第10話:体育祭6
「よし! さくら、俺たちも肩車…って痛い痛い、千歳! 指が肩に食い込んでる!」
『ん? 青組の騎馬が何か叫んでいますね?』
『おそらく気合を入れているのでしょう!』
『なるほど!』
とんちんかんな実況と解説のやり取りに若干イラッとする。
「よしじゅ」「純ちゃん、さっきの一騎打ち格好良かったねぇ! よしよし」
目の前まで来たさえちゃん先輩は千代先輩の言葉を遮って俺の頭を撫で撫でしてくる。
その様子を冷たい視線で俺の左右後方から見ているのがひしひしと伝わってくる。
頭上では激しいハチマキの争奪戦が行われているが、それはまた別のお話。
「にするな!」
千歳が空いた右手で俺の後頭部を叩いた。
「痛! だからモノローグにツッコミを入れるな!」
「ふん!」
千歳はあらぬほうを見てご立腹のご様子、俺に恨みでもあるのだろうか?
「しょうがない、実木さんよろしく!」
「丸投げ!?」
と言って、あらぬほうを見ていた千歳はすごい速さで俺を見た。
『はい! あれ? 佐藤さん呼びましたか?』
『いえ? 呼んでませんが…?』
『そ、そうですが、呼ばれた気がしたんですが…』
呼んではいないが、丸投げはした。
『…それはさておき青組と赤組のエース同士の攻防がおこなわれていますね、佐藤さんはどう見ますか?』
『赤組の騎手はスピードと身軽さを兼ね揃えた理想的な騎手ですね、動体視力も良さそうです』
『そうですね、動きが早すぎて小柄に見えますね』
小柄なんだよ! っていうかちびっ子な。
『これは先ほど白組のエースに勝ったボインちゃんでも厳しい戦いとなりそうです』
ボインちゃん言うな!
正面から接近するとさえちゃん先輩に抱きしめられて、騎馬の動きが封じられてしまう。
『騎馬の動きが封じられましたね、うらやましい!』
『まったくです! ですが赤組の騎手の回避能力はハンパないですよ』
千代先輩が左右前後に激しく動くが、さえちゃん先輩がまったくブレないのがスゴイ。
さえちゃん先輩の後ろの2人はそこに控えているだけで、肩に手すら置いてないのでまさにお飾りだ。
なので、さえちゃん先輩は1人で動くので、横に回りこもうとするとひょいっと横を向かれてしまう。
そうこうしているうちに、疲れの見え始めたさくらがバランスを崩すことが増えてきた。
時折、頭にふわふわした柔らかい何かが激しくぶつかってくる。ふわふわした柔らかい何かの正体は、お…。
『むむ! 青組の騎手が疲れてきましたね、そろそろ決着でしょうか?』
『そうですね、赤組の騎手はあれだけ動いても、まったく揺れないですね!』
何の話だ!
『あの幼児体型では仕方ないですね、でもそれが、いーんです!』
『…』
『いや…一度言ってみたくて…』
あれだ、サッカーの中継で無駄にハイテンションな実況の真似だな。
遂にさくらのスタミナが尽きて、俺の頭にふわふわした柔らかい何かと共にしなだれかかってきた。
千代先輩は半笑いでさくらのハチマキを取ろうとした時、さくらが最後の力を振り絞って千代先輩のハチマキを奪取した。
「にゃーーーー!」
千代先輩の絶叫が校庭に響き渡る。
「おにぃちゃん…やった…」
「偉いぞさくら!」
『いやー佐藤さん最後は騙し討ちのような形になりましたね』
『あれが騎馬戦究極奥義の騙し討ちです』
そのままやん! もっとこう暴走族的な感じで…まあいいや。
…
「よしじゅん! 総合優勝は赤組が頂いた!」
千代先輩は無い胸を張り、左手を腰に当て、右手でこっちを指差してきた。
「いやいや、青組に決まってますよ!」
ちなみに得点ボードには白い布が被せてあり、点数が見えないようになっている。
『さー栄えある総合優勝は…』
生徒、教師、見学者含め全員が固唾を呑む。
『白組です!』
白組の得点ボードの布が取られると、わぁぁぁ! っと白組から歓声が上がった。
「…」
「…」
ゆい4先輩がしきりにこっちに向かってVサインをしてくるのがウザい。
「よ、よしじゅん! 2位は赤組が頂いた!」
千代先輩は目に端に涙を溜め、無い胸を張り、左手を腰に当て、右手でこっちを指差してきた。
「続けるのか…? そんなのは青組に決まってますよ!」
周りの人が生暖かい目で俺たちを見ている。
『第2位は…』
白組関係以外の生徒、教師、見学者含め全員が固唾を呑む。
『青組です!』
青組の得点ボードの布が取られると、わぁぁぁ! っと俺たちは歓声を上げた。
「んなっ!? バカな…」
千代先輩はショックを受け両手両膝を地面に付いて、orzのポーズになる。
赤組と青組の得点差はあまりなかった、おそらく最後の騎馬戦が決め手となったと思われる。
「んで、結局さえの秘策って何だったんだ?」
俺も疑問に思っていたことをさつき先輩がさえちゃん先輩に聞いた。
「ふふ、実際は何もしないっていう秘策よ!」
「なっ!?」
何だそれ…。
「警戒心を煽ることによって変に力が入って失敗しないかなってね」
さえちゃん先輩はウィンクをする。
「でもさつきの胸は揺れたけど、心は揺れなかったわね」
「あんまりうまくないです!」
「そう? まぁ、私は楽しめれば勝敗とか別に興味ないし」
「そ、そうですか…」
さえちゃん先輩らしいと言えば、らしいね。
『体育祭も余すところ閉会の挨拶のみとなりましたので、我々はここまでとなります、佐藤さん最後に一言お願いします!』
『はい、女子高校は発育が疎らで良いですね!』
『同感です! ではまた来年お会いいたしましょう!』
…たぶん来年は呼ばれないと思います。っていうかセクハラで訴えられればいい。
『閉会の言葉、校長先生お願いします』
体育祭実行委員の進行で頭頂部のハゲあがった恰幅の良い校長が壇上に上がってくる。
『と思いましたが、生徒会長お願いします』
校長は哀愁漂う背中で悲しそうな顔で壇上から降りていった。
「なんで私が!?」
「だって校長の話は詰まらないし生徒会長のほうが面白いですよ!」
「そんなのさっきのハゲで良いだろ?」
「ハゲは無駄に話が長いからダメですって!」
「無駄に長い話をするからハゲるんじゃないの?」
「そうかも知れないですが、今はハゲは関係ないです!」
体育祭実行委員に説得されている声が聞こえてきて、そこに集う人全員が何とも言えない微妙な顔で校長を見ると、
校長は"うわーん"と泣きダッシュでどこかに行ってしまった。もちろん誰も追いかける人はいない。
「ここ? ここで何か言えばいいの?」
渋々壇上に上がった千代先輩は、選手宣誓の時もそうだけどしきりに話す位置を確認している。意外に几帳面なのかな?
「えー…」
何を言うんだろう? 千代先輩のことだから終わりって一言言うだけかも。
「撤収!」
そう来たか!
その言葉と共に一斉にみんなが片付けを開始する。その手際の良さに俺は一人呆然と突っ立っていた。
そして30分後には片づけが終了し、焼却炉前には大量のゴミが置かれ、
用務員のおっちゃんが泣き崩れていた。