第9話:ハイテク
「先生はすごく怒っています、すごくよ? わかりますか?」
あれだね、怒ってる人の丁寧口調って迫力が増すよね!
「…す、すみません」
みどり先生は少しため息をつく。
「もっとも、あなたに言っても仕方ないのだけれど…」
フォローする前に、みどり先生が遂にキレて何故か俺が生徒指導室に
連れてこられているわけなんだけど、って誰に説明してんだろ?
みどり先生は、長テーブルを挟んだ向かい側に座ると、メガネを指先で少し上げた。
「でもね、先生気づいちゃったのよ…」
メガネを指先で上げた姿勢で止めて言うから、刑事ドラマのような感じになってるし。
「な、なにをですか…?」
「あの娘たちが乱入して来るとね…」
みどり先生はことさらもったいぶって言葉を止める。
あの娘たちというのは、さつき先輩とちびっ子生徒会長のことだろうな。
「すべてあなたが絡んでいるということにね!」
みどり先生は「犯人はお前だ!」と言わんばかりに腕をまっすぐ伸ばして、ビシっと俺を指差した。
って、おそっ!? クラスメイトはみんなとっくに気づいているのに!
「まぁ、俺に言われても困るんですけどね」
「それはそうだけど、あなたにお願いがあるの」
潤んだ瞳で上目遣いで見上げてくる。ってこの先生意外としたたかかも!?
「あなたからさりげなくチュウしてくれないかしら?」
「注意な!」
何そのわざとらしい言い間違い!
「あ……ごめんなさい! つい願望が…いえ、つい間違えちゃったわ」
願望って聞こえたけど…大丈夫かこの先生!?
みどり先生は何故か俺の横に椅子ごと移動してくると、俺の肩に両手を乗せて口を耳に近づけてくる。
「先生がしてあげてもいいけど? なんならその先まで…」
みどり先生は人差し指の先で、俺の胸の辺りをグリグリ押してくる。
「け、結構です! っていうか話がすり替わってます!」
この先生ヤバい! 見た目の愛くるしさにダマされたら殺られる!
遠目では猫に見えたけど、近づいたらトラだったみたいな?
「吉岡くんの意気地なし!」
「えぇ!?」
「先生のこの溢れでた欲望はどうしたらいいの?」
溢れでちゃってんのかよ!?
「ゴミ箱に捨てたらいいと思います…」
「しょうがないわね、自分で何とかするわ」
え? 何とかなるの? ってその方法を聞いたら地雷踏むんだろうな。
「と、とにかく、先輩たちには言ってみますので!」
抱きしめようとするみどり先生の手をかいくぐり、生徒指導室から逃げ出した。
…
なんだか無駄に疲れたと思いながら教室に戻ると、千歳とちびっ子生徒会長が待っていた。
「おお! 無事に帰ってきたな!」
ちびっ子生徒会長は、椅子からぴょんと降りると、俺の下まで走ってくる。
「どこも怪我してないか?」
「ええ、まぁ、体罰があったわけではないですからね」
「そうか安心したぞ」
千代先輩は、ない胸を撫で下ろしている。
「もとはと言えば会長のせいだけどな!」
「…私の名前は会長ではないのだ」
名前がどうのって小声で何か言ってるけどなんだろ?
「会長?」
「…ちがうもん」
「会長!」
「…会長じゃないもん」
ちびっ子生徒会長は、イジケたように小石を蹴る真似をしている。
「ち、千代先輩?」
ちびっ子生徒会長は、もとい千代先輩は、ぱぁっと顔を輝かせる。
「なんだ? よしじゅん、急に名前で呼ぶなんて…」
顔赤くしているけど、あんたが誘導したんだよ!
「あのですね、会いに来てくれるのは嬉しいんですけど、HR終わってからにしてもらえますか?」
「千歳、聞いたか? よしじゅんのこの自惚れ発言!」
「キモ…」
「なんで!?」
「わ、私は千歳に会いに来ているのであって、よしじゅんでは無いのだ」
「ああ、そこはどうでも良くって」
「どうでもいい!?」
「教室に来るならHRが終わってからにしてもらえますか?」
「ぬー…」
え? そこ悩むところ?
「千代先輩?」
「…分かったのだ」
本当かな? まぁ分かったって言ってるものを追求しなくてもいいか。
「ところで千歳? さくらは?」
千代先輩と千歳以外は誰もいない。
「何よ、さくらちゃんに待ってて貰いたかったワケ?」
「そ、そういうワケではございません!」
千歳さんが半眼で睨むとめちゃ怖いのでやめてください!
「さくらちゃんなら、純くんはもう帰ったって騙して、先に帰したわよ」
「騙すなよ!」
それイジメに近いからね!
「でもね、さくらちゃんって、騙されたって分かったとき、すごい良い顔するんだよねー」
恍惚の表情すな! ってまぁさくらはMだからね、千歳はSだし…って
「お前らそんなプレイしてんの?」
「プレイっていうな!」
…
「へぇ、ここが千歳たちの家かー」
そこは小奇麗なごく普通の2階建ての家だった。ちなみに隣は物凄い豪邸だ!
「だからそっちは隣だと言ってるだろ? 家はこっち!」
千代先輩が指差したのは、庭がだだ広くて門から玄関がやたら遠い豪邸だった。
「またまたー、騙そうとしてますよね?」
偏見かも知れないけど、こんな豪邸だとすごい上品な人たちが住んでいる感じだよね?
でも千歳たちは上品とは程遠いような…。
「? なぜ騙す必要がある?」
千代先輩は不思議な物体でも見るような目で、首を傾げている。
「え、でも…」
「ほら表札を見てみろ、ちゃんと小林ってなってるだろう?」
「あ…」
「な?」
千代先輩はなぜか誇らしげに、無い胸を反らしている。
「小林っていうんですね?」
「そこ?」
「ちょっと! 純くん、最初のときの私の自己紹介、聞いてなかったの!?」
「えー…苗字は忘れておりました!」
てへって顔をしたら思いっきり睨まれた! 石になるかと思いました!
千代先輩が門の前に行って軽く手を上げると、門が自動的に開き始めた!
「え…? 魔法…ですか?」
「純くんって、バカ?」
千歳はゴミ虫でも見るような目で、呆れた顔をしていた。
「誰がバカだ!」
「ほら!」
千歳が指差したのは、防犯カメラのようなもの。
「あれは?」
「あれで家族や使用人を自動識別するのよ」
「っ!? ハイテク!! テ! ク!! ノロジー!!!」
「うっさぃ!」
「…ごめんなさい」
ふぅ…思わずテンション上がっちゃったけど、少年の心の分からないやつだ。
玄関の扉を開けると、漫画とかで見るような執事と、メイド服を着た使用人たちが並んでいた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
執事服を着た年配の人が丁寧にお辞儀をすると、メイド服の人たちも同じように丁寧にお辞儀をする。
「「ただいま」」
千代先輩と千歳が揃って返事をする。
「じぃ、クラスメイトのよしじゅんだ、遊びにきた」
じぃと呼ばれたのは、もちろん執事服を着た年配の人のことだ、メイド服を着てたら怖いからね。
「えっと、吉岡純です」
「いらっしゃいませ、吉岡様」
俺みたいな子供にも丁寧にお辞儀をして迎え入れてくれた。
…
千代先輩の部屋は、いかにも幼女らしい可愛らしい部屋だ。しかもだだ広い!
「誰が幼女か!」
「あー、ね」
「おざなり!?」
この定番のやり取りに全開でツッコむ必要ないよね?
「それにしても千代先輩も千歳もお嬢様だったんだな…」
「なにが言いたいのよ!」
「べつに…何でもないけど…ぷふっ」
「なんで笑うのよ!」
「いや、千歳がお嬢様って……イメージ沸かないつーか」
「まぁ…そこは私も否定しないけどさ」
お嬢様ってお淑やかで、でも凛とした強さがあって、華があり取り巻きを連れているっていう
漫画みたいなイメージしかないんだけど。
「お父様も、本心は分からないけど、私の好きなようにしていいって言ってるし」
「そうなんだ?」
「うん、でもその分、お姉ちゃんには厳しいけどね」
「へぇーそんな感じがまったくしないんだけど…?」
と千代先輩を見る。
さっきから大人しいと思ったら、制服を脱いでスポーツブラとパンツという下着姿になってた。
「ちょ! 何やってんすか…?」
「ん? 着替えだが?」
その「何言ってんのお前?」みたいな目で見ないで!
「言ってくれれば、部屋の外で待ってたのに」
「? なぜだ?」
「なぜって女子の着替えに、男子が居たらおかしいでしょ?」
「?」
千代先輩はしきりに首を傾げてる。
あれか? 見た目が幼女だと、そういう羞恥心とかも薄いのかな?
「ああ…もういいので着替えちゃってください」
起伏に乏しい幼児体型の下着姿を見たところで、なんも感じないけどさ。
「そのわりに純くんずっと見てるよね?」
「みみみ見てねーわ! つーか心を読むな!」
「動揺しすぎだし!」
見た目は幼女でもミクロレベルで一応、仮にも女子高生だしな!
「んで千歳は着替えないの?」
「わ、私はあとで着替えるから…」
千歳は瞬間湯沸かし器のように顔を真っ赤に染める。
「俺のことは気にせずに、ここで着替えちゃいなよ?」
「だから! 後で着替えるから…」
ますます真っ赤になる千歳さん。
「まぁまぁ、そう言わずに、天井のシミを数えてるうちに終わるからさ」
「何の話よ? それに天井にシミなんて無いわよ!」
これだから金持ちの家は! おちおち悪戯も出来やしない!
「それ犯罪だから!」
「あ、それとも手伝おうか?」
「スルー!?」
「な?」
「なにが『な?』なのよ! って、や、やめ…ひゃあ!」
制服のボタンに手をかけただけでこの反応! どうですか? って誰に言ってるんだろう?
「おい、あんまり調子に乗るなよ?」
そういうと千歳は俺の頭をガッと掴んでくる。
「ご、ごめんなさい!」
千歳の中の潜在的なお嬢様出てきてください!
「でもあれだな、恥ずかしがる女子の着替えを、ずっと眺めてるだけってのもいいかもねー」
「純くんって本当に高校生? 年齢ごまかしてない?」
「ごましてねーわ!」