6.邂逅
アベルはいつもと変わらず任務に向けた準備を着々進めていた。
組織から命令が下されたのであればそれを遂行して生きるか、失敗して死ぬかのどちらかしか道は残されていない。
王国の討伐隊が三日前に王都を出発しているがアベルは出遅れているのではない
彼はあくまで暗殺者
集団戦は専門外なのである。
討伐隊から遅れること三日、
悪魔の棲家と呼ばれる"静止の魔女"の棲む森に程近い
街では大混乱が起きていた
「王国討伐隊が半壊!半壊!!!静止の魔女の逆鱗に触れた周辺地域は瞬く間に殲滅されるぞぉ!!!」
「静止の魔女様にご無礼を働く愚かな人間は破滅の道を辿るだろう!!!」
どうやら王国討伐隊は手痛い報復を受けて撤退したようだ。
この不安を煽るような演説をしている人々は魔女教団なるものを設立しており、民衆の不安を駆り立て国王に対するクーデターのようなものを起こす腹積りらしい。
情報収集もそこそこに王国討伐隊がいなくなった事で少しは仕事がやりやすくなった、と考えながら森へ向かう為の準備をしていると見知らぬ女から声をかけられた。
「あの森には絶対に近づくニャ...悪いことは言わないニャ、そんな命知らずなことはやめるニャ」
森についての情報を集めている時、やけに熱心に森へ向かうのを止めてくる猫人族の女に絡まれた。
非常に鬱陶しい存在ではあったが話を聞くとどうやら彼女はAランク冒険者で討伐隊に参加していたらしい。
情報収集のため少しだけ話を聞いてみることにしよう
「あの静止の魔女は"静止の魔法"を使うニャ。あんな魔法、どの魔力形態にも属さない異質すぎる魔法ニャ奴にはあらゆる攻撃魔法を制止させることができる化け物ニャ。分かったら諦めてここから離れるが良いニャ」
と、なかなか重要な情報が手に入った。
この猫人族もヨウムと同様にAランクなのだが技量の面に関してヨウムにかなり劣るように思えるのでAランクもピンキリなのだろう
しつこいので加速の魔法を使い少し気絶してもらった
森へ向かうがここで死んだら最後に話した相手がふざけた語尾の猫人族の女になってしまう....
「それは嫌だな」
久しく抑えていた自分自身の感情が表に出たことに少し驚きつつ"制止の魔女"への対策を講じるのであった
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森の入口に立った瞬間、空気が変わった。
王都の喧騒とは違う。
濃密な魔力が霧となって漂い、肌にまとわりつく。
《悪魔たちの棲家》。
アベルは黒外套のフードを深く被り、地面に触れる。
――魔鉱石。
地中から脈打つ魔力の流れを読む。
同時に、もう一つ。
森の奥から広がる、異質な魔力。
静かで、深く、冷たい。
「……これが、静止の魔女」
彼は足を踏み入れる。
枝が軋む。
その瞬間。
音が、消えた。
落ち葉が宙で止まる。
揺れていた霧が固まる。
「……来たのね」
声は背後から。
振り向くと、少女が立っていた。
腰まで届く黒髪。
人間離れした美貌
年若い外見とは不釣り合いな瞳の奥の深さ。
「あなたは、討伐隊とは違う」
アリシアはあの騎士との会話をきっかけに外の人間との会話への興味を抱いていた。
存外、声をかけられたアベルは返答に短剣を抜く。
「依頼だ」
それだけ告げ、踏み込む。
「加速」
魔力を脚へ流す。
世界が遅くなる。
だがアリシアの周囲だけが、さらに遅い。
刃が彼女へ届く寸前で止まる
「なるほどこれが制止の魔力か」
短剣が、空中で固定される。
否、少しずつ動き出す
「……興味深いわ」
意志の力で動いた騎士を思い出しアリシアが一歩前へ出る。
その動きは自然だがアベルの本能は凄まじい勢いで警鐘を鳴らした。
アベルは即座に魔力を増幅し術式を練り上げる
“流転”二重刻印。
止められた刃を強引に動かす。
何か見えないものに堰き止められる感覚を覚えながらアベルはさらに短剣を押し込む
静止と加速がぶつかる
空間が、軋む音がした
ピシッ....圧力に耐えかねた氷が割れるかのよう音と共に目に見えない亀裂が走る。
「止まらない……?」
アリシアの瞳がわずかに細まる
膠着する現状に一石を投じるべくアベルは鋼糸を放った。
糸は彼女の足元を縛る――はずだった
「無駄よ」
糸は彼女に触れる直前で凍りついたかのように止まった。
そして"制止の魔女"はアベルの胸にそっと触れた
アベルの身体が、凍る。
完全停止....鼓動も、呼吸も、筋肉の収縮さえも
その瞬間アリシアの視界が揺らいだ
――三百年前。
石造りの研究施設で彼女は冷たい拘束具に囚われていた。
白衣の男たちがの言葉が脳裏をよぎる
「魔鉱石の純度は十分だ」
「事象への干渉は特別な魔力と触媒を用いれば可能なのではないか!?」
「この純度の魔鉱石に耐えられる素体が必要だ」
彼女は実験台に縛られている。
「やめて……」
泣き声は無視された。
胸元に埋め込まれる蒼い結晶。
激痛。
時間が、引き裂かれる感覚。
血が止まり、
涙が宙で止まり、
悲鳴が途中で凍る。
研究者の歓喜の声が聞こえる
「成功だ! 時間を固定した!」
彼女は全てを奪われた
成長も、老化も、そして人生における終わりさえも
暴走した彼女の能力は研究施設の想定をも上回る....
気づけば彼女は“魔女”と呼ばれ、火刑台へ立たされていた
炎が迫る....
彼女は無意識に願った
――止まれ。
炎が止まった
群衆が止まった
世界が止まった
彼女の数百年に及ぶ孤独が始まった....




