第8話:熱々
前話からの続きと次話への前振りのため、今回は短めです。
「どうした? 座ったらどうだ?」
「あ、はい…」
座る場所か……正解はどこだろう?
部屋は8畳ほどで床一面絨毯が敷いてあり、入り口から向かって左奥にベッド、
その向かい側に勉強机がある、部屋のほぼ真ん中にテーブルがあり、
A4サイズくらいのノートPCが置いてある。
勉強机の椅子に座ろうとすると、さつき先輩は何故か悲しそうな顔をしている。
ハズレか…。
テーブルのノートPCが向いていない側に座ろうとすると、すごい冷たい視線を送ってくる。
ここもハズレ…。
まぁ、なんとなく答えは分かってるけど、ノートPCが向いている場所に座ろうとしたら、
どこからともなく竹刀を取り出してきた。額には青筋らしきものも浮き上がってきたように思う。
仕方ないのでベッドに腰掛けると、さつき先輩は満面の笑顔で俺の隣に座る。
握り締めていた竹刀は影も形もない…どこに仕舞ったの?
「初めて女の子の部屋に来て、いきなりベッドに座るなんて…」
顔を赤らめて目を輝かせてるけど、あんたが仕向けたんだ!
「ダメダメ! 枕をスーハーしたいとか言われても、おねーさん許可できないわ!」
「あんた誰やねん! っつかそんな事一言も言ってないですよ?」
っていうかテーブルに置いてあるコーヒーカップに手が届かないじゃん!
それまでぼーっといきさつを見ていたさくらが、コーヒーカップを1つ持って俺の隣に腰掛けた。
「はい…おにぃちゃん…あーん」
「いやいや…」
飲み物であーんとかないから! それにホットコーヒーはかなり危険だから! 火傷するから!
「あ…そっか…ふーふー…しましょう・・・ね」
さくらはコーヒーカップの上からフーフーと息を吹きかけて冷ましてくれる。
「はい…あーん」
「いやいや、自分で持つ…ってさつき先輩、なんで羽交い絞めしてんすか?」
「まぁまぁ気にするな」
気にするっちゅうねん! 背中の柔らかい感触も気にするっちゅうねん!
さくらがフーフーしてくれたけど、まだ湯気が立ち昇っている熱々のコーヒーカップが近づいてくる。
「や、やめ…」
「どう…ぞ」
「おぶぅ! あぢゃぁぁぁぁあああ!」
…
口に含んだコーヒーが熱すぎて吐き出したため、Yシャツの胸元からズボンの股間部分まで濡れてしまった。
慌ててタオルを取ってきたさくらが、胸元あたりから拭き始める。
「おにぃちゃん…ごめん」
さくらの手が股間に向かいそうになったところで止める。
「そこは自分で拭くから」
「え!? うん…」
そこまで驚く? って少し残念そうなのは何故?
「どうした? やましい気持ちが無ければ、拭いてもらっても問題ないだろう?」
涼しい顔で何言ってんだこの人。
「いやいや、やましい気持ちが無くても、ゴシゴシ拭かれたら色々ダメなんだからね!」
なにがダメかは割愛するけどな! っていうか動揺してツンデレっぽいこと言っちゃったよ!
「じゃあわたしが…」「誰でも一緒!」「むー!」
そんなお決まりのコントが終わると、さつき先輩は、風紀委員の苦労話などを熱く語った。
時折俺の肩に頭を乗せるが、すぐさくらが逆サイドからさつき先輩の頭をぐいぐい押し戻す。
そんなことを繰り返している間に、夕食の時間帯が近づいたのか、部屋にはおいしそうなにおいが漂ってきた。
「夕飯食べて行くだろう?」
「い、いえ、家でも用意しているので、そろそろ帰ります」
「だめ…一緒…食べる」
さくらが俺の腕にしがみついてくるけど、今日は精神的に疲れた。
「ごめんなさくら、またこの次な?」
「う、うん…」
さくらは渋々うなずいて納得してくれた……あとは。
「わたし…今日は帰りたくないな…」
「いやいや、ここがさつき先輩の部屋だから!」
これ絶対わざと言ってるよね?
「っていうか帰したくないな………軟禁?」
「怖いこと言うな! それやったら犯罪だから!」
「じゃあ監禁?」
「じゃあの意味が分からないけど、待遇悪くなってるから!」
さつき先輩は艶っぽく笑う。
「君は冗談が通じないな」
「いやいや、めっちゃ目がマジでした!」
さつき先輩は俺の耳に口を寄せると怪しく囁く。
「今度は誰も居ない時にな?」
「んなっ!」
誰もいない家に若い男女が2人きりとか、あぶないのが分からないのかな?
主に俺の貞操が!
さつき先輩は玄関まで見送ってくれて、さくらは玄関を出たところまで見送ってくれた。
「お姉ちゃん…何言ったか知らないけど…無視して」
「ああ、大丈夫だよ、たぶん…」
「たぶん…?」
「いやいや、大丈夫!」
俺の意識がちゃんとある時はね!
さくらは不安そうにしばらく見詰めると、ため息をついてから手を振る。
「おにぃちゃん…また遊び来て…ね」
「ああ、また来るよ」
俺が軽く手を振ると、さくらは嬉しそうに笑い、俺の姿が見えなくなるまで見送っていた。はず。
…
「んで? それを聞かされて、私にどうしろと?」
千歳さんめっちゃ不機嫌ですね!
「どうするとかじゃなくて、こんなことがあったよっていう報告?」
「なんで私に報告するの?」
「そ、それは、変に伝わってもアレかなと思って」
これじゃまるで、彼女に弁明しているみたいじゃね?
「べ、べつに変に伝わったところで…私は別に…」
千歳も同じことを思ったのか、顔を赤くして動揺してるっぽい。
「それは由々しき事態だ」
「うお! あんたいつからそこにいた?」
「? 初めからいたが?」
俺の隣に椅子を持ってきてちょこんと座り、足をブラブラさせているちびっ子生徒会長が居た。
椅子を持っていかれたクラスメイトが悲しげに立ち尽くしている。
「よし! 今日は家にしょうたいするぞ!」
「えー…?」
そこは対抗する必要ないよね?
「何よ? さくらちゃんの家は良くて、家はダメってこと?」
千歳…お前もかー!
「いやいや、そんな事は無いけどさー」
「よし! 決定!」
ちびっ子生徒会長が椅子から立ち上がって(降りて?)、右腕を突き上げる。
え? 俺の意思は? っていうかそのポーズの意味は!?
「あなたたち、今はHR中よ!」
「この人誰だ?」
ちびっ子生徒会長は、かわいらしく首をかしげている。
「いやいや、うちの担任ですよ!」
「へぇ」
へぇって反応薄いなー、みどり先生も涙目で口をぱくぱくさせていた。
このままじゃ先生が登校拒否になっちゃうかもなー。今度フォローしとこう。