神様からのお手紙(承一)
これは、「グループ小説」第十二弾、「起承転結」企画です。
■神様からの手紙(承)
とりあえず部屋に戻った僕は三人の写真と向き合っていた。
うーん、この中の誰かと付き合えるって言われてもなあ……。
うーんうーん、と唸りながらも顔は自然とにやけてしまう。時々でへっ、なんて声まで漏れてしまう始末。でへっ。
しかし神様が提示してきたルールもある。場合によっては杞憂に過ぎてしまう場合だって考えられる。
(まずは状況整理かな)
大まかにルールは二つ。
一、三人それぞれに僕という人間をアピールすること。
ニ、選んだ一人が提示する金額よりも、僕の提示した金額の方が多いこと。
これだけだ。
とりあえず一番目のルールが難関だ。
水野さん、伊集院さん、北嶋さん、ほとんど会話もしたことがない女子三人にどうやって僕をアピールすればよいのか?
しかも学校も休みなので、会う確立はぐんと減る。うーん……でへっ。
(よし、こういう場合はできることからやっていこう)
そうだそうだ。一番目が難しいなら二番目だ。
これは自分で払える範囲内でしか提示できないのだから、手持ちのお金を増やすことが大事なんだ。
今、手持ちのお金は6,510円。微妙だなぁ。
と、部屋の隅にある漫画とゲームソフトが目に入った。小学生の頃から集めた僕の大事な宝物達。これを売れば……。
いや! そんな無理やり相手より高い金額を提示してまで付き合いたいだなんて、男として、人間として間違っている! 相手にゼロ円という金額を提示させるぐらいでなくてはいけないはずだ!
それはそうと、最近部屋が狭くなってきたので漫画とゲームソフトは売ることにした。お金が欲しかったわけでは全然ないが、手持ちは21,510円になった。
漫画を売った帰り道、僕はポエムを創作しながら指先の運動をしていた。
もっとわかりやすく言えば「一円でも多く、一円でも多く」と呟きながら自動販売機のおつりのところを探り歩いていた。
すると通りすがりのおばさんが「負けないで」と千円札を握らせてくれた。ふむ、僕の芸術活動への寄付だろうか。お金なんて欲しくないが、気持ちとして受け取っておこう。しょうがないなあもう。
「よお翔太。何してんの?」
「ああ、田中太郎くん。いや、ちょっと漫画本を売りに行っててさ」
何でフルネームで呼ぶんだよっ! 田中太郎くんの心からの叫びが返ってきた。彼はスポーツ万能で成績もよく、顔もまあまあで身長が180センチもあるという素敵な男性だ。しかしお茶目な両親がつけた名前だけがコンプレックスだった。
「すまん、田中太郎くん。悪気しかないんだ、許してくれ」
「許せないだろそれっ!?」
「それで田中、太郎こそ何してるんだ?」
「ちょっと区切ってるけどフルネームだよねっ!?」
相変わらず田中の突っ込みは激しい。こいつなら良い芸人になれるぞ。
「……ふう、これから皆と映画を観に行く約束してるんだよ。翔太も行くか?」
ガッ!
僕は田中の首筋を掴み上げた。といっても首に手を届かせるのでやっとでしたが。
「田中太郎よ……今の俺に映画等という現実逃避に払う金があると本気で思っているのか?」
「は? ……ちょ、え!?」
あまりの状況に戸惑いを隠せない田中、構わず一喝してやった。
「貴様はアンパンマンに顔が欠けたまま戦えと言っているんだ!! 見た目的にも実力的にも色々まずいだろうがっ!!」
愚か者が、と盛大に舌打ちして手を離した。神様がくれたこのチャンス、絶対に見逃すわけにはいかんのだ!
「ごほっ……わ、わからんがお前が何かに命を賭けていることは理解した」
「十分だ、友よ」
「しかしお前、内気で真面目な奴だったはずじゃ……」
シャラップ! 友達の前では本来の姿に戻る、それが本当のシャイボーイだと思う!
「とにかく、俺は映画などには行かん。じゃあな」
そうさ。早く三人へのアピール方法を考えなければいけないのだから。
と、田中と別れてから三分後、僕は唐突に映画が大好きになった。もう愛しおしくて仕方がない。この胸の鼓動、まさにLOVEだよ!
「そういうわけで、田中太郎くん。僕も映画に行きたいです」
「どういうわけで!? さっきあれほど全力で断ったのに……」
もちろん、北嶋萌がメンバーの中にいるという事実とは関係なく映画を愛しているからだ。
「いや、よく考えたんだが、友達より大事なものはないからさ」
見てっ、見てよ萌ちゃん! 僕のこの美しい友情を!
「翔太くんも〜、好きなんだね〜、『怨霊たちの血しぶき祭』」
……何それ?
萌ちゃん、小柄で華奢でおっとりしていて、とっても女の子らしくて可愛い萌ちゃん。そのセレクションは一体……。
「いや、俺達は嫌だったんだけどさ……北嶋が」
「何よー、田中くん達も観たいって言ってたじゃないー」
しょ、少々衝撃的な趣味だったが、これぐらい無問題! 萌ちゃんの可愛らしさにはヒビすら入らないさ!
「いこう! いやー、俺も怨霊の血しぶきが大好きでさー」
「あ、翔太。まだ健太が来てないんだけど」
む、まだ人がいたか。しかしまあ確かに。田中と萌ちゃんだけではデートになってしまうしな。しかしこれ以上余計な人員は不要!
「健太ならさっきダンプカーに轢かれていた」
「ええっ!?」
「次に皆と会えるのは来世だ」
「健太死んだのかよっ!? 映画どころじゃないよっ!?」
「大丈夫、知り合いの霊媒師に連絡しといたから」
「お前の友達関係どうなってるの!?」
っていうか霊媒師じゃ祓われちゃうよ! 田中の切れたつっこみをよそに、萌ちゃんは映画♪ 映画♪ とスキップで映画館に向かい出した。
さすがスプラッター趣味なだけはある。動じないとは……。
――映画は物凄い内容だった。
最初のシーンから主人公が惨殺された。次のシーンではヒロインも肉片に変えられてしまい、映画が半分すぎる頃には登場人物の全てがいなくなった。後半は怨霊達の日常生活を描いたホームコメディ映画に路線を変更し、涙あり笑いありで場内を沸かせていた。
家出していた怨霊のチャーリーと元殺人鬼の霊、ガーヴィンの和解のラストシーンは涙なしでは見られない。また、スタッフロール終了後に最初のシーンで殺された主人公が実は死んでいなかったと明かされた事にも度肝を抜いた。
「あー、面白かったー♪」
田中が白目を向いている!? 返って来い田中!!
「ど、どこが一番楽しかったかな……萌ちゃん?」
「うーん、たくさんあるけどー、やっぱり寂しさを紛らわすためにチャーリーがニューヨーク市民の三分の一を呪い殺すシーンかなー♪」
ああ、あれで世界は大混乱に陥ってたね……。
「ああ、ラストシーンもよかったよねー?」
「萌はいまいちだったよー。前作の、和解と見せ掛けて懐に忍ばせていたナイフでぶすっといったラストシーンの方がよかったもん」
前作あったんだ……。
田中はあまりの内容に今だ目を覚まさない。ん……これはチャンスか!?
「なんか田中はここに残ってもう一巡観たいって言ってるからさ、二人で喫茶店にでも行こうか?」
「いいよー、田中くんも気に入ってくれたんだねー♪」
出ていこうとする僕の足に、無意識に田中の手が掴みかかってきたが、僕はそれを踏みつけて映画館を出た。
もう一度感動のラストシーンまで観ていけ田中!
「も、萌ちゃんの好きな男のタイプってどんなのかなー?」
さっきまでは平気だったのに、二人きりになると急に恥ずかしくなった。だってこれは……まるっきりデートじゃないか!
「うーん、ガーヴィンみたいな人は好みかなー」
それは一度死んで蘇らないといけないデスカ!? 無茶な!
「やっぱり一度死んでるくらい人生経験がないとー、あ、パフェおかわりくださいー」
たぶんこの世にはいないよ、そんな男……。
萌ちゃんは可愛らしい笑顔で10杯目のパフェを食べている。いくらでもおごるからね! と言ってしまったことを後悔していた。
財布の中には20.010円残っているから払えないことはないけど……、三日後に払える金額が減ってしまう……。
「あはは……。萌ちゃんはよく田中達とは映画とか観に行くの?」
「ううん。春休みの前に誘われたのー。男の子と遊んだのは初めてだよー」
とっ……ということは!? 僕が萌ちゃんの初デートの相手!?
かっ、神様……! 金にがめつい神様、ありがとうございます!
「翔太くんってー、楽しい人だったんだねー」
「……へ?」
「だってー、教室じゃいっつも一人で小説とか読んでるでしょー? あんまりおしゃべりもしたことなかったし、意外だったなー」
これは……! もしかして好印象!?
「じゃ、じゃあもしかしてー……今日は萌ちゃんに僕をアピールすることができた、かなーなんてー!」
あはっあははは……! 何言ってるんだ僕は。
「できたできたー。もー大アピールだよー」
一人目クリアーじゃーーー!!
もーー、萌ちゃん可愛いーーーー!! こりゃ決まりですよ神様! 萌ちゃんで決定ですよーぃ! でへへっ。
その時萌ちゃんの携帯が鳴った。
「あ、もしもしー、あれ? 健太くん? ダンプに轢かれたんじゃー……、あ、うん。ごめんねー。うん、うん、わかったぁー。また今度ねぇー」
と、電話を切る。
しばしの沈黙。萌ちゃんは俯いて何も話さない。
「あの……今の電話って……?」
「健太くん……蘇ったんだ……」
好みの男性キターーーーーーー!!!
違うっ! 健太は死んでなんかいないよっ!? 冗談だからねっ!?
「あのね萌ちゃん……!」
「なんだろうこの胸のトキメキ……! ねえ、何だろう翔太くん……?」
「こっ……こっ……こっ……!」
こけっこっこぉーーーーーー!!!!!
「……恋じゃ……ないかな……」
「恋……かな」
僕の馬鹿野郎! 何も相手の肩を持つことないじゃないか。でも、萌ちゃんがあんまり嬉しそうだったから……。もっと喜んだ顔が見てみたいなって思ってしまったから……。
「よかったね、萌ちゃん。今度は健太と二人で映画にいきなよ」
「うん。ありがとう翔太君。優しいねー」
へへっと、笑う萌ちゃん。僕の胸のときめきは、やっぱり嘘じゃなかったみたいだよ。でも、君が幸せになるなら一生隠しとおしてみせるからね。
二人で喫茶店を出た。
ありがとうございましたー。と店員さんが明るい声で言った。
僕の気持ちも知らないで。なんて自分勝手な悪態を心の中でついていた。
じゃ、またねー。
ばいばい。
駅前で萌ちゃんと別れた。手持ちのお金は12,312円になっていた。
財布の中身も、心の中も、なんだか寒いぜ畜生……。
すっかり日も暮れ、やたら薄暗い街灯が灯る住宅街の道を歩き、家路についた。今日一日で色んなことがあったなあ……。せっかく憧れの萌ちゃんと仲良くなれたのに、その日に失恋するなんて……はあ。
ため息をついたのと同時に、ポケットの携帯電話が鳴った。
「ん、登録外か……誰だ? はい、一色です」
「あ、一色君? 水野ですけど、わかる?」
水野さつき!? わかるに決まっている! 憧れの三人のうちの一人だもの!
「えええ、ど、どうして僕の番号を?」
「ごめんね、さっき萌ちゃんに聞いたの。なんか凄いいい人なんだよー。って電話口ですごいアピールされちゃって」
萌ちゃん……! 天使だ君は!
「それでね、いきなりこんなこと言うのも変なんだと思うんだけど……」
えっ、えっ……告白!?
「ななな何!? 何でも言って!?」
心臓が爆発しそうだった。足がガクガク震えているのがわかる。
「あのね……助けてほしいの」
「へ?」
その時、僕は水野さんの声が少し震えていた事に気がつかなかった。
路線は当然のごとくコメディへ。
でも次のfinoさん(承二)次第ではまだまだどうとでも転がります!
バトンはお渡ししました! 頑張ってください!