第2話:屋上
生徒会室に入ると、いち早く千代先輩が俺に気付いて、目の前まで走ってきた。
「よしじゅん、よく来たもぎゅ!」
別にちびっ子生徒会長が語尾に『もぎゅ』を付けるキャラになった訳ではもちろんなく、
千代先輩の前にさえちゃん先輩が現れて、その背中に千代先輩がぶつかっただけ。
「純ちゃん、いらっしゃい!」
「どうも…」
「ふふ、そんなに固くならなくていいわよ」
「はい」
「固くするのは1部位だけでいいわ」
1部位ってどこや!
「よしじゅんの席はもぎゅ!」
またしても千代先輩の前にさえちゃん先輩が襲来。
「純くんの席は特に決まってないので、好きなところに座っていいわ、って言われても困るわね、
そうね、じゃあとりあえず私の席に隣に座ってくれるかしら?」
なにこの練習したかのような流れるようなセリフ…。
「は、はい」
「ち、違うぞ、よしじゅんの席はもぎゅ!」
もう語尾に『もぎゅ』って付けるキャラでいいと思う…。
「こっちよ」
さえちゃん先輩が先導して席に案内してくれるのに付いて行こうとしたら、千代先輩に脛を蹴られた。
「痛!」
俺に八つ当たりされても困るんだが…。
「ん? どうしたの?」
「い、いえ、何でもないです」
ふと生徒会長の席を見ると不自然に椅子が2つ並んでいて、そこに向かってトボトボ歩く千代先輩の背中に哀愁が漂ってる!
…
「いい? 生徒会長の補佐(お守り)について説明するわね?」
「はい、お願いします!」
さえちゃん先輩の隣に座り、対千代先輩対策についてレクチャーを受ける。
「まず生徒会長は、隙あらば逃げようとするので、常に目を配りリードは絶対離さないようにしてください」
「はい?」
「餌は1日2回、お水は気付いた時に補充してあげてくださいね」
「…」
どうやらさえちゃん先輩は千代先輩を犬と間違えているようだ。
…
「…という感じで生徒会長のお守り(補佐)をお願いね」
お守りが前面に来ちゃってる!
「分かりました」
俺は寂しそうに足をプラプラさせてボーっとしている千代先輩の下に向かった。
「千代先輩?」
「もぎゅ?」
『もぎゅ』が気に入ったのか?
「よしじゅんの席はここ」
千代先輩は、少し元気のない口ぶりで、隣の空いている椅子の座る部分を叩いた。
「分かってますよ」
そう言って隣に座る俺。
「そうだ! お医者さんごっこでもしますか?」
「いい、よしじゅん1人で行ってきて」
いやいや! 1人でお医者さんごっこって、それ落語みたいになっちゃうよ?
「じゃあ、散歩にでも行きますか! さえちゃん先輩は来ないと思うし…」
「うん!」
元気いっぱいに片手を上げてにぱぁっと笑う千代先輩。って復活早!
「よしとっておきの場所に連れてってやるぞ!」
…
「うわー! 気持ち良いですね!」
「そうだろ? 私の秘密の場所だからな、秘所だ」
「それは…」
言葉的には間違っちゃいないんだけど、そこはかとないエロティックな響きだ。
で、今は別に体育館倉庫とか保健室とかでイチャイチャしている訳ではなく、屋上に来ている。
俺は屋上の真ん中辺に立ち、秋の気配を感じる少し冷たい風に吹かれて深呼吸をする。
そんな俺を千代先輩は屋上の金網にもたれて、満足そうに見ていた。
「ここは鍵を持っている私だけが来れる場所なんだ」
何故鍵を持っているのか疑問だが、自分だけの特別な場所とか、少し羨ましい気もした。
「ところでよしじゅんは、好きな娘とかいないのか?」
「うーん、ライクの意味での好きな娘は沢山いますけどね」
「そ、そうか…よかった…よくはないけど、よかった…」
「え? なんですか?」
「さ、さくらとか仲が良さそうだけどどうなんだ?」
千代先輩は何か誤魔化したような気がするけど、気のせいかな?
「さくらは…妹的な存在ですね、今は」
「今は?」
「実際、妹がいないので、妹に対するような感情なのか、それとも…ってところですね」
「ふ、ふーん、じゃ、じゃあ千歳は?」
千代先輩どうしたんだろう? 何か焦ってるように見えるんだけど?
「千歳かー、千歳は黒幕って感じ?」
「誰が黒幕じゃ!」
「いでぇ!」
後頭部に強烈な痛みが走り、振り返ると千歳が足を下ろしたところだった。
って16文キックされた!? 俺のほうが背が高いのに、どんだけ軟らかい体だ!
「千歳さん、どうしてここに…?」
千歳の後ろには少し涙目のさくらと、何かソワソワした感じのさつき先輩がいた。
「屋上に人影が見えると連絡があってな、そ、それより私はどうなんだ?」
千歳の代わりに焦った感じのさつき先輩が答えた。
「先輩…ですね」
「そのままやないかい!」
なんで関西弁!?
さつき先輩も今のところライクのほうだけど、一緒にいると落ち着く感じがする。言わないけどね。
「本人を前にして言えないですよ!」
「私は本人の前で黒幕って言われたんだけど!」
千歳は鋭い眼差しで俺を射抜く。
「いや、それは、本人がいるなんて知らなかったからだし!」
「妹…妹…忌もうと…」
さくらは『いもうと』という呟きを連呼しているけど、違う字が混じってる気がする!
「で、では千代のことはどうなんだ?」
さつき先輩はいつになくテンパって見える。
「千代先輩は…同志…かな」
「童心…確かに千代は小学生に見えるが…」
「同志な!」
さつき先輩は一度耳鼻科に行ったほうがいいと思う。
「じゃあ、純くん、ここには居ないけど綾乃はどうなのよ」
「綾乃ちゃんかー、まだ中学生だからね」
「「「「っ!?」」」」
そういうのに拘るわけじゃないけどね。って何この空気。
「じゅじゅじゅじゅん、純くん、いいいいいい一旦、おち、落ち着こう?」
「千歳が落ち着け!」
「そ、それって、綾乃が中学生でなくなったらどうなの?」
若干落ち着きを取り戻した千歳が、恐る恐るという感じで聞いてくる。
「高校生の綾乃ちゃんかぁー、さぞかし可愛いんだろうなぁー」
「キモ…」
千歳はイラっとした感じで、言葉を吐き捨てる。
「何故!?」
すると4人は俺から少し離れて密談を始めた。いつぞやのプールで見た光景がフラッシュバックする。
千歳「綾乃のくせに」
さくら「やはり…排除…するべき」
さつき「殺るか?」
千代「晩御飯なにかな?」
丸聞こえなんですが…って最後だけ雑談になってる!
「あれ? 修羅場中?」
「さえちゃん先輩、違いますよ!」
さえちゃん先輩が目を丸くしながら屋上にやってきた。
「どうしてここに?」
「ああ、生徒会室から見えたから、それより私のことはどう思ってるのかなー?」
この人、本当に今来たのか?
「さえちゃん先輩は、お姉ちゃんですね、さえお姉ちゃんですね」
「はひゃう!」
さえちゃん先輩は例によって奇声を上げて身悶える。
「純ちゃん偉いねぇ、お菓子あるから、おいでぇ」
ひとしきり身悶えたさえちゃん先輩に手を引かれて、屋上から出るところで千歳が気付いた。
「純くんが、知ってる怪しい人に連れてかれる!」
知ってるなら怪しくないだろ? まぁ確かにさえちゃん先輩は怪しいがな!