外まで後退させました。それから3日3晩、両軍は海上で睨み合っていましたがついにテオス神団が仲裁に入ってくれたのです。そのおかげでアイーナ戦争は終わりをむかえたモノの今もトラキアとは停戦の状態なんです。」

「それとあなたがここへ来た理由とどう結びつくの?」

そうだ。その後からイオニアがおかしくなったのだ。戦争の時も苦しかったが、それからの過去と現在の状況を思い出すと胸が苦しくなる。

「…その後イオニアでは軍力を強化すべきと言う意見が上位の層の人達から多くあがりました。17年前の世界大戦でも敗戦国であるイオニアはこのままではいつか侵略されるのでないかと。戦が嫌いな私の父は断固反対しましたが議会の圧倒的多数の意見に敵わず兵器開発が始まりました。

しかしそれから暫くして少しずつイオニアに異変が起こったのです。

体調を崩す者が次々に現れ、最悪命を落とす人も出てきました。

父は調査団を結成し原因究明に当たりました。その結果、兵器開発で作った工場から排出される汚水に有害物質が含まれており、それが国の飲み水になっている川へそのまま流れていたのです。

父は即刻工場の停止を議会に出そうとしました。しかし、その父も毒が回り倒れてしまったのです。」

リエラの目が少し赤くなった。

あの猛々しい父の面影は見る影もなく床に就いたままの姿が一瞬にして蘇った。早く父を助けてやりたい。

「父が倒れてからは代理として兄が王の座に着きました。しかし、兄は父の工場停止を棄却し兵器開発の続行を命令したのです。

毒素を中和する解毒剤は直ぐに作られましたが全ての民には行き届ける事が出来ず、一部の者にしか配られなかったのです。

次第に民の一部から王や政府に対して反感があがり、ついには反政府組織が作り上げられたのです。

兄はそれを武力で抑えましたが、それがかえって火種を生む事になり政府と反政府組織の武力抗争がひどくなっていったのです。

あれ程美しく楽しい国が僅かの間で見る影もなくなり、今は怒りや憎しみだけが国中にひろがっています。

私はあの国を救いたく、もう一度誰もが笑って暮らせる国に戻したいんです。

でも、一人の力ではどうする事も出来ませんでした。兄を説得する事も反政府組織を止める事も。

そんな時思い出したんです。この“トリトン”の事を。

これなら私が望む力を与えてくれると。そう思うといてもたってもいられず単身でここまでやって来ました。」

女性はリエラの話を聞き終えるとタバコを灰皿に押し付け火を消した。

「なるほどね。要約理解したわ。

そうか。その手があったのね。“トリトン”ねぇ。

本当にそんなもんがあったとは…。」

女性は独り考え事するかのように腕を組みながらブツブツと言った。

どうやら内戦の話より“トリトン”が気になるらしい。

「この“トリトン”があったからこそここまで来れました。

そしてその“トリトン”はここを指し示しました。

ですからこの島には私を助けてくれる何かがあるはずなんです!イオニアを救ってくれる力が!

この島には何かあるのでしょ?それをどうか私に教えてくれませんか?どうか私に協力していただけませんか??」

リエラは必死だった。自分の好きな国が崩壊しようとしている。父が好きだった国が消えようとしている。

父が倒れている今あの国を誰かが代わりに守るしかないのだ。

その最後の希望がこの島に必ずある。

リエラは女性の返答に期待した。全て話したのだ。この人も分かってくれるはず。きっと協力してくれるはず。

だが、女性から出て来た言葉はリエラの期待を裏切るものだった。


「ないわ。」

「え…?」

「ないって言ってるの。

この島にそんな力はない。

あったとしても、それを持ち出す事はさせないわ。」

予想もしない回答にリエラは頭の中が真っ白になった。

女性の言葉を整理出来ないでいる。

「どうしてですか?!」

リエラは思わず叫んだ。

「この島を知った以上、この島から出る事は許されないの。

あなたが自分の国を守りたい事は十分分かった。

だけどね、私にもあなたと同じように守らなきゃならないもんがあるの。そのために、あなたをこの島から出す事は出来ない。」

「そんな…。」

「あなたが一国のお姫様だろうがなんだろうが関係ないの。

この島からは誰も出ちゃいけない。それがこの島のルールなの。」

「じゃぁ、私の国はどうなるのですか?このままでは潰れてしまうのです!誰かが救わなければあの国は終わってしまうのです!!」

「知ったこっちゃないわ!!!」

理性を制御出来なくなりそうなリエラを女性は怒鳴り声をあげて制止した。

「言ったでしょ。

この島の存在を知った以上ここから帰す訳には行かないの。

もし勝手にこの島へ出ようとするなら…命の保証はしないわ。」

女性はあえて話の間を作り、場を鎮めた。

とてつもなく冷たい空気がさーっと広がる。

女性は鋭い細い目を更に細めてリエラを睨みつけた。その眼差しは静かで冷たいものだった。

冗談を言ってるようではないようだ。

「安心しなさい。約束さえ守ればあなたを殺したり奴隷の様にこき使ったりはしないわ。

約束はただ一つ、この屋敷から一歩もでない事。もし、一歩でもはみ出した時点であなたを斬る。」

女性はまたタバコに火をつけ煙を吐きながらリエラの返答を待った。


「……。…ねが…で…。」

「ん??」

いつのまにか首が垂れ下がってしまったリエラの声はあまりにも小さく女性には聞き取れなかった。

「お願いです。どうか…どうか助けて下さい…」

女性は頭を掻きむしった。聞き分けの悪い子供だ。

「だーかーらー駄目なもんは駄目なのよ。恨むなら、この島へ連れてきたその“トリトン”っていうヤツを恨むコトね。

絶対にこの島からは出させやしない。あなたが乗って来た船も後でアーサーに言って解体させるし、あなたの夢はここで絶たれたの。

潔く諦めるのね。」

それでもリエラはただただ繰り返した。

まるでネジ巻きで動く人形のように。

「お願いです。どうか…助けて下さい…。」

もはや女性の言葉は聞こえていないらしい。

女性はもう一度頭を掻きむしった。


「フーッ。

あなた、お腹空いたでしょ。待ってなさい。何か作ってくるから。」

そう言うと女性はリエラから離れて部屋を出ようとした。



「一つだけお礼を言うわ。“トリトン”を使って来たのがあなたでよかった…。」

女性は扉を開きながら、そう言うと部屋を出ていった。


リエラの頭の中には様々な言葉や思いが糸になって絡まり合い、ほどくことが出来ずにいたが、一つだけはっきり見える糸があった。

それは、絶望という糸であった。

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