エイプリルフールで詰んだ男のはなし
詐欺師・桐生誠は、善人ではない。
むしろ、かなり悪い部類に入る。
だから――その夜の出来事は、完全に“気まぐれ”だった。
雨の路地裏。
転んで動けなくなっていた老人を見つけたのだ。
「……チッ」
見なかったことにするつもりだった。
だが、ほんの一瞬、足が止まった。
「……仕方ねぇな」
誠は舌打ちしながら、老人を抱え起こした。
「救急車、呼ぶぞ」
「いや……大丈夫じゃ……」
「大丈夫じゃねぇだろ、その足」
結局、タクシーを拾い、病院まで運んだ。
柄にもないことをしたものだと、自分でも思う。
帰り際。
ストレッチャーに乗せられた老人が、誠の手首を掴んだ。
「……礼を、言う」
「いいって。もう会うこともねぇだろうしな」
誠が手を振って立ち去ろうとした、そのとき。
「ひとつだけ……忠告をしておこう」
老人の目が、妙に澄んでいた。
「……明日だ」
「明日?」
「四月一日……エイプリルフールじゃ」
誠は苦笑した。
「だから?」
「破滅を避けるなら――嘘をつかないほうがいい」
沈黙。
そして、誠は吹き出した。
「はは……なんだよそれ。占いか?」
「……忠告は、した」
「はいはい、ありがとさん」
誠は手をひらひらさせ、その場を後にした。
――そのときは、ただのボケた老人の戯言だと思っていた。
そして、翌日。
四月一日。
誠は、目覚めるなり天井を見つめた。
「……嘘をつくな、ねぇ」
思い出してしまった。
あの老人の言葉。
くだらない。
そう思いながらも――妙に引っかかる。
「……まあ、今日は休むか」
詐欺師にしては珍しく、誠はスマホを置いた。
仕事はしない。
嘘もつかない。
それでいいだろう、と。
――その判断が、すでに遅かった。
スマホが震える。
『振り込みありがとうございました!』
「は?」
別の通知。
『高級車、届きました!』
「……は?」
さらに。
『会社、ほんとに倒産しました』
「いやいやいや待て待て待て」
誠は慌てて履歴を開いた。
そこには――“昨日送ったメッセージ”が並んでいた。
「……あ」
思い出す。
昨日、暇つぶしに仕込んだ“明日ネタ”。
エイプリルフール用に、あらかじめ送信予約していた嘘の数々。
「……ウソだろ」
いや――
今日に限って、その言葉は意味を持たない。
スマホが鳴る。
『一億円、本当に振り込まれてますよ!?』
誠は震える手で自分の口座を開いた。
残高、ゼロ。
いや――マイナス表示。
「……終わった」
呟いた瞬間、背後でインターホンが鳴る。
『警察です。桐生誠さん、ご在宅ですね』
逃げ場はない。
そのとき、不意に思い出す。
あの老人の言葉。
「……嘘をつかないほうがいい、か」
誠は、乾いた笑いを漏らした。
「ついてねぇよ……今日は、一つも」
だが。
――“ついたことになっている嘘”は、消えない。
ドアが叩かれる音が、重く響いた。
後日。
誠は、留置場の天井を見上げていた。
「……あのジジイ、何者だったんだよ」
誰にともなく呟く。
そのとき、隣の房から声がした。
「四月一日か?」
「……あ?」
「わしも昔、同じことを言われたよ」
誠はゆっくりと顔を向けた。
鉄格子の向こう。
そこに座っていたのは――
見覚えのある、あの老人だった。
にやり、と笑う。
「忠告は、したじゃろう?」
誠は何も言えなかった。




