第15話:夏休みはバイトの季節
「おにぃちゃん…どうしよ?」
「どうしようって言っても、あいつらも子供じゃないんだし、
それにこの混雑じゃ探すのも大変だよ?」
「…そう…だね」
「心細い?」
「ううん…おにいちゃん…が…いれば」
「そっか」
今日は例の4人と夏祭りに来ています。綾乃ちゃんはまた留守番。
当然?のことながらフリーダムな3人が迷子になり、さくらと途方に暮れていたところです。
「おにぃちゃん…ぶつぶつ…何言ってる…の?」
「はは、何でもないよ!」
さくらは薄い水色の浴衣を着て、カラコロと軽やかな下駄の音を鳴らしている。
髪の毛はアップにまとめられ、普段は見えない白いうなじが艶めかしい。
「…?」
じーっと見てたら不思議そうな顔で見上げてくるので、思わずドキっとしてしまう。
「と、とりあえず…さ、やつらは放っておいて楽しもう?」
「…うん」
ここでさくらともはぐれたら大変なので、さくらの白くて小さな手を引く。
「~~っ!」
「あ、ごめん、嫌だった?」
「…ううん…ちょっと…驚いた…だけ」
「そか」
さくらと手を繋いで歩きながら、ふと考える。
夏休みにこうして夏祭りに来ている訳だけど、決めなければいけない大事な何かを忘れて、
うだうだと過ごして来た気がする。
「…」
「……」
「………」
風紀委員と生徒会どっち入るか決めるの忘れてた…。
「…」
まいいか! 俺いなくてもどっちも問題なく回ってるぽいからな。
うちの高校には問題を起こすような不良もいないので、風紀はさほど乱れないし。
強いて乱していると言えば、風紀委員長のさつき先輩だしな…。
生徒会だって、さえちゃん先輩以下の役員達で充分回ってるっしょ?
強いて邪魔をしていると言えば、生徒会長の千代先輩だしな…。
俺の役割ってこの両先輩のストッパーじゃね?
なんか急に頭痛がしてきた、深く考えないほうが良さそうだ。
「具合…悪いの…?」
見るとさくらが心配そうな顔で見上げていた。
「え? ああ、考え事してただけだから大丈夫だよ」
「私たちの…子供…何人か…考えて…たの?」
「いやいや。普通そんな先のこと考えてないよ?」
「じゃあ…教会がいい…とか…?」
「それも、だいぶ先じゃね?」
そもそもさくらとそうなるかどうかも分からんしね。
「おトイレ…行きたい…とか?」
「いきなり数分先の未来になったな…いや、いまは行きたくないけど」
「おトイレ…行きたい…」
さくらは少し頬を染めて、太もものあたりをもじもじさせていた。
「うん、今は行きたく…え!?」
「…」
さくらは更に頬を赤く染める。
「す、少し、我慢できる?」
「まだ…少し…余裕…」
女子のトイレ待ちの列はいつも凄いからな、中でいったい何が行われているのか、
男子の俺には想像もつかないけど、化粧直しとかかな?
「よし、そこのスタッフの人にトイレの場所を聞こう」
「…うん」
こちらに背を向けて何やら作業している女性スタッフに声をかけた。
「あの、すみません」
「はい! あら、純くんじゃない!」
勢い良く振り向いたその人は担任のみどり先生だった!
「げ! みどり先生!」
なんでみどり先生が夏祭りのスタッフの格好してるんだ?
「げって…あんまりじゃない?」
みどり先生は顔は笑っているけど、目が笑ってない!
「すみません、びっくりし過ぎてしまってつい…、ってそれより何してんすか?」
「み、見て分かるでしょ? 羽目を外す生徒が居ないか見回りよ…」
うーん、この先生嘘が下手すぎ!
「バイトっすか?」
「…」
「バイトっすよね?」
「そうですよ! バイトですよ! 何か文句でもあるんですか?」
「ありません!」
この先生が敬語で怒るときは、要注意です。
「だいたいですね、あの高校は給料が安すぎなんですよ!」
「…そ、そうなんすか」
愚痴が始まっちゃった!?
「だからね…ぐすん、こんなバイトでもしないと…苦しいんです…うぅ」
泣き始めた!? ってこの先生酔っ払ってんのか!?
…
「なんか…ごめんね…」
ひとしきり愚痴を言ってすっきりしたのか、みどり先生はさっぱりした顔をしていた。
「いえ、別に」
「あ…その、このことは誰にも…ね?」
「言いませんよ」
「あ! その顔は言いふらすつもりね!」
「いやいや、しませんって」
「口止め料が目当てね!」
「あの、もしもし?」
「え!? 身体が目当て…って何をさせるつもり?」
あの、これどうしたらいいんでしょうか?
「その持て余した欲望を、私の身体に撒き散らすつもりね!
ってあなた、先生に何を言わせるのよ!」
「えぇー! めんくせぇ…」
「ところで何か用?」
切り替え早いな!
「あ! そうだった、女子トイレってどこっすかね」
「…先生覗きは良くないと思うの」
神妙な顔で何言ってんだよ!
「ちげーよ! さくら…影山さんを連れて行くんですよ」
「トイレでなんて破廉恥な…」
「ちがいます!」
その時、俺のTシャツがクイっと引っ張られた。
「おにぃちゃん…漏れそう…」
「えぇ!?」
先生と押し問答やってる場合じゃない。
「先生! トイレどこ?」
「んー? そこの暗がりでしたら?」
先生はめんどくさそうに暗がりを指さす、周りから見えなくてもそこでするのはどうだろう?
「無茶言うな! ってさくらも向かおうとすな!」
「もう、しょうがないわね、スタッフ用の貸してあげるわよ」
普通にトイレの列に並んでも間に合わないかもしれないし、スタッフ用のトイレを借りることにする。
「こっちよ」
さくらはおばあさんのような歩き方で、先生の後についていくのが笑えた。そして睨まれた。
…
「じゃあ、わたしは作業があるから行くわね」
「はい、ありがとうございます」
みどり先生は『これは貸しね』とウィンクして立ち去って行った。
バイトを黙認するんだからこれでチャラの気がするが…。
さくらは『音…聞いちゃ…ダメ…絶対…ダメ』と言われたので、
言われたとおりトイレが見える少し離れた場所で待っていた。
しばらくしてトイレの戸が開いてさくらが顔を出した。
周りをきょろきょろと見て俺を見つけると手招きした。
「なんだ? お約束の紙が無かったってオチかな?」
俺はポケットにティッシュが入っていることを確認しつつさくらの下に向かう。
「どうした?」
「…着れない」
「は?」
「浴衣…」
「え!?」
見ると前は見えないように合わせてあるけど、帯の結び目が前にあって蝶々結びしてあった。
「なんでそうなった?」
良く分からないけど、別に着崩さなくてもできるよね?
「…脱がないと…できない」
「はい?」
「全部…脱がないと…」
「全部って全裸ってこと?」
するとさくらはコクンとうなずいた。
「…」
全裸で用を足すって…、さくらの母親を小一時間説教したい気分です。
「お姉ちゃんも…お母さん…も…」
遺伝!?
「さつき先輩は、トイレの時どうすんだろ?」
「お姉ちゃん…着付け…できる」
そうかさくらのはさつき先輩が着付けてあげたのか。
「ちょっと待って」
俺は携帯を取り出すと、ダメもとでさつき先輩に電話するが、
混雑が酷いせいで案の定繋がらない。
「千歳も着付けできたよな」
千歳にも電話したけど繋がらなかった。
「探すか…」
とりあえ下着とか見えないようにしてトイレから出る。
さくらを残して探しに行くという選択肢はさくらから却下された。
まぁ薄暗いし近くで見なきゃ分からないだろう。
俺はさくらの手を引いて、さつき先輩か千歳を探す。
「あいつらどこいった」
「着付けできないなら、脱いでエッチしたらダメなのにね」
ちょうどすれ違ったカップルの囁き声か聞こえた。
「…!」
言われてみればそんな風にも見えるな!
「さくら、やっぱり、俺1人で探してくるよ」
さくらはぶんぶん首を振っていやいやをする。
「でもな…」
「あ、純くん、やっと見つけた!」
振り向くと千歳が両手にわたあめとか焼きそばとかいっぱい持って立っていた。
その後ろには寝てる千代先輩をおんぶしたさつき先輩がいた。
「急にはぐれるから探し回っちゃったじゃん」
「うそつけ! その両手に持ってるのは何?」
「え? 何コレ? いつのまに!?」
「演技、下手!」
絶対女優にはなれないレベルだね。でもAV女優にはなれるかもね!
「あ?」
「ごめんなさい!」
心を読まないで! そしてヤンキーみたいに威嚇しないで!
「さくら、どうしたそれ! ま、まさか純くんに…?」
さつき先輩が問いかけるとさくらは顔を赤くしてコクンとうなずいた。
「まてまて!」
「貴様! わたしというものがありながら、さくらを傷ものにするとは言語道断!」
さつき先輩はどこからともなく竹刀を取り出して、剣先を俺に向ける。
「ち、違います! というかおかしなセリフが混ざってます!」
「問答無用!」
さつき先輩の竹刀が目にも留まらぬ速さで一閃した。
「ひぎゃあああああ!」
最後の場面が映像で頭に降りてきたので、終わりが見えてきましたが、
もうしばらく続きます。