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エイプリルフールで詰んだ男のはなし

作者: 越路 秋葉
掲載日:2026/04/01

 詐欺師・桐生誠は、善人ではない。

 むしろ、かなり悪い部類に入る。

 だから――その夜の出来事は、完全に“気まぐれ”だった。

 雨の路地裏。

 転んで動けなくなっていた老人を見つけたのだ。

「……チッ」

 見なかったことにするつもりだった。

 だが、ほんの一瞬、足が止まった。

「……仕方ねぇな」

 誠は舌打ちしながら、老人を抱え起こした。

「救急車、呼ぶぞ」

「いや……大丈夫じゃ……」

「大丈夫じゃねぇだろ、その足」

 結局、タクシーを拾い、病院まで運んだ。

 柄にもないことをしたものだと、自分でも思う。

 帰り際。

 ストレッチャーに乗せられた老人が、誠の手首を掴んだ。

「……礼を、言う」

「いいって。もう会うこともねぇだろうしな」

 誠が手を振って立ち去ろうとした、そのとき。

「ひとつだけ……忠告をしておこう」

 老人の目が、妙に澄んでいた。

「……明日だ」

「明日?」

「四月一日……エイプリルフールじゃ」

 誠は苦笑した。

「だから?」

「破滅を避けるなら――嘘をつかないほうがいい」

 沈黙。

 そして、誠は吹き出した。

「はは……なんだよそれ。占いか?」

「……忠告は、した」

「はいはい、ありがとさん」

 誠は手をひらひらさせ、その場を後にした。

 ――そのときは、ただのボケた老人の戯言だと思っていた。

 そして、翌日。

 四月一日。

 誠は、目覚めるなり天井を見つめた。

「……嘘をつくな、ねぇ」

 思い出してしまった。

 あの老人の言葉。

 くだらない。

 そう思いながらも――妙に引っかかる。

「……まあ、今日は休むか」

 詐欺師にしては珍しく、誠はスマホを置いた。

 仕事はしない。

 嘘もつかない。

 それでいいだろう、と。

 ――その判断が、すでに遅かった。

 スマホが震える。

『振り込みありがとうございました!』

「は?」

 別の通知。

『高級車、届きました!』

「……は?」

 さらに。

『会社、ほんとに倒産しました』

「いやいやいや待て待て待て」

 誠は慌てて履歴を開いた。

 そこには――“昨日送ったメッセージ”が並んでいた。

「……あ」

 思い出す。

 昨日、暇つぶしに仕込んだ“明日ネタ”。

 エイプリルフール用に、あらかじめ送信予約していた嘘の数々。

「……ウソだろ」

 いや――

 今日に限って、その言葉は意味を持たない。

 スマホが鳴る。

『一億円、本当に振り込まれてますよ!?』

 誠は震える手で自分の口座を開いた。

 残高、ゼロ。

 いや――マイナス表示。

「……終わった」

 呟いた瞬間、背後でインターホンが鳴る。

『警察です。桐生誠さん、ご在宅ですね』

 逃げ場はない。

 そのとき、不意に思い出す。

 あの老人の言葉。

「……嘘をつかないほうがいい、か」

 誠は、乾いた笑いを漏らした。

「ついてねぇよ……今日は、一つも」

 だが。

 ――“ついたことになっている嘘”は、消えない。

 ドアが叩かれる音が、重く響いた。

 後日。

 誠は、留置場の天井を見上げていた。

「……あのジジイ、何者だったんだよ」

 誰にともなく呟く。

 そのとき、隣の房から声がした。

「四月一日か?」

「……あ?」

「わしも昔、同じことを言われたよ」

 誠はゆっくりと顔を向けた。

 鉄格子の向こう。

 そこに座っていたのは――

 見覚えのある、あの老人だった。

 にやり、と笑う。

「忠告は、したじゃろう?」

 誠は何も言えなかった。

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