第16話:それは付き添いです
「なんだ、それならそうと早く言えばいいのに」
さつき先輩の竹刀で殴られてできたたんこぶに、冷やす効果のある冷えぴったんを貼りながら千歳が笑う。
「いやいや! 聞く耳持ってくれなかったよね…?」
チラッとさつき先輩を冷ややかに見ると、何を勘違いしたのか頬を赤く染めてもじもじしてる。
「それより、純くん夏祭り全然楽しんでないでしょ?」
「え? うん、トイレ探ししただけだしね…」
「でしょ? さくらちゃんの着付けも終わったし、2人で回ってくれば?」
「え? でも千歳たちは?」
「私達のことは気にしないで」
妙に優しい口調の千歳が気になるが、遠慮なくそのお言葉に甘えることにする。
「じゃあさくら行こうか?」
さくらはコクンとうなずいて手を差し出してきた。
千歳たち(千代先輩は熟睡中)が見ている前で手をつなぐのは恥ずかしいが仕方ない。
「あらあら、見ました? 自然に手をつなぎましたわよ! さつきさん」
千歳は変な口調でさつき先輩に話しかける。
「ええ、見ましたわ、わたしたちへのあてつけですわね! 千歳さん」
さつき先輩も変な口調で返答する。
「何か始まったな……まぁいいや。さくら、どこから回ろうか?」
「…うーん…やっぱり…金魚すくい…から?」
「そうだな、そうするか…」
歩き出した俺たちの後を、千歳と千代先輩をおぶったさつき先輩が付いてくる。
「…って付いて来るんかい!」
「だから気にしなくていいから」
「気になるわ!」
…
「あら金魚すくいですわよ、定番ですわね、さつきさん」
「金魚のほかに、さくらの心もすくうつもりかしらね、千歳さん」
どういうことよそれ? っていうか反応したら負けのような気がするから無視しよう…。
屋台のおっちゃんにお金を払い、ボール(お椀)とポイ(すくう道具)を受け取る。
そのボールに少し水を入れて浮かばせると、さくらもそれを見て真似をする。
夢中で金魚を追いかけてすくっていると、さくらが泣きついてきた。
「…おにぃちゃん…全然…すくえない」
「え? うわ!」
さくらのボールには金魚が1匹も入ってなくて、ポイは見事に破れていた。
しかもいつのまにか破れたポイが10個近くさくらの脇に置かれていた。
「1回やってみ」
「…うん」
さくらはおっちゃんからポイを受け取ると、何も考えずそのまま水につける。
「早い早い、あ、でもその金魚すくえそうだよ?」
さくらのポイのすくそばに、まるですくってくださいと言わんばかりの金魚がいる。
「…でも…すくっていい…ポーズ…しない」
「え? すくっていいポーズって?」
「金魚…さん…すくっていい時…ポーズする…って、お姉ちゃんが…」
「そんなポーズしないから! そのまますくっていいよ!」
俺はキッとさつき先輩を睨むと、さつき先輩はそっぽを向き、吹けもしない口笛を吹いていた。
妹に嘘教えるなよ……つーかそれを疑いもせず信じるさくらって……めっちゃかわいい!
「…あ」
「あーやぶけちゃったか、もっかいやる?」
するとさくらは首を横に振った。飽きたみたい。
「じゃあ、ほかいこっか?」
「…うん」
俺がすくった中で一番元気な金魚を、持ち帰り用のビニールに入れてもらって、さくらにあげた。
「…ありがと…ちゃんと…育てて…海に…流すね」
「死ぬから! 金魚は海に入れたら死ぬから!」
「え…海…流すと…川に…帰って…くるって…お姉ちゃんが…」
「…」
まったく! 妹に嘘ばっか教えて、ロクな姉ちゃんじゃねーな!
「と、とにかく海に流しちゃダメ」
「…わかった…純金って…名付けて…可愛がるね」
「…まさに"金"魚だな」
「ちょっと聞きましたか、あれでうまいこと言ったつもりですわよ! さつきさん」
「おそらく後で思い出して赤面するぞ…しますわよ、千歳さん」
「…」
そこはさらっと流してください!
「おにぃちゃん…あれ…は?」
さくらが指さしたのは射的の屋台だった。
「あれは、射的だね」
「射的…?」
「そう、あのおもちゃの銃を撃って、欲しい景品に当てて倒すと、その景品がもらえるんだよ」
「…やる」
妙にやる気のさくらが気になるが、おっちゃんに金を払ってさくらに撃ち方を教える。
「あの、さくら?」
さくらはなぜか銃口(コルクは装填済み)をこちらに向けてきた。
「…倒す」
「えぇ!?」
「…倒したら…もらえる…」
「いやいや、俺は倒してももらえないよ? それに俺をもらっても困るでしょ?」
「…」
「純くんバカなんじゃない…おバカさんなんじゃないかしらね、さつきさん」
「やつのアホさには私も…彼の純粋さには私も目を見張るものがあると思いますわ、千歳さん」
「…?」
良く分からないけど酷い言われようだ…、つーかもうキャラ崩壊しかけてるよね?
結局射的では景品をゲットすることは出来なかった。
「…」
「さ、さくら? そんな落ち込まなくても…」
「…お腹」
さくらはポツリと呟く。
「え?」
「お腹…空いた…」
「そっちかい!」
てっきり景品がもらえなくてしょんぼりしてんのかと思った!
「じゃあ、何か食べようか?」
「…うん」
食べ物の屋台を見回してみる。
焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、イカ焼き、イカ入りたこ焼き、わたがし、
フランクフルト、アメリカンドッグ、りんご飴…かな。
イカ入りたこ焼き!?
たこ焼きにイカが入っているの? タコのかわりにイカが入ってるの? どっち!?
近くで見たらイカ焼きの中にたこ焼きが入ってました…、無駄に手が込んでる。
それに挑戦するのはやめて、やきそばを2つ買って、空いているベンチに座った。
「はい…おにぃちゃん…あーん…」
「あ、あーん」
「おいちい?」
「うん、お、おいちい!」
恥ずい。
「バカップルですね、なんかムカついてきましたわ、さつき先輩」
「ぬぐぐ! イチャイチャしやがって…わ、わたしもムカついてきましたわ、千歳ちゃん」
「…」
敬称が普通に戻ってるやん! それにもうグダグダですよね…。
ふとさくらを見ると、目を瞑って口を開けていた。なんかエロい。
「うん、虫歯はないね」
「っ!」
さくらは目を開けて睨む、っていうか口の中を覗き込んでいたので顔が近い!
「じょ、冗談だって…ほら、あーん」
「…あーん」
「どお?」
「…おいしい」
こういうところで食べる焼きそばって何故か格別うまいよな。
「はい、千歳ちゃん、あーん」
「あーん…」
「おいしい?」
「おいしい!」
「じゃあお返しで、さつきお姉様、あーん」
「あーん……」
「どうですか?」
「うん、おいしい!」
何かすぐ近くでアブナイ雰囲気を醸し出している2人がいる…。
その時、ドーンという音と共に、少し離れた場所に花火が上がった。
その音に反応して、千歳の隣で熟睡していた千代先輩がムクリと起き上がり、
「当らなければどうということはない…」と訳の分からない寝言を言って、
パタリとまた寝てしまった。
「…きれい」
さくらは浴衣で花火を見詰めているので、普段よりも大人っぽく見えた。
「うん…さくらもきれいだよ」
さくらは真っ赤になってうつむいちゃったので、なんつってーとかおどけられなくなった!
これが千歳だったら、キモ!とか言われて、ゴミ虫でも見る目で見られるんだろうな。
「さつき先輩聞きました? あの全然似合わないキザなセリフ!」
「ああ! 世が世なら絞首刑だな!」
そんな世は過去にありません! っていうかセレブ口調は終わったのね…。
それからしばらくは暗闇に咲く大輪の花火たちに酔いしれた。
「きれい…」
千歳、さくら、さつき先輩はうっとりとその大輪の花火たちに見とれている。
「フ、そんな攻撃など当らぬ…」
ただひとり千代先輩だけは、夢の中で何かと戦っていた。